第5話 寿命4分の1の戦場志願
「寿命の4分の1を、国に捧げます」
誇らしげな声が、兵舎の広場に澄んだ。
同時に、志願者の胸元に揺れる小さな札――私にだけ見える砂時計タグの砂が、ひと粒だけ落ちる。
(……減ってる。最初から、もう減ってる)
背筋がぞわりとした。
並ぶ若者たちは皆、背筋を伸ばしている。制服はよく磨かれ、髪も整っていて、観衆からは拍手まで起きた。美しい。だからこそ、刺さる。
「見えましたか」
隣のセルジュが、いつもの業務口調で言う。
「……はい。タグが、最初から削れてます」
「記録します」
彼は小さな手帳を開き、筆記を始めた。
速い。異常に速い。紙が燃えるんじゃないかと思うくらい。
「今そこ職人技いらないです」
「必要です」
即答だった。感情が混ざっているのに、声だけは冷たい。私の胸の奥が、変なところで温かくなる。
広場中央の簡易祭壇に、帝国の神官が上がる。
銀糸で縫われた礼服。手にした短剣は、儀式用の装飾だと分かるのに、光り方がいやに生々しい。
「志願者諸君。神は被契約者に並外れた武勇を授ける」
神官の声が響く。
「代償として、寿命の4分の1を徴収する。……この誓約に、同意するか」
若者たちが、揃って答えた。
「同意します!」
私は思わず口を開きかけて、飲み込む。
ここで叫べば、彼らの誇りを踏みつける。踏みつけた瞬間に、代わりの救いが出せるわけでもない。
(止めたい。でも、止め方を間違えたら……死人が出る)
志願者代表が一歩前へ出た。
両手を胸の前で組み、誓約文を唱える。
「神よ。武勇を。国を守る力を。代償として、寿命の4分の1を――」
祝福の光が降りた。
黄金色の粒が、雨みたいに彼の肩へ落ちる。観衆が息を呑み、誰かが「英雄だ」と呟いた。
次の瞬間。
代表の肩が、かすかに揺れた。
顔色が一段、灰色に落ちる。口元を押さえて、咳き込む。
「だ、大丈夫です!」
彼は笑って見せた。笑顔が眩しいのに、どこか薄い。
光の中で、彼の影だけが一瞬、短くなる。
見間違いじゃない。影が、削られた。
「……今、削れましたよね」
私は小声で言う。
「断言はできません。徴収タイミングは条文に書かれていない」
セルジュは手帳から目を上げずに答える。
「ですが、徴収が『いつでも可能』な形になっている。最悪です」
(寿命の4分の1。いつでも取れる。だから、皆、見て見ぬふりをする)
志願者代表は姿勢を立て直し、胸を張った。
周囲の若者たちが、羨望の眼差しを向ける。咳なんて、なかったことにされる空気。
その空気を切るように、蹄の音がした。
「よく集まったな」
騎乗のまま、男が現れた。
帝国の装い。濃い赤の外套に、金の徽章。カイエン殿下だ。
彼は堂々としているのに、目の下に薄い影がある。
近づいた瞬間、苦い薬草の匂いがした。寝不足を押し殺して、鎧の裏に隠している匂い。
「志願は、帝国の誇りだ。神の武勇は、国を救う」
カイエン殿下は若者たちを見回した。
「家族を守り、名誉を得る。……それを欲するのは、恥ではない」
志願者の1人が、堪えきれないように声を上げた。
「殿下のおかげで、俺たちは……! 町では仕事がなくて、母が――」
殿下は頷き、短く言った。
「国は、君たちを見捨てない」
その言葉に、観衆が湧いた。
私は、背中が冷えた。優しい言葉が、刃になるときがある。
「……殿下。確認させてください」
気づけば、私は一歩前へ出ていた。
セルジュが、私の袖を掴む。
強くはない。けれど、逃げ道を塞ぐ握り方だった。
(止めないんだ)
(止めない。だから、守る)
「アルシオン王国の聖女、リディアです」
私は敬語を整えようとして、途中で崩れた。
「この契約、寿命の4分の1……それ、相当だと思ってますか」
カイエン殿下の眉が動く。
「相当だ。以前は3分の1だった。4分の1にした。改善だ」
胸の奥で、何かが鳴った。怒りというより、基準の衝突の音だ。
「減っただけで、正しいにはなりません」
広場が静まる。
殿下の護衛が一歩前に出ようとして、セルジュの視線で止まった。
セルジュが、私の前に半歩、出た。
私を隠すのではなく、隣に立つ位置。
「殿下。我々は視察の許可を得ています」
「知っている。だから立っている」
「その条件を、更新します」
セルジュが言った。
空気が凍る。ここで、交渉の言葉が出るとは思わなかった。
「彼女の安全確保を、交渉条件にします」
私の心臓が、変な跳ね方をした。
安全。条件。業務口調。なのに、私の名を札にして、正面から守ると言っている。
「……ほう」
カイエン殿下は、笑った。疲れているのに、鋭い笑みだ。
「君は、面倒な女を連れてきたな」
「面倒ではありません。必要です」
セルジュは一切揺れない。
殿下の視線が、私に戻る。
「相当でないなら、どうする」
私は答えを持っていない。
今ここで、完璧な代替案を提示できない。だからこそ、悔しい。
「……契約の形を変えます」
それだけは、言えた。
「英雄を讃えるなら、先に。英雄が生き残る契約にして」
殿下は何か言い返しかけて、口を閉じた。
代わりに、咳をひとつ。彼の咳も、乾いていた。
「宿で続けろ」
殿下は背を向けた。
「ここは儀式の場だ。君の正しさで、志願者の誇りを折るな」
胸が痛む。
正しさ。誇り。どちらも折りたくない。なのに、この契約は誰かを折っている。
◇
宿の机に戻ると、私は椅子に落ちるように座った。
指先がまだ震えている。怒りでも、恐怖でも、どちらでもある。
《お疲れさま。……砂、見えちゃいました?》
頭の中で、女神様が軽口みたいに言った。
「見えました。見たくなかったです」
《でも見ないと、直せませんからね》
女神様は、古い革表紙のノートを机に置いた。
いつの間にか、現物がある。こういうところが神だ。
《昔の世界契約ノートです。ここ、読んで》
指先が光り、1行が浮かび上がる。
《戦時の代償は、明確かつ相当であること》
「……相当」
私は息を吐いた。
「便利すぎるのが問題なんです」
《相当って便利な言葉、嫌いじゃないけどね》
「嫌いになりそうです」
私は指を折りながら整理する。
「寿命の定義が曖昧。徴収タイミングが不明。相当性の基準が帝国基準です」
「それに、志願者の同意も……『同意します!』って叫ばせるだけじゃ足りない。説明がない」
セルジュが、私のメモの横に別の紙を置いた。
そこには、帝国の利益の形が、淡々と書かれている。
「国防条項を盾にします」
「盾……?」
「帝国にとっても、若者を短命にするのは損です。兵の補充コストが跳ね上がる」
彼はさらりと言う。
「寿命を削るのではなく、戦時限定の負荷を定義し、回復と補償を条文化する。『強さ』を売るなら、国が『生存』を買う形にします」
私は、彼の文字を見つめた。
冷たい線。けれど、私のための線でもある。
「……それ、私が守られる条文じゃなくて。要求ですよね?」
「要求です」
また即答。
女神様が、くすりと笑った気配がした。
《夫婦ユニット、便利ですねぇ》
「茶化さないでください」
《茶化してません。羨ましいだけです》
私はペンを握り直す。
(止めたい。けど、止め方が雑だと現場が燃える)
(だから、条文で守る。英雄を、誇りを、生活を)
「……書きます」
声が少しかすれた。
「正しいまま、守れる形に」
セルジュが頷く。
「あなたが書く。私が運用する」
その分担が、今は頼もしい。
《では、次の国へ》
女神様の声が、少しだけ真面目になった。
《次はルミナリア。もっと綺麗です》
「……嫌な予感しかしないです」
セルジュが、窓の外の闇を見たまま言う。
「正しさの条文が一番、人を殺します」
私は、砂時計タグの砂が落ちる音を思い出す。
ひと粒。たったひと粒で、世界は平気な顔をする。
(だから、直します)
正しい顔のまま、人を守る契約に。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
寿命を削る契約に、リディアとセルジュは条文で刃を入れます。次は「もっと綺麗な国」ルミナリアへ。綺麗なほど、嘘は映える。
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