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「連載版」白い結婚を言い渡された聖女ですが、むしろ好都合なので神様に離婚届を出しました  〜婚約破棄してきた王子より、契約書を持ってきた宰相様の方がよほど誠実なんですが〜  作者: 夢見叶
第3部:女神と世界契約改革編

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第12話 神殿内部の反乱と、若手神官たち

 石の扉の取っ手が冷たい。

 この冷たさは、誰かの決意じゃなくて、仕掛けの匂いがした。


「聖女様。中では言葉より先に、手続きが飛びます」


 セルジュが淡々と言う。私の背に添えられた手の位置だけが、護衛みたいに正確だ。


 扉が開く。

 地下会議室は蝋燭と古い紙の匂いで満ち、長い机の周りに顔が並んでいた。

 端には白いローブの影。ルミナリア系の司祭。第三者、という名の監視役。


「開会する。議長、アグナス大神官長」


 書記の声が響いた瞬間、空気が固まる。

 廊下で飛び交っていた「祝福ログを出せ!」が、まだ耳の奥に残っていた。


 古参が一斉に口を開く。


「世界に醜聞を晒すな」

「神殿の権威が落ちる」

「異端審問の火種だ」

「聖女が口を出す前例は危険だ」


 私は息を吸い、口を開こうとした。


「発言は許可制だ。聖女は当事者ではない」


 灰色の髭の神官が机を叩く。


「当事者です」


 セルジュが、私の背後から淡々と割って入った。


「祝福運用と提出範囲を決める会議でしょう。彼女の業務と名誉に直結します。発言権を制限するなら、根拠条項を議事録へ」


「世俗の官僚が口を出すな」

「官僚です。だから手続きで話します」


 古参の矢が続く。


「資料庫へのアクセスを停止する」

「議事録の承認は幹部のみ。聖女の署名は不要だ」


 胸が縮む。

 ティオの「あなたのメモまで公開です」という声が、頭を叩く。

 恥ずかしい。怖い。……でも、逃げたらまた誰かが倒れる。


 私は視線を上げた。アグナス大神官長は、何かを飲み込むように口元を硬くしている。


「大神官長。私から1つだけ」


 灰色髭が遮ろうとする。

 セルジュが書記へ視線を向けた。


「議長の裁量を確認してください。拒否なら、拒否した事実と理由を記録に」


 書記がアグナスを見る。

 アグナスは短く頷いた。


「……発言を許す。簡潔に」


 セルジュが、私の手元へ羽ペンを置いた。

 守られている。けれど前へ出るのは私だ。


「……リディア」


 セルジュが、誰にも聞こえないくらい小さく私の名を呼んだ。

 業務の場での呼び方じゃない、その1音だけで、心臓が変に跳ねる。


「資料庫アクセス停止と議事録承認権の剥奪は、争点そのものです。争点を扱う当事者から、証拠と記録を奪えば公正ではありません」


 ルミナリアの司祭が、静かに瞬きをした。


「聖女、言葉が過ぎる」

「過ぎません。残してください」


 私は議事録用紙を指さす。


「ここから先は、全部証拠です。私の恥も、神殿の恥も。隠すほどに、誰かの命が削れます」


 沈黙が落ちた。

 蝋燭の火が、ふっと揺れた。誰も風を起こしていないのに。


 アグナス大神官長が、深く息を吐く。


「……形式通りで守れるなら、あの子たちは死んでいない」


 古参がざわめく。

 アグナスの視線が机の端へ落ちた。鍵束の輪だけがあり、肝心の鍵がいくつか欠けている。


「ならば神殿も、恥を隠しません。……私の権限で、資料庫を開ける」


「大神官長!」

「反対は議事として残せ。だが止めるな」


 セルジュが私にだけ囁く。


「同意していただけますか。資料庫を開けること。あなたのメモも含めて」

「……はい」


 怖い。でも頷けた。



 会議が散ったあと、私はティオと若手神官たちに小書庫へ連れられた。


「鍵が……ないんです」


 ティオが金属の輪を見せる。抜かれた重みが、悪意そのものだった。


「明日の祝福当番の配分も、過去ログなしでは……」

 若手が言いかけて、ロザリオを握り直す。


「止めたいわけじゃないんだよね」

「止められません。現場は、もう限界です」


 ティオの声がかすれた。


「尊いって言葉、現場じゃ断るなって意味になります」


 セルジュが壁際で言う。


「鍵がなくても保全はできます。提出用控えを集め、二重封印。封印は同席者全員の署名で」

「署名……神官が?」

「神官がしないなら、官僚がします」


 私は机の端に、白い封蝋の文書が1通混じっているのを見つけた。

 白すぎて、周りの紙と馴染まない。


「開けない。まず記録」


 封蝋に触れず、私はティオに目配せした。


「今日の敵は、手続きの顔をした暴力です。だから、こちらも手続きで守る」



 夜。小礼拝堂に、アグナス大神官長が若手を集めた。

 椅子が足りず、床に座る者もいる。偉い人の会合なのに、距離が近い。


「……私は君たちを煽るつもりはない。だが——」


 若手が真顔で言った。


「反乱って……勤務表的に休日扱いですか」


 一瞬固まり、次の瞬間、誰かが喉を鳴らして笑いそうになり、慌てて口を押さえた。

 アグナスは苦い顔をして、短く首を振る。


「休日にはならん。……すまない」


 ティオが一歩前に出る。


「責めたいわけじゃないんです。でも、今度は守ってください。私たちも。聖女様も。次の聖女も」


 アグナスの瞳が揺れて、止まった。


「……わかった。開けるべき鍵を決める。資料庫だ。恥も反発も、私が引き受ける」


 その瞬間、礼拝堂の蝋燭の火がふわりと揺れた。



 次に瞬いたとき、私は女神の泉のほとりに立っていた。アグナスも隣にいる。


《あなたが変わるなら、私も変わります》


「神が、変わるのですか」

《理想は更新しないと折れます》


《変えるなら、手続き(議事運営)を整えなさい。感情で押すな。記録で縛れ》

「……記録で」

《好きでしょう。皆さん、手続き》


 アグナスが苦く笑う。


「恥は私が引き受ける。資料庫を開ける。証拠ごと抱える」

《よろしい。では、次はルールです》


 泉の光が薄れた。


 現実に戻ると同時に、扉が乱暴に開いた。


「聖女様! 大神官長!」


 ティオが息を切らして飛び込んでくる。手には議事録の束。


「議事録の原本が……一部、抜けています」


 番号が、そこだけ飛んでいた。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。神殿の「反乱」は始まったばかりで、抜け落ちた議事録の番号が次の火種です。誰が記録を奪い、何を隠したのか――次話で一気に追います。面白かったら、ブックマーク&広告下の【☆☆☆☆☆】評価で応援いただけると励みになります!


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