第24話 届かない評価
朝の仕事は、いつも通りに始まった。
私は書庫で、前日に使われた資料を棚に戻しながら、背表紙の位置を揃える。誰かに言われたわけではない。ただ、そうした方が次に使う人が迷わないと分かっているからだ。
視察団が来ていたことは、もう過去の出来事になっている。
屋敷の空気は落ち着いていて、特別な緊張は残っていない。使用人たちも、普段と同じ調子で動いている。
――何も、変わっていない。
それが、少しだけ不思議だった。
王都では、視察や監査の後は必ず空気が変わった。評価が伝わり、噂が立ち、誰が評価されたのかが話題になる。
ここでは、それがない。
私は書庫を出て廊下を歩く。窓の外では、森が静かに揺れている。
「……最近、楽ですね」
前方で、使用人たちがそんな会話をしていた。
「ええ。特に理由は分かりませんけど」
「仕事が増えたわけでもないのに」
私は、その横を静かに通り過ぎる。
胸の奥が、少しだけ温かくなる。
――でも、私の名前は出ない。
それでいい。
昼前、補佐官が執務室から出てきた。視線が一瞬だけ合い、軽く会釈を交わす。
何か言われることはない。
評価も、報告も、共有もない。
私は、そのまま別の部屋へ向かう。
午後、屋敷の外で作業していた職人たちが、談笑しながら戻ってくるのが見えた。
「やりやすい現場だな」
「段取りが分かりやすい」
そんな言葉が、風に乗って届く。
それでも、誰か一人の名前が挙がることはない。
評価は、確かにそこにある。
けれど、それは“誰かに向けられたもの”ではなく、“場所”に向けられている。
私は、立ち止まって空を見上げた。
雲が、ゆっくりと流れていく。
もし、ここで評価が私に届いたら。
「あなたのおかげだ」と言われたら。
きっと、胸は少しだけ高鳴るだろう。けれど同時に、次も応えなければならないという重さを感じるはずだ。
今は、それがない。
届かない評価は、私を縛らない。
夕方、部屋に戻り、椅子に腰を下ろす。
今日一日を振り返っても、特別な出来事はない。ただ、静かで、滞りのない時間が流れただけだ。
それでいい。
私は、窓辺に立ち、森の向こうに沈む夕日を眺めた。
外では、評価が固まり始めているのかもしれない。
けれど、それが私に届かない限り。
私は、私のままで、ここにいられる。
その事実が、今は何より大切だった。
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