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「連載版」白い結婚を言い渡された聖女ですが、むしろ好都合なので神様に離婚届を出しました  〜婚約破棄してきた王子より、契約書を持ってきた宰相様の方がよほど誠実なんですが〜  作者: 夢見叶
第3部:女神と世界契約改革編

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第13話 サミット議事運営は地獄の仕事

「議事録の原本が……該当箇所が抜けています」


 ティオの声が、紙の乾いた匂いの中で震えた。

 宰相府の臨時会議室。机の上には昨夜の幹部会の議事録が束で積まれている。整った筆跡のはずなのに、署名欄の直前だけが妙に白い。番号も、そこだけ飛んでいた。


「抜けた、というより……消えたに見えます」

 ティオが唾を飲み、視線だけでセルジュさんを見た。逃げ道を探す目。分かる。こういう時に、誰かが責任を押しつけてくる。


 セルジュさんは眉1つ動かさず、欠けた行を指先でなぞった。

「つまり、本番でも同じことが起きる。議事運営が穴だらけなら、勝つのは声の大きい者です」


 胃のあたりが、きゅ、と痛む。

 前の世界の会議室が一瞬だけフラッシュバックした。議事録が曖昧で、議題がぼやけて、最後に誰かが倒れるやつ。


「……じゃあ、作りましょう。穴のない規程を」

 言い切った瞬間、背後で椅子が鳴った。セルジュさんが、私の椅子を少し引いて座りやすくする。私の背中が扉を背負わない位置へ、さりげなく。


「休憩を挟みます。水を」

「い、いま始まったばかりで……」

「始まったばかりだからです」


 反論の余地がない。私は水を受け取ってひと口飲んだ。

 守られるのが苦手なはずなのに、今日はそれを拒む余力がない。悔しいけど、助かる。


 扉が開き、分厚い紙束が入ってきた。

「呼びましたね! 規程!」

 ウェルナ法務官イルダが目を輝かせ、机にテンプレの束を落とした。紙がどさり、と地獄の音を立てる。


「規程は世界を救います。救わないと困ります」

「あなたのテンションだけが元気です」

「元気がないと規程は書けません」


 ティオが半泣きで新しい紙を準備し始めた。ペン先がもう黒い。



 まず、骨格。

 議題提出、証拠提示、質疑、条文化、署名。流れを固定するだけで、世界は少しだけマシになる。


「発言順と時間制限が先です」

 私は板書用の羊皮紙に線を引いた。

「ある国が、時間で殴ってきます。だから、こちらも時間で守ります」


 イルダが即座に頷く。

「発言は順番。割り込みは禁止。異議申し立ては手続き化。素晴らしいです」


 セルジュさんは、私の線の上に淡々と追記した。

「運用者を明記してください。誰が時計を止め、誰が退席を命じ、誰が記録を封緘するか。責任が空白です」


 空白。嫌いな言葉だ。空白は、後から好きに書き換えられる。

 私は2重線で曖昧語を消した。


「努力する、は使いません」

 口にした瞬間、イルダが笑いそうになって堪えた。

「会議で1番人が死ぬ言葉ですね」

「はい。努力する、は逃げ道がないと暴力です」


 ティオが書き写しながら、指先を見て青ざめた。インクで真っ黒だ。

「す、すみません。文字が潰れました」

「潰れていいです。潰れた記録のほうが、消えた記録よりずっとマシです」


 セルジュさんが私の前に、いつの間にか小皿を置いた。甘い干し果実。気づいた時には、胃が少し落ち着いていた。

 業務口調のくせに、こういうところだけ確実に刺してくる。


「……ありがとうございます」

「糖分は必要です。あなたの判断も必要です」


 言い方。ずるい。私は頷いて、次の条を引いた。


 議事録保全。

 原本は複製し、封蝋を2重にし、提出と閲覧の履歴を残す。署名がなければ採択扱いにしない。訂正は2重線と追補のみ。


 地味で、しんどくて、でも——命綱。



 その時、泉の匂いに似た冷たい風が、部屋の隅を撫でた。


《形式通り、が1番強いんですよ》

 女神様の声が、くすりと笑った。


「女神様、読んでますよね……?」

《読んでます。で、結論》


 間を置いて、爆弾が落ちた。


《契約にない奇跡は禁止》


 空気が凍った。

 外交事故の匂いがする。神々のプライドが燃える匂いもする。なのに、イルダだけが静かに拳を握りしめた。歓喜の握り拳だ。


 セルジュさんは、凍った空気を割らずに、そこへ規程の言葉を差し込んだ。

「禁止は結構。ただし、奇跡の定義が曖昧なら抜け道です。議題に付随する奇跡と、脅迫の奇跡を分ける必要がある」


《そうそう。あと、記録されない奇跡が1番厄介です》

「……分かりました」


 私は息を吸って、紙の余白を見た。

 ここに書くのは、神を止めるためじゃない。止められる形にするため。


「止めるのは目的じゃない。止められるが目的です」

 自分の声が思ったより落ち着いていて、少し驚いた。


 私は条文を書き始める。


 サミット会場における奇跡行使は、議題に紐づく事前申告と、議長の承認と、記録を要する。

 申告なき奇跡は、議決の証拠として扱わない。記録なき奇跡は、規程違反として審査対象とする。

 神であっても、議事の外で「結果だけ」を落としに来ない。


「……それ、条文にします。逃げ道も含めて」

「最高です。神も、条文で殴れます」

「殴りません。守ります」

「守るための殴りです」


 イルダが真顔で言い切り、ティオが震える手で議事録に写し、文字が3回くらい潰れた。


 セルジュさんが私の肩に、ほんの短い間だけ手を置く。

「無理をしないでください」

「……規程が弱いほうが、もっと無理です」

「では、休会条項を入れます」

「そこは譲らないんですか」

「譲りません。規程です」


 業務口調のくせに、私の体調を規程で守ろうとする。

 私は負けたみたいに頷いた。負けでいい。今日は。



 夜更け。封緘された規程案が机に並び、私の視界は紙の白で満ちていた。

 でも、あの白はさっきの「消えた白」と違う。書ける余白の白だ。


 扉が乱暴に開いた。

「宰相補佐! 聖女様! 帝国から返書です!」


 ティオが息を切らして封筒を差し出す。黒い封蝋。帝国式。——なのに、条件欄の下に、さらに1つ。

 蝋でも印章でもない、紙に焼きついた痕。神殿の祭壇でしか見ない、あの圧の残り香。


「……皇帝の印ではないですね」

 セルジュさんが低く言う。


 私は指輪に触れ、息を整えた。

 交渉相手は皇帝じゃない。もっと上、もっと厄介な——。


《来ましたね》

 女神様が楽しそうに言った。


 セルジュさんの影が、私の前に前に入る。

「視界から外れないでください」

 その言葉に、私は今度は迷わず頷いた。


ここまでお読みくださりありがとうございます。議事運営で胃が削れた回でしたが、次は帝国の「上」が本性を出します。面白かった、続きが気になったら、広告下の☆☆☆☆☆評価とブックマークで応援して頂けると励みになります。感想も大歓迎です!



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