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「連載版」白い結婚を言い渡された聖女ですが、むしろ好都合なので神様に離婚届を出しました  〜婚約破棄してきた王子より、契約書を持ってきた宰相様の方がよほど誠実なんですが〜  作者: 夢見叶
第3部:女神と世界契約改革編

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第9話 契約オタクの町、ウェルナ再訪

「――その板、貸してください。今日中に世界の地雷を見える形にします」


ウェルナの入市門をくぐった瞬間、私は思わず足を止めた。

石畳の両脇に、掲示板がずらりと並んでいる。求人、売買、保険、夫婦の家計取り決めまで、生活の全部が条文になって貼られていた。


「この街、空気にまで但し書きがある……」


私が呟くと、隣でセルジュさんが淡々と頷く。

黒い礼服の襟元ひとつ乱れていない。旅の埃さえ、彼の背中のほうが先に払ってくれる気がするのが悔しい。


「ウェルナは契約で呼吸する街です。今日は整頓の日にしましょう」

「整頓……」

「整理しないまま走ると、転びます」


転ぶ、と言われると心臓がひゅっとなる。帝国の血族札、聖王国の誓願、どれも紙の形をして、ちゃんと人を転ばせてきた。


《お、再訪ですね。契約オタクの聖地巡礼。いい旅です》

女神様の声が頭の中で軽く鳴る。

軽いのに、背後から小さく圧をかけてくるのが、この神の悪い癖だ。


「観光じゃありません」

《観光の顔してますよ》

「してません」


そんな言い合いをしていると、掲示板の前で子どもが2人、紙を挟んで睨み合っていた。


「第3条! おやつは半分こって書いた!」

「但し書きがある! 走ったら増えるって!」


……ウェルナの子ども、手強い。


「リディア!」

人混みの向こうから、赤ペンのオーラみたいなものが突進してきた。

イルダだ。ウェルナ法務局の法務官。笑顔は薄いのに、目だけが妙に輝いている。


「挨拶は後。まず、作業室へ。板が足りません」

「久しぶり、って言わせてください……」

「久しぶり。はい、次」


早い。再会の余韻が秒速で剥がされる。

私は半笑いのまま、セルジュさんを見る。彼はいつも通り、困らない顔をしていた。


「お邪魔します」

「邪魔じゃありません。戦力です」


イルダが即答し、私たちはそのまま法務局の作業室に押し込まれた。

机の上は紙の山。壁には白い板が何枚も立てかけられ、棚には紐で綴じた契約束が並んでいる。紙とインクの匂いが、落ち着くようで落ち着かない。


「持ち帰りメモ、出してください」

「はい……これが帝国、これが聖王国」

「よし。分類します」


イルダが赤ペンで私のメモに線を引く。容赦がない。けれど、線の引き方が正確で、腹が立たない。

むしろ、救われる。世界が怖いときほど、線が欲しい。


セルジュさんが椅子を引き、私の背後に立った。

距離が近い。板に向かう私の手元が、彼の視界に収まっている感じがする。


「まず、国。次に悪癖。次に被害者像。最後に直す軸です」

「……仕事の声で言わないでください。私、余計に背筋が伸びます」

「伸びてください。必要です」


必要です、で済ませるのはずるい。

私はペンを握り直し、板に大きく書いた。


帝国:血族札/巻き込み/解除不能

聖王国:誓願/自己犠牲/称賛圧

ウェルナ:標準化/再現性/拡散速度


「待って。ウェルナは悪癖じゃないでしょう」

「拡散速度は悪癖にもなります」

イルダが言い切る。

「良い条文ほど、悪い国に届くのが速い。だから怖い」


胸の奥が、きゅっと鳴った。

私たちが作ってきた「守るための契約」が、別の場所で「縛るための契約」に改造される。考えたくなかった現実が、板の上に出てしまう。


《契約は、明記された範囲でしか奇跡を起こせません》

女神様が、いつになく真面目な声で言う。

《だから、守る範囲を明記してください。逃げ道も、拒否権も》


「……明記します」

私は呟いた。

「守る権利を、ちゃんと条文にします」


セルジュさんが、私の隣に移動して板を見る。

「理想で終わらせない形に落とします。運用できますか、から逆算しましょう」


イルダが頷き、赤ペンで私の「守る権利」に丸をつけた。

「いい。そこが軸。次は地図です」


イルダが大きな巻物を広げた。コルディアの地図。主要都市の脇に、すでに小さな赤い印がいくつも打ってある。


「……これ、いつの間に」

「昨日の夜に打ちました」

「昨日の夜……?」

「眠れなかったので」


眠れなかったので、で世界地図に赤印を打つのは人間のやることじゃない。

私は笑いそうになって、笑えなかった。赤印が多すぎる。


「点のはずが、線に見えませんか」

イルダが赤ペンの先で、印をなぞる。

確かに。点が、ゆるい弧を描いて並んでいる。偶然の並びに見えない。


「世界契約ノートのにじみ……」

帝国の門で感じた、紙が濡れて滲む音。聖王国で見た、誓いの言葉の重さ。

全部が線で繋がるなら、私たちはいま、線の上を歩いている。


「リディア」

イルダが、こちらへ身を乗り出した。距離が近い。条文の熱をそのまま浴びる距離だ。

「あなたが作った拒否権条項。あれ、世界標準の核になります。だから、書き方を教えてください。今すぐ」

「い、今すぐ……」


私が言葉に詰まった瞬間、セルジュさんが椅子を一歩引き、私とイルダの間に自然に入った。

動きは静かで、声はもっと静かだった。


「彼女は私のパートナーです。説明は私を通してください」

「……仕事として?」

イルダが眉を上げる。

セルジュさんは、表情を崩さない。


「仕事です。彼女の判断を飛ばさないためにも」

「……なるほど」


イルダが納得したように頷くのが、逆に腹立たしい。私の胸が勝手に熱くなる。

私は咳払いをして、板に向き直った。


「飛ばさないなら、私も逃げません。ですが、逃げ道は書きます」

「それがあなたの強さです」

セルジュさんの声が、いつもより少しだけ柔らかかった。


《お、線引き入りましたね。甘い》

女神様が楽しそうに言う。

《はいはい、続けて。徹夜:可って議題欄に入れときますね》

「入れないでください!」


私の抗議を無視して、板の端に小さな光の文字がちらっと浮かび、すぐ消えた。イルダが見逃さない。


「今の、何です?」

「気のせいです」

「気のせいにするには、字が綺麗すぎます」

「……女神様です」

「最高。議事録にします」


怖い味方が2人いる。


それでも、板の上で世界が少しずつ整っていくのは快感だった。

国ごとの悪癖。被害者像。直す軸。必要な条文。撤退条件。第三者立会い。拒否権。


私は、息を吸って吐いた。

怖い。世界を変えるのが、怖い。

でも、怖いままでも、書ける。


「次は、この線の先です」

イルダが赤ペンで、地図の北端を指した。


その場所に、まだ印はない。

空白だけがある。


《来ましたね》

女神様の声が、低く落ちる。

《今、空白が勝手に埋まります》


地図の上に、赤い印がひとつ、じわりと滲むように増えた。

点じゃない。まるで、契約書のインクみたいに。


私はペンを握ったまま、その赤を見つめた。


「……行き先、決まりましたね」


ここまで読んでくださりありがとうございます!


ウェルナ再訪で、世界の「線」が見え始めました。

続きが気になったら、ブックマーク&広告下の☆☆☆☆☆評価で応援して頂けると励みになります。

感想も大歓迎です。次話も甘くて危ない展開を用意しています。


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