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「完結済」白い結婚を言い渡された聖女ですが、むしろ好都合なので神様に離婚届を出しました  〜婚約破棄してきた王子より、契約書を持ってきた宰相様の方がよほど誠実なんですが〜  作者: 夢見叶
第3部:女神と世界契約改革編

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第19話 本人同意なき義務拡大は無効とする

「世界契約・第1条。――『本人同意なき義務拡大は、無効とする』」


 イルダの乾いた声が、会議殿の天井に吸われていく。

 円卓の中央、契約内容を映す白いスクリーンで、鎖がきしんだ。

 ほどけない。けれど、形が変わった。

 逃げ道の輪郭だけが、先に削れていく。


「今の音、聞こえた……?」


 私が息を潜めると、隣のセルジュが頷いた。


「聞こえました。だからこそ、骨を折らせません」


 その言い方が、いつも通り業務口調で、いつも通り優しいのがずるい。



 控室の机は、紙とインクと、徹夜の熱でぬるかった。

 女神の羽ペンは、まだ触れてもいないのに「第一条」の欄だけが、ひとりでに開いている。

 急かされているみたいで、背筋が寒い。


「禁止語、追加です」


 私が短く言うと、イルダが即座にペン先を止めた。


「言え」


「代理同意。推定同意。黙示同意。全部、同意じゃないので」


 ティオが横で、議事録用の清書紙を抱えたまま固まる。


「……黙示も、ですか」


「黙っていたら賛成、って。前世でも地獄の入口でした」


 女神が肩を揺らして笑う気配だけよこす。

 セルジュは、笑わない。

 代わりに、淡々と条文の裏側を差し込む。


「異議申立ての窓口。提出期限。無効部分の分離。全部破綻させないための安全装置です」


「守るための契約だもの。守れない契約は欠陥品」


 最後の文言を整え、イルダが番号を振っていく。

 彼女のテンションが上がるのが分かる。

 けれど扉の外から神々の気配が流れ込んだ途端、顔が石みたいに戻った。


 仕上げ直前、セルジュが私にだけ低く言う。


「この文言で行きます。同意は?」


「……はい。逃げ道も一緒に書きます」


 私が頷いた瞬間、胸の奥の硬いものが、ほんの少しだけ緩んだ。

 同意って、本来こういう形だったはずだ。



 円卓に戻る。

 イルダが読み上げるたび、空気が冷える。

 判決文みたいに、1文ずつ区切られて、逃げる余地がなくなる。


「第1条。本人同意なき義務拡大は、無効とする」


「第2条。代理、推定、黙示による同意は、同意とみなさない」


 商神が指を鳴らした。


「同意の証拠は?」


 私は息を吸って、机上に並べた。

 署名。記録紙。魔法印。声の写し。触れた瞬間に残る契約痕。


「言葉だけで終わらせません。残ります。後で争える形で」


「面倒だな」


 搾取神が笑う。笑っていない目で。


 私は一度だけ、椅子の背に指を置いた。

 ここで怯んだら、リアナの鎖はこの先も軽くならない。


「異議は文章で」


 言い切ると、場がざわついた。

 空気戦を拒否した瞬間の、あの嫌な静けさ。

 セルジュが横から補う。


「会議規程に従ってください。口約束は採用しません」



 嫌な静けさは、挙手で割れた。

 帝国側の代表が、当たり前のように言う。


「家長の署名は、家族の同意と同じだ。慣習だ」


 ああ、出た。人を消すのに便利な単語。

 私は即答しなかった。

 イルダが代わりに刃を出す。


「その例外文を1文で出せ」


 帝国側が紙を出す。

 インクが、誰も触れていないのににじんだ。

 女神の眉がほんの少しだけ上がる。

 奇跡の匂い。規程違反。


 セルジュが声を落とす。


「発言順、時間制限。修正案は文章提出必須。議事録に残らないものは採用しない」


 逃げ道のない形に、議論を押し込む。

 感情じゃなく、手続きで守る人だ。

 提出された例外案を、私はゆっくり読み、ゆっくり折った。


「代理同意は同意ではありません」


「合理は正義だろう?」


 搾取神の声が甘い。毒を溶かした蜂蜜みたいに。


「合理なら、本人に聞けばいい」


 私の声は思ったより冷たかった。


「家長を盾にして、人を消す合理は、いりません」



 署名台が円卓の中央にせり上がる。

 女神が羽ペンを置き、軽い口調で宣言した。


「今日のルール。奇跡は禁止。条文で殴れ」


 神々が順に署名していく。

 名前が落ちるたび、スクリーンの鎖が小さく鳴った。

 搾取神は最後まで渋り、指先で羽ペンを転がす。


 セルジュが淡々と言う。


「署名拒否のコストは、規程で明示されています」


 沈黙のあと、搾取神は黙ってサインした。

 完全敗北じゃない。次の抜け道を探す目だ。

 だからこそ、こっちは条文で塞ぐ。


 最後の一筆が落ちた瞬間、鎖が、はっきりと鳴った。

 リアナが息を飲む。


 彼女の腕から伸びていた鎖のうち、弟へ繋がる細い一節だけが、ふっと薄れた。

 消えない。けれど、重さが抜ける。


「……軽い」


 リアナの声は、祈りみたいに小さい。


 私は喉が詰まって、言葉が遅れた。


「効いた。……ほんとに、効いた」


 セルジュが私の横で、誰にも聞こえないほど低く言う。


「次は、残った理由を潰します」


 スクリーンの鎖の末尾に、一瞬だけ『同意:済』の印が灯った。

 リアナが首を横に振る。違う、と。



 休会の鐘が鳴り、廊下に逃げた私たちは、ようやく息をした。

 セルジュが椅子を運ぶ前に、一拍置く。


「座れますか。……同意は?」


「……はい。少しだけ」


 水も同じ。差し出す前に視線で確認する。

 私はそれを受け取ってしまう。

 選ばせてくれることが、こんなに救いになるなんて、知らなかった。


 私がリアナにしゃがみこんだ。


「今、何が軽くなった?」


 リアナは迷わず、自分の腕ではなく、胸のあたりを指した。


「弟の分……たぶん、ここ」


 イルダが即断する。


「弟側に、同意がある扱いの痕跡。偽造か、強制か」


「同意って、署名することじゃない」


 私が呟くと、女神の声が頭の奥で笑った。


「やっと、そこまで来ましたね」


 つい反射で、私は口を開いた。


「では、議事録承認を――」


「休会です」


 セルジュに止められて、頬が熱くなる。

 ティオが真っ赤になりながら、議事録に『鎖:一節解除』と書きかけて、慌てて消しているのが見えた。


 休会が明ける直前、廊下の奥に、白い鎧が立った。

 光の女神の紋を胸に、聖騎士が静かに礼をする。


「ユリウスです。次の議題の証言者として参りました」


 彼は一歩前に出て、私をまっすぐ見た。


「私の誓いは、私の同意です。……それでも無効にしますか」


 私は答えを飲み込む。

 本人同意は、守る鍵だ。

 けれど――同意そのものが、鎖になる世界もある。

 その現実が、次の扉の向こうで待っていた。


 ここまでお読みいただきありがとうございます。第1条が刺さった方は、広告下の【☆☆☆☆☆】で評価、ブックマークで応援していただけると執筆の励みになります。次話はユリウスの誓いが「同意」か「鎖」か、真正面から裁きます。


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