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「連載版」白い結婚を言い渡された聖女ですが、むしろ好都合なので神様に離婚届を出しました  〜婚約破棄してきた王子より、契約書を持ってきた宰相様の方がよほど誠実なんですが〜  作者: 夢見叶
第3部:女神と世界契約改革編

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第7話 10年贖罪労働の牢

「10年は、短いほうです。……ここでは」


 白い石造りの建物は、修道院みたいに静かだった。扉の金具さえ磨かれていて、外からは牢に見えない。

 けれど、扉が開いた瞬間に匂いが変わる。鉄と薬草と、濡れた布の匂い。


 通路の先で、灰色の服の少年が膝をついていた。床を拭いているだけなのに、指が割れて赤い。手首の輪に小さく刻まれた数字が見えた。

「10」


「万引きです」

 案内役の女司祭――マリアンヌは、祈りの声みたいに言った。

「罰は10年。贖罪奉仕として労働し、その間、家族は同伴できます。……ただし」

 そこで一拍、呼吸が詰まる。

「離脱は禁止です」


 胸の奥で、何かが音を立てて割れた。

 叫びたい。止めたい。――けれどここは他国で、信仰の名で正義が出来上がっている。言えば、異端は私のほうだ。


 その瞬間、隣のセルジュさんの指が、そっと私の拳をほどいた。冷たい手。なのに離さない。

「今は、見ます」

 命令でも説教でもない。けれど「私が止める」という形をした合図だった。


(女神ログ:※退会不可の会員制、というやつですね)

 頭の片隅に、いつもの軽い声が滑り込む。笑えるはずなのに、喉が固い。


 少年が床を拭くたび、手首の「10」が淡く光る。

 私は息を吸い直した。――ここは感情で壊す場所じゃない。条文で折る場所だ。

 ふと、マリアンヌのロザリオを握る手が、わずかに震えているのが見えた。

(この人も、同じ牢の中にいる)


 奥へ進むと、通路は見学用の高い廊下になっていた。下には作業台が並び、灰色の人影が黙々と動いている。布を洗う者、蝋を詰める者、石を削る者。息が合っていて、祈りみたいに整っているのが、逆に怖い。


「罪の重さで列は分けないのですか」

 私が問うと、監督役の男が即答した。顔に名前のない人だ。

「贖いは等しい。光の女神の前では、人は皆、同じです」


 同じ。便利な言葉だ。

 私は柵に指を置いた。冷たい金属が皮膚を押す。

「罰が重いんじゃない。罰が同じなのが怖いんです」

 自分でも驚くほど、声が落ち着いていた。怒りが消えたわけじゃない。怒りを燃料にして、論点に変換しただけ。


 マリアンヌの唇が、僅かに開いたまま止まる。

「……罪は、贖いで洗われます」

「洗いすぎです。10年で、何が残りますか」


 下を見る。さっきの少年が、今度は布の束を抱えて歩いていた。小さな肩がふらつくと、横の老人が支える。老人の手首にも「10」。その隣で、髪を結った女が目を伏せて同じ布を畳む。手首に数字はない。けれど足首に、薄い輪の跡がある。

「家族同伴、ですよね」

 私が言うと、マリアンヌは視線を逸らした。

「支え合えば、耐えられると……」

「耐えさせる設計になってます」

 言い切った瞬間、セルジュさんの手が、私の手の甲を軽く押さえた。落ち着け、ではない。進め、だ。


 廊下の先に、小さな窓があった。格子越しに、庭が見える。乾いた土に、白い花。墓標はない。

 私は思わず聞いてしまう。

「亡くなった方の記録は」

 監督役が眉をひそめる。

「ここは牢ではありません。聖なる奉仕の場です。死者を数えるのは、不敬です」

 その理屈が、前世の私の耳に刺さる。数字を出した途端に「不敬」と言って黙らせるやつだ。労災報告を「空気が悪くなる」と握り潰す、あの手口。


 書類室に通されると、棚には革表紙の台帳がぎっしり並び、封蝋の匂いがした。ここも綺麗だ。綺麗に整った暴力は、いつも言葉が通じにくい。


 マリアンヌは台帳を開き、ある頁を指で押さえる。

「贖罪労働契約です。罪状、期間、作業内容……そして同伴の条件」

 文字はフォーマルで、角が立っていて、祈りを装った命令に見えた。


「期間の根拠は」

 私の口は勝手に法務モードに切り替わる。

「確認させていただいても、よろしいでしょうか。10年に固定する理由は何ですか」

「……教義です」

「教義のどこに」

 マリアンヌは答えられない。ロザリオが、きゅ、と鳴った。


 セルジュさんが淡々と補足する。

「運用上は、期間を短くすると再犯が増える、という理屈でしょう。ですが、それは統計の問題であって、契約条項の根拠にはならない」

 相変わらず、優しさを論理に訳すのが上手い人だ。


(女神ログ:元の世界契約には、ちゃんとありますよ。「罰は罪と相当であること」って)

 声が少しだけ硬くなった。遊びじゃない、というトーンだ。


 私は頷く。

「世界契約にあるなら――これは正義じゃない。逸脱です」

 口にした瞬間、背筋が熱くなる。ここは他国。けれど世界契約は、国境の上に置くためにある。


 マリアンヌが小さく息を吐いた。

「信仰を壊しに来たのでは……ないのですね」

「壊しません。鎖を外しに来ました」

 言った私自身が、一番驚いた。こんな言い方、前の私ならできなかった。


 セルジュさんは私の横で、紙の端を揃えるみたいに状況を整えていく。

「まず、離脱禁止の法的根拠。次に、同伴の範囲。最後に、期間の可変性。……この3点を詰めれば、運用側は抵抗できません」

「抵抗できない、で済ませないでくださいね」

「もちろんです。あなたが前に出る必要がないように、私が前面に立ちます」

 さらっと言う。業務口調なのに、胸の奥が熱くなるのがずるい。


 ちり、と紙が擦れる音。

 マリアンヌが書類束を抱え直す。いちばん上の封蝋に、見慣れない紋があった。飾り鎖――鎖の紋章。


「その印は……」

 私が言いかけると、マリアンヌは小さく首を振った。

「今夜、礼拝堂で。あなたに会ってほしい方がいます」

「誰ですか」

「ここにいる者ではありません。けれど……この国の鎖を、いちばん美しく身につけている人です」


 声が震えているのがわかった。恐怖か、罪悪感か、それとも両方か。

 廊下の奥から、布を叩く乾いた音が響いた。さっきの少年の「10」が、目の裏に焼き付く。

 マリアンヌは目を伏せ、最後の一言だけ落とした。


「その方は……首に、銀の鎖をしています」


 ここまでお読みいただきありがとうございます。


『10年贖罪労働の牢』――彼女が握ったのは信仰ではなく、条文でした。次話、礼拝堂で「銀の鎖」の人物と対面します。続きが気になったら、ブックマークと評価で応援していただけると励みになります。


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