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「連載版」白い結婚を言い渡された聖女ですが、むしろ好都合なので神様に離婚届を出しました  〜婚約破棄してきた王子より、契約書を持ってきた宰相様の方がよほど誠実なんですが〜  作者: 夢見叶
第2部:契約夫婦とブラック契約撲滅案件編

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第26話 宰相補佐の「家族案件」

 セルジュさんの机は、今日も書類の山だった。

 隣でティオが仕分けをしている。その山の上に、1通だけ場違いな封筒が乗っていた。古い羊皮紙に赤い封蝋。剣と天秤の家紋。


《封筒から面倒な匂いがしますね》


 私たちにだけ聞こえる女神様の声に、私は小さくため息をつく。


「宛名、読んでもいいですか……?」


 セルジュさんが封筒を持ち上げた。

 丁寧すぎる筆致で書かれた文字を目で追って、私は赤面した。


「アルシオン王国宰相補佐 セルジュ・ラグランジュ殿 ならびに、そのご息女同然の聖女リディア殿」


「ご息女同然……?」


「家族の余計な礼儀です」セルジュさんはこめかみを押さえた。


 ティオが顔を上げる。


「認知されてるんですね、聖女さま。『同然』って書かれる程度には」


「認知の仕方が変です!」


 封蝋が割れ、紙が出てくる。文字が紙より先に肩へ乗る感じがした。


「要点だけ言います。先代当主の死後、相続で揉めている。古い契約があって、跡取りも縁談も国益優先で決めろ、と。最後に……私と、その妻を契約上どう扱うべきか、見解を求める、と」


「盛りだくさんですね……」


「内容は地方の相続争いと縁談調整。ただし、国家との旧契約が根拠です。完全な私事とは言い切れません」


《家族喧嘩に国家権威を混ぜてきたやつ。いちばんこじれやすい》


 女神様がひそひそ言う。私は笑えなかった。


 ティオが案件表に書き込もうとして手を止める。


「分類は『地方貴族家族紛争』で……?」


「いえ。これは──宰相補佐個人に関する家族案件として扱いましょう」


 家族案件。その言葉が、胸に引っかかった。

 国の机の上に、セルジュさん本人が乗る。そういう回だ、と。


 私は半分だけ冗談の顔を作る。


「夫婦契約に『夫の実家がブラックだった場合、聖女に相談する権利』って条文、足しておくべきでしたね……」


「その条文は、本日付で発動された扱いにしても?」


「……はい」


 たった2文字が、契約の判を押すみたいに重かった。


「原本を確認します。女神様、『ラグランジュ家奉仕契約』の登録ログは残っていますか」


《もちろん。国家に身命を捧げる系の、あまりおすすめできない古典棚ですね》


 午後、私たちは公正契約大神殿の地下アーカイブへ向かった。



 地下はひんやりしていて、祈りの香りより紙とインクの匂いが強い。

 棚に並ぶ背表紙の隙間に、ひっそり「ラグランジュ家奉仕契約」があった。


 女神様の羽ペンが先端でトントンと叩くと、契約は光の板になって浮かぶ。

 書記官が「まただ……」と呟いた。前に見たらしい。


《では、形式通り。読み上げます》


《ラグランジュ家当主および嫡流は、世々にわたり国王に身命を捧げること》

《必要とあらば一族の男子を優先して徴兵に応じること》

《必要とあらば婚姻、相続、領地の処理を国益に沿って行うこと》

《上記義務は一族の血が絶えるまで継続し、この限りではない》


「最後、なにそれ……」


《便利な一行ですよ。責任を溶かすのに》

《この限りではないの1行で、一族全員を例外扱いにした契約です。悪い見本としては満点》


 軽口の形をしているのに、背中が冷える。


 光の板の中央で「国家に身命を捧げる」が妙にくっきり浮かんだ。

 神殿前の注意喚起ポスターで見た赤線が、勝手に脳裏に重なる。笑って教材にした言葉が、今は呪いみたいだ。


 セルジュさんは官僚の顔のまま、ほとんど瞬きをしない。

 でも「男子を優先して」と「血が絶えるまで」のところで、指が板の端をきゅっと掴んだ。


 私は前世の仕事スイッチで整理する。


「対象が個人じゃなく一族。期間は無期限。しかも『この限りではない』で例外がフリーパス……」


 言いながら、息を飲んだ。


「これ、能力があって生き残った人ほど、全部背負わされる構造ですよね」


 その瞬間、セルジュさんの視線が板の下部へ落ちた。

 署名欄のさらに下。小さな追記の名の列。


 顔色が、ほんの一瞬だけ変わった。


 セルジュさんは静かに言う。


「この契約のおかげで、家は取り立てられました。名誉も、勲章も増えた。……その裏で、兄弟は1人また1人と戦場に置いてきました」


(守られるべき人って、聖女や騎士だけじゃない。こういう家族にも、いる)


 胸の奥が、じくりと痛む。


 セルジュさんは言葉を整え直すように続ける。


「家族を丸ごと国庫に預けて、必要なときだけ取り崩して使う。そんな契約です。身命を捧げるという名目で」


「……国益じゃなく、人命の使い捨てです」


 震えたのは怒りより、怖さだった。誇りの顔をした条文が、ここに眠っていたことが。


 私は一歩近づき、光の板を覗き込む。政治の資料じゃなく、夫の契約として。


「セルジュさん。これはラグランジュ家と国の契約でもありますけど……同時に、セルジュさん個人の契約でもありますよね」


「宰相補佐としては、一族の契約と整理すべきでしょう」


「じゃあ、妻としては」


 息を吸って言った。


「あなた個人の契約として、相談を受けてもいいですか」


 沈黙が落ちた。紙の匂いが、やけに濃くなる。


 やがてセルジュさんが深く息を吐く。


「……はい。これは、私が放置してきた私の契約でもあります」


 その「はい」が、私の胸の中の何かをほどいた。


「ラグランジュ家旧契約の見直しを、案件4として正式に立ち上げましょう。一族会議の招集と、国としての整理が必要です」


《案件4《ラグランジュ家旧契約棚卸し》、受付完了。タグは家族契約、自己犠牲、世代交代》


 羽ペンが空中にメモを書く。私はまだ、名の列から目を離せない。


(このサインの列のせいで……セルジュさんはあのとき、『あなたは本来守られるべき人です』って言ったんだ)


 光が、名の1つの上でかすかに揺れた。

 そこから先は、過去へ降りる階段の色がした。私はまだ知らない。その先で、少年が何を失ったのかを。


ここまで読んでくださりありがとうございます!地下アーカイブで見つかった『家族ごと国に差し出す契約』が、セルジュの過去にどう刺さっているのか…次話でさらに掘ります。続きが気になったら、広告下の【☆☆☆☆☆】評価とブックマークで応援いただけると励みになります!感想も一言でも嬉しいです。


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