第30話 それは、私の選択ではない
その知らせは、噂として届いた。
正式な通達でも、呼び出しでもない。ただ、回り回って耳に入ってきた、曖昧な話だ。
「……王都が、辺境伯領に関心を持っているらしいですよ」
誰かが、そんなことを言っていた。
私は、その言葉を聞き流した。
内容に、具体性がない。誰が、何を、どうしたいのかも分からない。ただ、“関心を持っている”というだけだ。
――関心。
その言葉に、胸は揺れなかった。
王都が何を考えていようと、それは王都の都合だ。私に向けられた言葉ではない。
それでも、夜になって一人になると、少しだけ考える。
もし、誰かが「戻ってほしい」と言ってきたら。
もし、「以前のように手伝ってほしい」と頼まれたら。
その時、私はどうするだろう。
答えは、もう分かっていた。
それは、私の選択ではない。
王都が楽になるための選択肢。
王太子が困らないための判断。
周囲が都合よく回るための提案。
どれも、私の人生を基準にしたものではない。
私は、窓辺に立ち、夜の森を眺めた。
ここでは、誰も私に戻る理由を求めていない。
役割も、義務も、評価も、押し付けられていない。
それが、どれほど稀有なことか。
静かな時間の中で、ようやく分かる。
王都にいた頃、私は“選ばされて”いた。
必要とされる形を、演じさせられていた。
それを、もう一度やるつもりはない。
だから。
誰かが用意した「戻るという選択肢」は、私のものではない。
私は、ここにいる。
それは、逃げでも、保留でもない。
今の私が、今を選んでいるだけだ。
翌朝。
辺境伯アレクシスと廊下ですれ違った。
視線が合い、短く会釈を交わす。
彼は、何も言わない。
私も、何も言わない。
それで、十分だった。
言葉にしなくても、分かっている。
誰かが外で何を企んでいようと。
誰かが選択肢を並べていようと。
ここでは、私が私でいられる。
それが、何よりの答えだった。
私は歩き出す。
それは、私の選択ではない。
だからこそ、私は――ここにいる。
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