第12話 神殿内部の反乱と、若手神官たち
石の扉の取っ手が冷たい。
この冷たさは、誰かの決意じゃなくて、仕掛けの匂いがした。
「聖女様。中では言葉より先に、手続きが飛びます」
セルジュが淡々と言う。私の背に添えられた手の位置だけが、護衛みたいに正確だ。
扉が開く。
地下会議室は蝋燭と古い紙の匂いで満ち、長い机の周りに顔が並んでいた。
端には白いローブの影。ルミナリア系の司祭。第三者、という名の監視役。
「開会する。議長、アグナス大神官長」
書記の声が響いた瞬間、空気が固まる。
廊下で飛び交っていた「祝福ログを出せ!」が、まだ耳の奥に残っていた。
古参が一斉に口を開く。
「世界に醜聞を晒すな」
「神殿の権威が落ちる」
「異端審問の火種だ」
「聖女が口を出す前例は危険だ」
私は息を吸い、口を開こうとした。
「発言は許可制だ。聖女は当事者ではない」
灰色の髭の神官が机を叩く。
「当事者です」
セルジュが、私の背後から淡々と割って入った。
「祝福運用と提出範囲を決める会議でしょう。彼女の業務と名誉に直結します。発言権を制限するなら、根拠条項を議事録へ」
「世俗の官僚が口を出すな」
「官僚です。だから手続きで話します」
古参の矢が続く。
「資料庫へのアクセスを停止する」
「議事録の承認は幹部のみ。聖女の署名は不要だ」
胸が縮む。
ティオの「あなたのメモまで公開です」という声が、頭を叩く。
恥ずかしい。怖い。……でも、逃げたらまた誰かが倒れる。
私は視線を上げた。アグナス大神官長は、何かを飲み込むように口元を硬くしている。
「大神官長。私から1つだけ」
灰色髭が遮ろうとする。
セルジュが書記へ視線を向けた。
「議長の裁量を確認してください。拒否なら、拒否した事実と理由を記録に」
書記がアグナスを見る。
アグナスは短く頷いた。
「……発言を許す。簡潔に」
セルジュが、私の手元へ羽ペンを置いた。
守られている。けれど前へ出るのは私だ。
「……リディア」
セルジュが、誰にも聞こえないくらい小さく私の名を呼んだ。
業務の場での呼び方じゃない、その1音だけで、心臓が変に跳ねる。
「資料庫アクセス停止と議事録承認権の剥奪は、争点そのものです。争点を扱う当事者から、証拠と記録を奪えば公正ではありません」
ルミナリアの司祭が、静かに瞬きをした。
「聖女、言葉が過ぎる」
「過ぎません。残してください」
私は議事録用紙を指さす。
「ここから先は、全部証拠です。私の恥も、神殿の恥も。隠すほどに、誰かの命が削れます」
沈黙が落ちた。
蝋燭の火が、ふっと揺れた。誰も風を起こしていないのに。
アグナス大神官長が、深く息を吐く。
「……形式通りで守れるなら、あの子たちは死んでいない」
古参がざわめく。
アグナスの視線が机の端へ落ちた。鍵束の輪だけがあり、肝心の鍵がいくつか欠けている。
「ならば神殿も、恥を隠しません。……私の権限で、資料庫を開ける」
「大神官長!」
「反対は議事として残せ。だが止めるな」
セルジュが私にだけ囁く。
「同意していただけますか。資料庫を開けること。あなたのメモも含めて」
「……はい」
怖い。でも頷けた。
◇
会議が散ったあと、私はティオと若手神官たちに小書庫へ連れられた。
「鍵が……ないんです」
ティオが金属の輪を見せる。抜かれた重みが、悪意そのものだった。
「明日の祝福当番の配分も、過去ログなしでは……」
若手が言いかけて、ロザリオを握り直す。
「止めたいわけじゃないんだよね」
「止められません。現場は、もう限界です」
ティオの声がかすれた。
「尊いって言葉、現場じゃ断るなって意味になります」
セルジュが壁際で言う。
「鍵がなくても保全はできます。提出用控えを集め、二重封印。封印は同席者全員の署名で」
「署名……神官が?」
「神官がしないなら、官僚がします」
私は机の端に、白い封蝋の文書が1通混じっているのを見つけた。
白すぎて、周りの紙と馴染まない。
「開けない。まず記録」
封蝋に触れず、私はティオに目配せした。
「今日の敵は、手続きの顔をした暴力です。だから、こちらも手続きで守る」
◇
夜。小礼拝堂に、アグナス大神官長が若手を集めた。
椅子が足りず、床に座る者もいる。偉い人の会合なのに、距離が近い。
「……私は君たちを煽るつもりはない。だが——」
若手が真顔で言った。
「反乱って……勤務表的に休日扱いですか」
一瞬固まり、次の瞬間、誰かが喉を鳴らして笑いそうになり、慌てて口を押さえた。
アグナスは苦い顔をして、短く首を振る。
「休日にはならん。……すまない」
ティオが一歩前に出る。
「責めたいわけじゃないんです。でも、今度は守ってください。私たちも。聖女様も。次の聖女も」
アグナスの瞳が揺れて、止まった。
「……わかった。開けるべき鍵を決める。資料庫だ。恥も反発も、私が引き受ける」
その瞬間、礼拝堂の蝋燭の火がふわりと揺れた。
◇
次に瞬いたとき、私は女神の泉のほとりに立っていた。アグナスも隣にいる。
《あなたが変わるなら、私も変わります》
「神が、変わるのですか」
《理想は更新しないと折れます》
《変えるなら、手続き(議事運営)を整えなさい。感情で押すな。記録で縛れ》
「……記録で」
《好きでしょう。皆さん、手続き》
アグナスが苦く笑う。
「恥は私が引き受ける。資料庫を開ける。証拠ごと抱える」
《よろしい。では、次はルールです》
泉の光が薄れた。
現実に戻ると同時に、扉が乱暴に開いた。
「聖女様! 大神官長!」
ティオが息を切らして飛び込んでくる。手には議事録の束。
「議事録の原本が……一部、抜けています」
番号が、そこだけ飛んでいた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。神殿の「反乱」は始まったばかりで、抜け落ちた議事録の番号が次の火種です。誰が記録を奪い、何を隠したのか――次話で一気に追います。面白かったら、ブックマーク&広告下の【☆☆☆☆☆】評価で応援いただけると励みになります!




