第17話 神々と人々の開会宣言
◇女神日記
開会前夜。議事規程、最終確認。
出席神、点呼。搾取神。光の女神。ウェルナ商神。
人間側同意なしに条文を書き換え不可。自分で書いた制約に、自分が縛られている。健全。胃が痛い。
ログの片隅で《奇跡使用検知》が空欄のまま光っている。明日も空欄でいてほしい。切実。
……さて。世界の運用って、ほんとに面倒だ。
◇
雲の海の上に浮かぶ会議殿は、近くで見ると「建物」というより「意志」だった。
白い石でも金でもない。契約文様が固まって柱になり、床になり、円卓になっている。文字が素材。そんな場所で、私は息を吸うだけで喉が乾いた。
「――開会の鐘。鳴らせます?」
背後から聞こえた女神様の声は、相変わらず軽い。飲み会の幹事みたいに、当たり前の顔で世界を回そうとする。
軽さのせいで、重さが際立つ。
「鳴らした瞬間、この場は世界の法廷になるんですよね」
「そうそう。だから、ほら。深呼吸」
深呼吸で済む規模じゃない。
円卓の周りには、すでに人間代表席が並んでいた。帝国代表。聖王国代表。連合代表。名札が光の板になって浮いている。
その奥、同じ円の向こう側に、神々の席もある。上座ではない。同じ円卓の、別席。たったそれだけで、私は少しだけ救われた。
ティオが両腕に議事録道具を抱えて走ってくる。走るたびに羽ペンが跳ねる。
「配布物、神様にも……い、いります?」
「いる。いるけど、投げないで。丁寧に」
「はいっ。丁寧……!」
イルダはすでにホワイトボードを引っ張り出し、黒板のように「読み上げ順」を書き始めていた。会議が始まっていないのに、会議が始まっている。
「議事運営は地獄です。最高ですね」
「喜ばないで」
「喜んでません。無表情です」
彼女は本当に無表情だった。怖い。
セルジュは私の隣に立ち、淡々と円卓を見回した。視線だけで、動線と逃げ道と守りを計算しているのが分かる。
そして、私の椅子をほんの少しだけ――議長補佐席に寄せた。
「……近いですね」
「発言権を確保する位置です」
「業務口調でごまかしてますよね」
「ごまかしていません」
言い切り方が、ずるい。
女神様が鐘の前に立つ。鐘といっても金属ではなく、銀のひびを抱えた透明な輪だ。触れれば音ではなく、条文が鳴る。
「じゃ、形式通り。開会の鐘、お願いします」
お願いしますって、誰に。私に、なのか。私の契約文様に、なのか。
指先を伸ばした瞬間、手首が微かに震えた。
その震えを、セルジュがそっと支えた。
熱はほんの短い間。けれど「ひとりで立て」とは言わない温度だった。
「ここから先は外交です。あなたの言葉を、条文に落とします」
「……落ちない。落とさない」
「落とします。私が運用する」
運用。なのに、告白みたいに聞こえるから困る。
私は息を吐き、輪に触れた。
澄んだ音が、空気ではなく胸骨を揺らした。
床の文様がいっせいに光り、円卓の中央に、薄いスクリーンが立ち上がる。
「開会を宣言します」
女神様の声が、今度は軽くない。
「本日より、神前サミットを開始。決定は奇跡ではなく条文で行う。契約にない奇跡の使用は禁止。証言者の安全は最優先。――今日はそういう日です」
ざわめきが起きる。人間側の緊張。神々側の、興味。
その興味がこちらを舐めるように撫でて、胃がまた痛くなる。
最初に現れたのは、搾取神だった。
鎧みたいな光をまとい、笑うだけで場の温度が下がる。
「資源が言葉を持ったか。面白い」
次に、光の女神。眩しいのに、冷たい。視線が鋭すぎて、まぶたの裏が痛い。
「……等価は崩せない」
最後に、ウェルナ商神。記録の神。指先がペンを探す癖がある。
「定義しろ。曖昧は損失だ」
神々のひと言は、宣誓というより刃物だった。
人間代表たちが息を呑むのが分かる。帝国代表席の男が、喉を鳴らした。
セルジュは動かない。姿勢だけで「逃げない」を示している。
その背中に、私は並ぶ。見下ろされるなら、条文で引きずり下ろすために。
女神様が指を鳴らすと、スクリーンに文字が並んだ。
《案件0:顔見せ&議題一覧》
《案件1:血族ごと縛る鎖契約》
《案件2:自己犠牲努力義務の是非》
《案件3:贖罪労働(罪と罰の釣り合い)》
その下に、小さく点滅する行がある。
《神々の責任条項(検討)》
イルダが、議題一覧を見て小さくガッツポーズをした。気づいた瞬間、無表情に戻る。遅い。
セルジュが進行の現実を短く告げる。
「順番は案件0ののち、案件1から。証言者の入廷は手続きに従います。質問は当事者へ。扇動と威圧は、規程違反です」
「情緒では決まりません。条文で決めます」
私も続ける。
「……守るための条文です。守れない契約は、欠陥品です」
誰かが鼻で笑った。帝国側か。神か。どちらでもいい。
私はもう、笑われることを前提に来ている。
「では、案件0はここまで。次――」
女神様がそう言いかけた瞬間、スクリーンが勝手に暗転した。
空気が、1段冷える。誰かが先回りしたような、嫌な静けさ。
「……え?」
ティオが情けない声を出す。私も同じ気持ちだった。
暗闇がほどけ、映し出されたのは――鎖だった。
文字でできた鎖。契約文が絡まり、ほどけない結び目になっている。
鎖の中心には、名前。
《リアナ》
そして鎖の末端が、本人以外へ複数伸びていた。血族。家。逃げ道のない範囲。
喉がきゅっと縮む。見せられただけで、怒りが燃料になる。
女神様が、低く言う。
「――案件1。血族ごと縛る鎖契約」
私は立ち上がりそうになる衝動を、椅子の脚に押し込めた。
代わりに、言葉をまっすぐ投げる。
「確認します。本人が同意していない義務拡大、入ってますよね」
搾取神が笑った。楽しい玩具でも見つけたみたいに。
「家族単位は合理だ。逃げ道も減る」
円卓の空気が凍る。
その凍り方が、次に来る怒りの形を教えてくる。
セルジュが淡々と言った。
「次話、証言者を入廷させます。保護は手続きで担保します」
「……本人の口で聞きます。誰が、鎖を伸ばしたのか」
スクリーンの最下部に、小さな文字が浮かびかけた。
《追記者:――》
ノイズが走り、文字列がちぎれて消える。
誰かが笑った気がした。耳ではなく、契約の裏側で。
私は拳を握る。
ここからが、本番だ。
ここまでお読みくださりありがとうございます。鎖契約の『追記者』は誰なのか、次話で証言者の口から明らかに。続きが気になったら、ブクマで追いかけ&広告下の☆☆☆☆☆評価で応援いただけると励みになります!




