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「連載版」白い結婚を言い渡された聖女ですが、むしろ好都合なので神様に離婚届を出しました  〜婚約破棄してきた王子より、契約書を持ってきた宰相様の方がよほど誠実なんですが〜  作者: 夢見叶
第2部:契約夫婦とブラック契約撲滅案件編

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第31話 一族総出のサイン会

 ラグランジュ家本邸の大広間。長いテーブルの上に、契約書が2種類並べられていた。


 左は黄ばんだ羊皮紙。《ラグランジュ家奉仕契約》。

 壁には戦死した親族の肖像画が並び、視線がこちらを見下ろしている気がする。


 右は真新しい紙束。《ラグランジュ家家族契約》。

 第1条は、私が何度も言い直した文言だ。


「ラグランジュ家は、『国を支える人材』と『家族としての生活』を両立することを目的とする」


 条文だけ見れば、勝っている。なのに手が迷う。歴史の重さは、紙の厚さと別物らしい。


 隣のセルジュさんは背筋がまっすぐで、指先だけが硬かった。

 向かいにはお義父様とお義母様。叔父叔母、従兄弟姉妹たちが固い椅子に座る。

 そして視界の端に、羽ペンのアイコンがふわっと浮かんだ。


『おはようございます。今日は合法的サイン会の日ですね』


 お義父様が立ち上がる。


「この家は代々、国に身命を捧げてきた。それを誇りとも、呪いとも感じてきた」

 広間の空気が、肖像画と一緒に息を止める。


「本日の署名は、その形を変える行為だ。弱くなるためではない。生き残る形を選び直すためだ」


「では、読み上げます」

 セルジュさんが紙束を手に取る。事務的な口調が、今日は祈りみたいに聞こえた。


「第1章、国との約定。家族は国家の所有物ではない。各人は能力を国に提供し、生活の安全と休養を保障される」

「第2章、相続・縁談。能力ある者が全部背負う構造を禁ずる。拒否の権利を認める」

「第3章、守られる側の定義。過度の負担が1人に集中した場合、その者を守られる側として休ませる義務を家族は負う……例示、セルジュ・ラグランジュを含む」


『ここ、世界的にウケます。「過労死防止条項」』

 女神が、ひそひそと笑った。


 読み上げが終わると、テーブルの前に静かな空白が落ちた。

 お義父様が言いかける。

「本来なら家督を継ぐ者からだが……」

 そこで止まった。


 旧契約の感覚なら、セルジュさんが当然トップバッター。

 でも新契約では、セルジュさんは「守られる側」の筆頭でもある。


 叔父の1人が何か言いかけた。けれど、お義母様の視線に気づいて黙る。

 お義母様はセルジュさんを見つめたまま、小さく呟いた。


「……もう、あの子に『最初に出る役』ばかりさせるのはやめませんか」


 沈黙を破ったのは若い従姉妹だった。


「では……次の世代からサインしてもいいでしょうか」

「伯父上、『能力があるから全部』って、負け残りみたいで嫌だと、この前言ってしまいました。けど……それを変える契約なら、私、最初に賛成したいです」


 お義父様が、ゆっくり頷く。

「そうだな。これからこの契約に生きる者から、署名しよう」


 従姉妹の名前が書き込まれ、空気が変わった。

 続けて従兄弟たちが署名する。


「これで、うちの子どもに『必ず1人は戦場へ』なんて言わなくて済むなら」

「王都で商売する道も、家を捨てずに選べるんだな」


 そして視線がセルジュさんに戻る。

 彼はペンを取って、私を振り返った。


「昨日、あなたが作ってくれた『非公式条文』は、ここに含まれていますか」

 私は第3章の1行を指さす。

「ほら。例示欄の1行目に、ちゃんとあなたの名前」


 セルジュさんが、少し照れたように笑って署名した。


『ラグランジュ家現当主候補、守られる側ラベル。本登録申請、受領っと』


 最後にお義父様とお義母様が立つ。

 お義父様の筆跡は、壁の古い契約書の署名と同じだ。なのに今日は、家族として守る義務を負う側の署名になる。


 お義母様はセルジュさんの名を見てから、自分の欄にサインした。

「これで、あなたが生き残ったことに、少しは意味を足せるでしょうかね」


 人間側の署名が終わり、親族が下がる。

 扉が閉まった瞬間、女神の声が軽く響いた。


『ではここからは、神域アーカイブ側の処理に入ります。少々きらきらしますが、目を閉じる必要はありません』


 契約書が光を帯び、羽ペンのUIが空中に現れる。

 羽ペンは壁の家紋へと滑った。片隅に、小さな剣型の意匠。騎士団のときにも見た「命捨てタグ」だ。


『このタグは「戦場で散った者の名簿とリンクする」仕掛け付き。ラグランジュ家を丸ごと「国のための駒箱」扱いにするフックでした』


 女神のペン先が剣型の線をなぞり、光の2重線が重なる。


『これで「身命を捧げる」ログは、すべて「守られる側優先」に再分類です』


 お義父様が思わず問う。

「それは……戦死した者たちの誓いを、無にすることにはならないか」


『無にはしません。記録は残す。ただ次の世代からは「同じ捧げ方をさせない」条文が追記された。そういう扱いです』


 お義母様が小さく笑う。

「あの子たち、文句は言わないわ。「ようやく、まともな使い方をしてくれた」くらいはね」


 羽ペンが戻り、契約書の末尾に神サイン欄が開く。

 女神がさらさらと署名する。


『女神アーカイブ第8棚、第14行。ラグランジュ家家族契約・新バージョン。「守る側/守られる側ラベル」本登録完了です』


 私の視界に、日報みたいなテロップが浮かんだ。


『「国家のための駒箱」ラベル、利用終了。「家族契約モデルケース」ラベル、新規付与』


 セルジュさんが冗談めかして尋ねる。

「『モデルケース』というのは、どの程度、他家に参照される想定でしょうか」

『世界契約サミット資料の脚注くらいには。実例として』


 さらに小さなウィンドウ。


『個人タグも更新。「己を捧げる者」セルジュ・ラグランジュ。守る側→守られる側へ』

「これで、簡単に残業させてもらえなくなりますね」

「はい。契約違反ですから」


『ブラック上司対策に、奥さまが強い家はいい文明です』


 笑いが落ちたあと、お義父様が私に向き直り、深く頭を下げた。

「官僚としてではなく、息子の妻として……この家の契約をここまで運んでくださったこと、感謝する」

 私は家族に向ける小さな会釈で返した。

「こちらこそ、守られる側にセルジュさんを含める許可をくださって、ありがとうございます」


 大広間を出ると、廊下の壁に新家族契約の写しが額装されて掛けられていた。隣の旧契約書には小さく「利用終了」の印。

 2つの契約のあいだで、2重線入りの家紋が、柔らかく光っている。


 ここはもう、国家のための駒箱じゃない。

 そしてセルジュさんがその意味を本当に知るのは――もう少しだけ先の話だ。


ここまでお読みいただきありがとうございます!ラグランジュ家の「サイン会」で、守る/守られるの線引きがついに契約として形になりました。次回は、その条文が早速試される出来事が…!面白かったら広告下の【☆☆☆☆☆】評価と【ブックマーク】で応援いただけると励みになります。評価は1クリック、ブックマークは更新通知にもなります。感想も大歓迎です!


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