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「連載版」白い結婚を言い渡された聖女ですが、むしろ好都合なので神様に離婚届を出しました  〜婚約破棄してきた王子より、契約書を持ってきた宰相様の方がよほど誠実なんですが〜  作者: 夢見叶
第2部:契約夫婦とブラック契約撲滅案件編

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第30話 『守る側』と『守られる側』の位置交換

会議が終わったあとの屋敷は、昼間より静かだった。

客間フロアの廊下に響くのは、私とセルジュさんの靴音だけ。壁には代々の肖像画。その下に、ガラスケース入りの古い契約書の写しが置かれている。


今日、私たちが書き換えようとしているものの原型だ。


「……家族ごと国庫預かり、って。ひどい比喩でしたね」

口にした途端、胸の奥がちくりと痛んだ。


セルジュさんは苦笑した。

「事実を述べただけです。ようやく返却交渉までこぎつけた。進歩でしょう」


進歩。そう言ってくれるのに、彼の目は契約書ではなく、もっと遠い場所を見ている気がした。


昼の会議の最後、私は勢いで言った。

セルジュさんは『守る側』が似合う、と。褒め言葉のつもりだったのに、今は変に引っかかる。


「さっきのことなんですが……」

私は一度息を吸って、背中に向けて言った。

「私、セルジュさんは守る側が似合うって」


セルジュさんは、すぐに振り返らなかった。

ほんの一拍の沈黙のあと、低い声で言う。


「本来は、私の方が『守られる側』だったはずです」


廊下の空気が、冷えた。

「どういう意味ですか」


セルジュさんは視線を落としたまま、淡々と話し始める。

「ラグランジュ家は、国に駒を差し出す家です。必要とあらば、何度でも」

「駒……」

「兄も弟も。優秀で、健康で、よく笑う者から順に」


言葉が丁寧なのに、内容が容赦なくて、私は喉が鳴るのをこらえた。


「生き残った者が、残りを背負う。……守る側に回れた人が、そのまま一生降りられない」

私は苦く笑った。

「降りるための階段が、最初から無かったんですね」


セルジュさんの眉がわずかに動いた。正しい指摘をされたときの、あの顔。


私はふと、昔のことを思い出す。

神前離婚の後、疲れ切った私に彼が言った言葉。


「セルジュさん。前に言ってくれましたよね。『あなたは本来、守られるべき人です』って」


彼の目が、わずかに見開かれる。

遠い記憶を引き寄せるみたいに、視線が揺れた。


……小さな男の子が、病弱そうな弟に向かって必死に背伸びをする声が、私の耳の奥で重なった気がした。

『あなたは本来、守られるべき人です』


「……あの言葉は、他者のためです」

セルジュさんは淡々と言い切ろうとして、少し詰まった。

「私は盤面の外側で記録を取る係です。守られるほど高価な駒ではない」


逃げ道の作り方が、あまりに上手い。

私は一歩だけ近づく。

「盤面の外なら、余計に凍えますよ。守る人がいない場所ってことだから」

「……」

「セルジュさん。あなたが外側に立つなら、私がそこまで行きます。条文で」


その瞬間、光の板が私たちの間に割り込んだ。


『この限りではない、で自分だけ守らないの、ブラック契約の典型ですよ、セルジュさん』


女神の声が、珍しく容赦がない。

同時に、私の頭上に『守られる側』、セルジュさんの頭上に『守る側』の文字がふわりと浮かぶ。


「……出ましたね」

私が言うと、セルジュさんはため息をついた。

「女神様まで、会議に参加されるとは」


女神は指でつまむ仕草をして、私たちのラベルを入れ替えようとしては止める。


『本番はこのあとです。寝室前のミニ会議で、感情決裁を取りましょう』



寝室の前に置かれた小さなソファとテーブル。ロウソクの火が揺れて、紙の白が淡く染まる。

昼間の新家族契約案の控えが、そこに広げられていた。


セルジュさんはソファの端に腰を下ろし、眠いはずなのに背筋を伸ばす。

会議モードを外すのが怖い人の姿勢だ。


「じゃあ」私は向かいに座り、ペンを取った。

「今度は、私があなたを守る条文を作ります」


「……リディア様。私情では」

「私情です。でも制度にもします。明日、サインしてもらうんですから」


女神の羽ペンが空中でくるりと回り、光の議事録が開く。

『ミニ契約会議 議題:守る側/守られる側ラベルの暫定更新』


私は紙に、見出しだけ先に書いた。

守る義務。

休ませる義務。


セルジュさんが低く復唱する。

「休ませる義務……」

「守るだけだと、守る側は永遠に働きます。守る側を休ませる義務がないと、また同じ構造になります」


私はそのまま、条文案を読み上げた。

「第1条。セルジュ・ラグランジュは、ラグランジュ家における守られる側に含まれる」

セルジュさんが小さく息をのむ。

「第2条。守る側は、守られる側の生命・健康・睡眠を優先する。国への奉仕は、その後」

「国を……後」

「後。順番の話です」


私はペン先を『休ませる義務』に置いた。

「第3条。守る側は、過労が疑われる場合、休養を勧告し、業務の委任を手配する」

「……勧告」

「はい。命令じゃなくて、逃げ道。拒否するなら、その理由を条文上で申告してもらいます。ブラック回避の仕組み付き」


セルジュさんは沈黙したあと、いつもの丁寧語で言った。

「……承知しました」


その瞬間、彼の指先が紙の端をそっと押さえた。逃げ出さないように、ではなく、逃げ出していく自分を引き留めるみたいに。彼は『守られる側』という文字を目でなぞり、飲み込むように瞬きをした。


その言葉が、許可証みたいに重いのに。

彼の肩が、ほんの少しだけほどけたのが分かった。


女神のテロップが、ひらりと落ちる。


『本日付け、ラグランジュ家本邸客間前。

守る側/守られる側ラベル、暫定更新。

感情決裁:可決。

明日、正式な署名に持ち越し』


セルジュさんが小さく笑った。

「感情決裁、とは」

「必要です。条文だけじゃ、人は動かないから」


ロウソクの火が揺れて、紙の上の文字だけが柔らかく照らされる。

守る義務。休ませる義務。


この家はずっと、国のための駒箱だった。

でも今夜だけは、その箱の中にセルジュさんを『守られる側』として入れていい。

非公式でもいい。明日、正式にするための一夜だ。


私はペンを置き、彼の手の甲にそっと触れた。

「おやすみなさい。今日は……守られる側の練習です」


彼は一瞬だけ固まってから、丁寧語を少しだけ崩して言った。

「……リディア。おやすみなさい」


翌日、その一夜の条文は、家族の署名の列に並ぶことになる。


ここまで読んでくださってありがとうございます!第2部は「守る/守られる」の位置が静かに入れ替わり始めました。明日は署名、そして代償の気配も――。面白かった、続きが気になると思っていただけたら、広告下の【☆☆☆☆☆】で評価&ブックマークをいただけると執筆の燃料になります。感想も大歓迎です!


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