表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「連載版」白い結婚を言い渡された聖女ですが、むしろ好都合なので神様に離婚届を出しました  〜婚約破棄してきた王子より、契約書を持ってきた宰相様の方がよほど誠実なんですが〜  作者: 夢見叶
第3部:女神と世界契約改革編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

66/74

第6話 自己犠牲を誓わされた聖騎士

「治療は不要です。これは私の罰ですから」


 白い石畳に赤が落ちた。陽の光に反射して、やけに鮮やかだ。

 血を滲ませた青年は笑っていた。白と金の装束、胸元の光紋。ルミナリア聖王国の聖騎士だと、誰が見ても分かる。


「ちょ、ちょっと待ってください。今すぐ止血を――」

 私は反射で手を伸ばしかけた。癒やしの祝福を流せば、傷口は閉じる。慣れた手順だ。


 けれど、その手を取る前に。

 隣から、指がそっと重なった。


 セルジュ様の手だった。冷たいのに、離さない。

 私の拳を、握りつぶさない程度の力で押さえる。


「今は観察です」

 彼はいつもの業務口調で言う。

「あなたが異端扱いされれば、交渉が終わります。……あなたが潰れるほうが、損失が大きい」


(損失って言い方……)

 腹が立つのに、胸が痛い。守り方が不器用だ。


 青年――聖騎士は、こちらへ視線を向けて一礼した。

 痛みに眉も動かさない。そのくせ、子どもが泣いているのを見ると、目だけが柔らかくなる。


「大丈夫。泣かないで」

 彼は膝を折って、子どもの頭を撫でた。子どもは鼻水をすすりながら、必死に頷く。


「ユリウス様、包帯を!」

「聖騎士様、治癒師を呼びます!」

 周囲の大人たちは慌てているのに、彼だけが静かだ。


「……ありがたい。ですが、不要です」

 ユリウスと呼ばれた青年は、差し出された布を丁寧に押し返した。

「誓願にあります。『己の身を捨てて多数を救えるとき、騎士はそれを選ぶ努力義務を負う』。だから私は、この痛みも贖いとして受け取ります」


 努力義務。

 その言葉が、私の頭の中で黒々と浮いた。


(努力義務って、逃げ道がある前提の言葉でしょう?)

(なのにこれは、逃げ道の顔をした強制だ)


 私は口を開きかけて、飲み込んだ。

 ここは他国。しかも「清い正しさ」を掲げる国だ。

 私が今「あなたを治療します」と言えば、彼の信仰を踏みにじることになる。たぶん、私のほうが異端になる。


 背後で、女神様の声が薄く笑った。


『理想は高いのに、代償設計がへたくそな同僚だなあ』


(女神様、ここで同僚評を挟む余裕があるなら、助けてください)

『助けるには、まず仕様を知る。形式通り』


 形式通り。嫌いじゃない。でも今日のその言葉は、冷たい。



 この国の門をくぐった時、私でさえ背筋が伸びた。


 高い白壁。上に走る金の縁取り。門番の騎士は武器を見せびらかすでもなく、落ち着いた声で道を開ける。

 通りは掃かれ、噴水は澄み、香草の匂いが風に混じる。盗みを働く者も、声を荒げる者も見当たらなかった。


「理想郷、ですか」

 私が思わず呟くと、セルジュ様は周囲を確認しながら頷いた。


「表の顔は、そう見せるでしょう。……だからこそ裏を見ます」


 門から少し歩いた角に、掲示板があった。

 白い紙が何枚も、整った文字で並んでいる。


『贖罪奉仕 10年 志願者募集』

『浄めの労働 家族同伴可(※但し離脱禁止)』

『志願は尊い。拒む者は、己の弱さを恥じよ』


 清潔な文字なのに、喉に引っかかった。

 善意の顔をした、逃げ道なしの匂い。


「……離脱禁止って、注釈で書くことじゃない」

 私が小声で言うと、セルジュ様は視線だけで肯定した。


「注釈で書くから、気づかれにくい。故意です」


 私たちは、街角の神殿詰所へ案内された。

 若い神官が書類を受け取り、笑顔で頭を下げる。


「アルシオン王国の聖女殿、宰相補佐殿。ようこそルミナリアへ。滞在許可と、明朝のご案内状を」

 差し出された封筒には、光の紋章。触れた指先が少し熱くなる。


「明朝?」

 私が聞き返すと、神官は穏やかに微笑んだ。


「贖罪奉仕の現場です。まずは、清めの働きをご覧いただきたく」


 胸の奥が、いやな鳴り方をした。

 見せたい、という言葉の裏に、見せても平気だという自負がある。



 そして今、その自負の形が、目の前に立っている。


 騒ぎの原因は、馬車だった。

 坂道で車輪が滑り、御者が手綱を引ききれず、角を曲がった先の子どもへ突っ込んだ。


「危ない!」


 叫びと同時に、白金の影が飛び出した。

 ユリウス様が子どもを抱えて転がり、馬車の車輪が石畳を削って止まる。間に合わなければ、潰れていた。


「さすが聖騎士様!」

「光の加護が――」

 人々は胸に手を当て、頭を下げる。子どもはユリウス様の首にしがみつき、泣きながら何度も謝った。


「いいんだ。あなたが無事なら、それで」

 ユリウス様は微笑み、子どもを母親へ渡した。


 その瞬間、肩口から血が溢れた。

 布地が裂け、白が赤に染まる。それでも、彼は呼吸を整えて立ち上がる。


(止血。縫合。治癒)

 頭の中で手順が回る。私の手は、勝手に前へ出ようとした。


 セルジュ様の指が、もう1度、重なった。

 今度は、私の手首を包むみたいに。


「リディア」

 珍しく、名で呼ばれた。小さな声なのに、背筋が凍るほど強い。


「今は。……今は、我慢してください」


 我慢。

 その言葉が、私の中の正義を少しだけ冷やした。

 冷やして、形にするための時間をくれたのだと、分かってしまう。


 ユリウス様は、私の視線に気づいたらしい。

 丁寧に、しかし迷いなく首を振った。


「聖女殿。お気遣いに感謝します」

「でも、放っておけません。あなたは――」

「私は、騎士です」


 その言い方が、誇りだった。

 自分を縛る鎖を、誇りとして磨いている声。


「誓願の条文を、朗誦します」

 彼は胸に手を当て、光紋に指先を添える。

「『己の身を捨てて多数を救えるとき、騎士はそれを選ぶ努力義務を負う。

 傷を恐れて退くことは、光を汚す。痛みを避ける治癒は、贖いを薄める』」


 周囲が、安堵した顔をした。

 ああ、これが「正しい言葉」なのだ。みんな、この言葉で安心してしまう。


 私だけが、息を呑む。


(努力義務の皮を被った、死の推奨)

(しかも、治癒まで罪扱い。逃げ道が1つもない)


 女神様のUIが、私の視界の端で小さく点滅した。

《注記:努力義務=違反時の責任が曖昧なため、運用で強制化しやすい》

(分かってます。分かってるから腹が立つんです)


『ね? へたくそでしょ』

(同僚評、やめてください)


 ユリウス様の胸の光紋が、脈打つたびに明滅した。

 まるで期限だ。猶予のない締め切りみたいに、早く、短く。


 彼はそれに気づかないふりをして、子どもへ言った。


「次は、道の端を歩こう。約束できる?」

「う、うん! ユリウス様、ありがとう!」

「よし。では、光を忘れずに」


 子どもたちは泣き笑いで頷き、周囲は拍手までしそうな空気だった。

 私の胃だけが、きりきりする。


 その時、街角の神殿詰所の神官が駆け寄ってきた。

 先ほどの青年神官だ。汗1つ乱れていない。


「聖女殿。宰相補佐殿。お騒がせしました」

 そして、まるで予定通りのように、封筒を差し出す。

「改めて。明朝、贖罪奉仕の現場をご案内します。担当は女司祭マリアンヌ。……そして、ユリウス殿も同行します」


「この状態で?」

 思わず声が出た。


 ユリウス様は、笑った。

「問題ありません。私は光に仕えていますから」


 その言葉が、あまりにも自然で。

 私は1瞬、何も言えなくなった。


 セルジュ様の指が、私の手の甲を軽く撫でた。

 慰めじゃない。落ち着け、という合図。


「……承知しました」

 セルジュ様が答える。淡々と、しかし私を半歩だけ背に入れて。


 私は、息を吸った。

 この国の「美しい正しさ」は、誰も悪意を持たない顔で、人を削る。


(正しい美しさと、歪んだ美しさを、混ぜてはいけない)

(混ぜれば、誰も止められなくなる)


 ユリウス様の胸の光紋が、また脈打った。

 明日までに、何が削れるのか。


 私は封筒を握りしめた。

 明朝。贖罪奉仕の牢。

 理想郷の白い街路の下にある現場を、私はこの目で見て、条文に落とし込む。


 そして――できれば、あの人の「誇り」を折らずに、鎖だけを外す方法を探す。


 ここまで読んでくださりありがとうございます。


 ユリウウスの『自己犠牲の誓い』の正体、明朝の現場で一気に剥がれます。


 続きが気になったら、ブクマで追跡&広告下の☆☆☆☆☆評価で応援いただけると励みになります!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

短編掲載中!
よろしければ応援お願いします!
婚約破棄?上等、封印証拠で公開監査し監査公爵と溺愛契約
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ