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「連載版」白い結婚を言い渡された聖女ですが、むしろ好都合なので神様に離婚届を出しました  〜婚約破棄してきた王子より、契約書を持ってきた宰相様の方がよほど誠実なんですが〜  作者: 夢見叶
第3部:女神と世界契約改革編

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第5話 寿命4分の1の戦場志願

「寿命の4分の1を、国に捧げます」


 誇らしげな声が、兵舎の広場に澄んだ。

 同時に、志願者の胸元に揺れる小さな札――私にだけ見える砂時計タグの砂が、ひと粒だけ落ちる。


(……減ってる。最初から、もう減ってる)


 背筋がぞわりとした。

 並ぶ若者たちは皆、背筋を伸ばしている。制服はよく磨かれ、髪も整っていて、観衆からは拍手まで起きた。美しい。だからこそ、刺さる。


「見えましたか」

 隣のセルジュが、いつもの業務口調で言う。


「……はい。タグが、最初から削れてます」


「記録します」


 彼は小さな手帳を開き、筆記を始めた。

 速い。異常に速い。紙が燃えるんじゃないかと思うくらい。


「今そこ職人技いらないです」

「必要です」


 即答だった。感情が混ざっているのに、声だけは冷たい。私の胸の奥が、変なところで温かくなる。


 広場中央の簡易祭壇に、帝国の神官が上がる。

 銀糸で縫われた礼服。手にした短剣は、儀式用の装飾だと分かるのに、光り方がいやに生々しい。


「志願者諸君。神は被契約者に並外れた武勇を授ける」

 神官の声が響く。

「代償として、寿命の4分の1を徴収する。……この誓約に、同意するか」


 若者たちが、揃って答えた。

「同意します!」


 私は思わず口を開きかけて、飲み込む。

 ここで叫べば、彼らの誇りを踏みつける。踏みつけた瞬間に、代わりの救いが出せるわけでもない。


(止めたい。でも、止め方を間違えたら……死人が出る)


 志願者代表が一歩前へ出た。

 両手を胸の前で組み、誓約文を唱える。


「神よ。武勇を。国を守る力を。代償として、寿命の4分の1を――」


 祝福の光が降りた。

 黄金色の粒が、雨みたいに彼の肩へ落ちる。観衆が息を呑み、誰かが「英雄だ」と呟いた。


 次の瞬間。


 代表の肩が、かすかに揺れた。

 顔色が一段、灰色に落ちる。口元を押さえて、咳き込む。


「だ、大丈夫です!」

 彼は笑って見せた。笑顔が眩しいのに、どこか薄い。


 光の中で、彼の影だけが一瞬、短くなる。

 見間違いじゃない。影が、削られた。


「……今、削れましたよね」

 私は小声で言う。


「断言はできません。徴収タイミングは条文に書かれていない」

 セルジュは手帳から目を上げずに答える。

「ですが、徴収が『いつでも可能』な形になっている。最悪です」


(寿命の4分の1。いつでも取れる。だから、皆、見て見ぬふりをする)


 志願者代表は姿勢を立て直し、胸を張った。

 周囲の若者たちが、羨望の眼差しを向ける。咳なんて、なかったことにされる空気。


 その空気を切るように、蹄の音がした。


「よく集まったな」


 騎乗のまま、男が現れた。

 帝国の装い。濃い赤の外套に、金の徽章。カイエン殿下だ。


 彼は堂々としているのに、目の下に薄い影がある。

 近づいた瞬間、苦い薬草の匂いがした。寝不足を押し殺して、鎧の裏に隠している匂い。


「志願は、帝国の誇りだ。神の武勇は、国を救う」

 カイエン殿下は若者たちを見回した。

「家族を守り、名誉を得る。……それを欲するのは、恥ではない」


 志願者の1人が、堪えきれないように声を上げた。

「殿下のおかげで、俺たちは……! 町では仕事がなくて、母が――」


 殿下は頷き、短く言った。

「国は、君たちを見捨てない」


 その言葉に、観衆が湧いた。

 私は、背中が冷えた。優しい言葉が、刃になるときがある。


「……殿下。確認させてください」

 気づけば、私は一歩前へ出ていた。


 セルジュが、私の袖を掴む。

 強くはない。けれど、逃げ道を塞ぐ握り方だった。


(止めないんだ)

(止めない。だから、守る)


「アルシオン王国の聖女、リディアです」

 私は敬語を整えようとして、途中で崩れた。

「この契約、寿命の4分の1……それ、相当だと思ってますか」


 カイエン殿下の眉が動く。

「相当だ。以前は3分の1だった。4分の1にした。改善だ」


 胸の奥で、何かが鳴った。怒りというより、基準の衝突の音だ。


「減っただけで、正しいにはなりません」


 広場が静まる。

 殿下の護衛が一歩前に出ようとして、セルジュの視線で止まった。


 セルジュが、私の前に半歩、出た。

 私を隠すのではなく、隣に立つ位置。


「殿下。我々は視察の許可を得ています」

「知っている。だから立っている」


「その条件を、更新します」

 セルジュが言った。


 空気が凍る。ここで、交渉の言葉が出るとは思わなかった。


「彼女の安全確保を、交渉条件にします」


 私の心臓が、変な跳ね方をした。

 安全。条件。業務口調。なのに、私の名を札にして、正面から守ると言っている。


「……ほう」

 カイエン殿下は、笑った。疲れているのに、鋭い笑みだ。

「君は、面倒な女を連れてきたな」


「面倒ではありません。必要です」

 セルジュは一切揺れない。


 殿下の視線が、私に戻る。

「相当でないなら、どうする」


 私は答えを持っていない。

 今ここで、完璧な代替案を提示できない。だからこそ、悔しい。


「……契約の形を変えます」

 それだけは、言えた。

「英雄を讃えるなら、先に。英雄が生き残る契約にして」


 殿下は何か言い返しかけて、口を閉じた。

 代わりに、咳をひとつ。彼の咳も、乾いていた。


「宿で続けろ」

 殿下は背を向けた。

「ここは儀式の場だ。君の正しさで、志願者の誇りを折るな」


 胸が痛む。

 正しさ。誇り。どちらも折りたくない。なのに、この契約は誰かを折っている。


     ◇


 宿の机に戻ると、私は椅子に落ちるように座った。

 指先がまだ震えている。怒りでも、恐怖でも、どちらでもある。


《お疲れさま。……砂、見えちゃいました?》

 頭の中で、女神様が軽口みたいに言った。


「見えました。見たくなかったです」


《でも見ないと、直せませんからね》


 女神様は、古い革表紙のノートを机に置いた。

 いつの間にか、現物がある。こういうところが神だ。


《昔の世界契約ノートです。ここ、読んで》


 指先が光り、1行が浮かび上がる。


《戦時の代償は、明確かつ相当であること》


「……相当」

 私は息を吐いた。

「便利すぎるのが問題なんです」


《相当って便利な言葉、嫌いじゃないけどね》


「嫌いになりそうです」


 私は指を折りながら整理する。

「寿命の定義が曖昧。徴収タイミングが不明。相当性の基準が帝国基準です」

「それに、志願者の同意も……『同意します!』って叫ばせるだけじゃ足りない。説明がない」


 セルジュが、私のメモの横に別の紙を置いた。

 そこには、帝国の利益の形が、淡々と書かれている。


「国防条項を盾にします」

「盾……?」


「帝国にとっても、若者を短命にするのは損です。兵の補充コストが跳ね上がる」

 彼はさらりと言う。

「寿命を削るのではなく、戦時限定の負荷を定義し、回復と補償を条文化する。『強さ』を売るなら、国が『生存』を買う形にします」


 私は、彼の文字を見つめた。

 冷たい線。けれど、私のための線でもある。


「……それ、私が守られる条文じゃなくて。要求ですよね?」


「要求です」

 また即答。


 女神様が、くすりと笑った気配がした。

《夫婦ユニット、便利ですねぇ》


「茶化さないでください」


《茶化してません。羨ましいだけです》


 私はペンを握り直す。

(止めたい。けど、止め方が雑だと現場が燃える)

(だから、条文で守る。英雄を、誇りを、生活を)


「……書きます」

 声が少しかすれた。

「正しいまま、守れる形に」


 セルジュが頷く。

「あなたが書く。私が運用する」


 その分担が、今は頼もしい。


《では、次の国へ》

 女神様の声が、少しだけ真面目になった。

《次はルミナリア。もっと綺麗です》


「……嫌な予感しかしないです」


 セルジュが、窓の外の闇を見たまま言う。

「正しさの条文が一番、人を殺します」


 私は、砂時計タグの砂が落ちる音を思い出す。

 ひと粒。たったひと粒で、世界は平気な顔をする。


(だから、直します)


 正しい顔のまま、人を守る契約に。


 ここまでお読みいただきありがとうございます。


 寿命を削る契約に、リディアとセルジュは条文で刃を入れます。次は「もっと綺麗な国」ルミナリアへ。綺麗なほど、嘘は映える。


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