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「連載版」白い結婚を言い渡された聖女ですが、むしろ好都合なので神様に離婚届を出しました  〜婚約破棄してきた王子より、契約書を持ってきた宰相様の方がよほど誠実なんですが〜  作者: 夢見叶
第2部:契約夫婦とブラック契約撲滅案件編

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第23話「聖女の権威を守る、新しい契約」

 公会堂は、さっきまでの喧噪が嘘みたいに静かだった。

 傍聴席はほぼ空っぽ。残っているのは、王宮の人間と大神殿の上役、市民代表が数名。それと……監査席に座っていたはずの「第3者」たち。


 けれど、その席は今、空席だ。

 椅子だけが整然と並び、さっきまで誰かの正義が腰かけていた場所だけが、ぽっかり穴みたいに見える。


 壇上の光の契約板は、銀色インクの部分だけ抜け落ちていた。

 消えた、というより、剥がれたに近い。うっすらと空白が残り、そこに目を凝らすと、逆にぞくりとする。


「『聖女権威検証契約』は凍結した」

 グスタフ王が、低い声で言い切った。

「代わりに、この国が『聖女の権威』をどう守るかを、ここで定める」


 テーブルの中央に、セルジュが巻物を置く。徹夜明けの顔なのに、いつも通り涼しい。

 表紙には、はっきりと書かれていた。

『聖女独立・公正監査契約(暫定案)』


「読む役は僕ですね」

 ティオが、緊張で喉を鳴らしてから、巻物を広げる。セルジュが横に立ち、必要なところで補足を入れる姿勢は、昨日の「罠解説」と同じ。違うのは、今日は私たちが罠を仕掛ける側だということ。


「条文案、1。……聖女は、王家にも神殿にも従属せず、『公正な祝福配分』のために独立して任務を行う」


 文字が、胸の奥に落ちた。

 独立。聖女という椅子が、誰かの予備椅子じゃなくなる言葉。


「条文案、2。『己が身を捧げる者』は、本来、守られるべき側とみなす。聖女および、身を捧げて働く者の健康・安全を損なう運用は、『公正』の名を借りた契約違反とする」


 ルミナリア系司祭の口元が、わずかに引きつった。

 レオンが横目で私を見て、すぐに視線を逸らす。ミレーヌは、膝の上で指を組んだまま、顔を上げない。


「条文案、3。『第3者監査』を名乗る委員は、聖女と同等に契約の当事者とみなし、職務における過失・政治利用について、聖女と同じか、それ以上の責任を負う」


 場の空気が、ぴんと張った。

 監査という名の槍を、握っていた側の手首に、紐を結び直す条文だ。


 ルミナリア系司祭が苦笑を浮かべる。

「監査する側に過大な責任を負わせては、公正な監査が萎縮します」


 セルジュは、笑わない。

「聖女だけに自己犠牲を強いる監査は、公正ではありません。『己が身を捧げる者』を守る条文がない時点で、その監査は既に当事者の片方に偏った契約です」


 アグナス大神官長が、杖を軽く鳴らした。

「公正さを、聖女1人に背負わせてきたのは、神殿の怠慢でもある。監査する者が己の責任を条文に刻めぬなら、その公正さは、わしには信じられぬ」


 最後に、王が釘を刺す。

「『聖女の権威』とは、王家が都合のいいときだけ利用する旗ではない。民のために働く者を守るための、国の約束だ」


 その瞬間、視界の端が、ぱっと明るくなった。

 女神の羽ペンが空中に現れ、合意がまとまった段落をなぞるように光る。光の板の隅に、薄いレイヤーが重なった。小さな、けれど底なしの帳簿みたいな文字列。

 世界契約ノート。


『はい、「聖女版・監査する側の責任条文」、世界契約候補に追記しました。将来のサミットで、「これうちの国の初版なんですよ〜」って自慢できますね』

「女神様、そういうのを自国バイアスと言うんですよ」


 私が小声で突っ込むと、セルジュの肩がほんの少し揺れた。笑ったのかもしれない。


 調印の段になり、席次が入れ替わる。

 私は、署名される側じゃない。署名する側として、最初に羽ペンを受け取った。


 インクは黒い。けれど、ペン先が紙に触れた瞬間だけ、銀がほんの瞬きの間だけきらりと走った。

 私は深呼吸して、名前を書く。


 次に王が署名し、大神殿が続き、最後に「監査委員代表(将来的な枠)」の欄が空白のまま残る。

 空白は、弱さじゃない。誰かが勝手に座れないようにするための椅子取りゲームの、始まりの印だ。


 レオンとミレーヌに視線が向く。2人とも、何か言いたげだ。けれど、今日は口を開かない。

 言葉より先に、条文が置かれたのだから。



 協議が終わり、公会堂の脇回廊に出ると、ひんやりした空気が頬を撫でた。

 壁には、新契約の要点を抜き出した貼り紙がいくつも貼られている。市民向け速報版。インクがまだ乾いていない。


 その1枚に、大書されていた。


『己が身を捧げる者は、本来、守られるべき側とみなす』


 貼り紙の前で、ミレーヌが足を止めていた。

 白い手袋の指が、紙の縁を掠める。触れてはいけないものに触れかけて、ぎりぎりで止めたみたいに。


 目が合った。

 瞬きの間だけ、空気が張り詰める。私は会釈しただけで、逃げもしないし、詰め寄りもしない。


 先に口を開いたのは、ミレーヌだった。

「『己が身を捧げる者は、守られるべき側』……聖女様にとって、その条文は、ただの理想論ではないのですね」


 私は、少しだけ迷ってから、言葉を選んだ。

「理想だけなら、紙に書く必要はありません。『守れなかったとき、誰が責任を取るか』まで決めなければ、また、誰か1人が全部背負ってしまうから」


 ミレーヌは、目を伏せる。

 敵意ではなく、揺れ。祈りの言葉を、急に別の意味で突き返された人の顔。


「……もし、この契約が先にあったなら。『身を捧げた者』として、わたくしも、誰かに守られていたのでしょうか」

 笑い方だけが、少し自嘲だった。


 私は即答しなかった。

 貼り紙の文字を見上げて、静かに言う。

「本来、守られるべきだった人がいたから、こうして条文にしているのだと思います」


 それ以上、踏み込まない。

 言い切った瞬間、胸の奥で何かが軋んだ。誰のために作った条文か。答えは、1つじゃないのに。


 私はもう1度会釈して、その場を離れた。


 小礼拝室の前を通り過ぎるとき、ステンドグラスの向こうで、遠い空がほんのひとかけらだけ銀色にきしんだ。

 見慣れたはずの光なのに、今日は不吉な音がする。


 夜、執務室に戻っても、あの銀色が瞼の裏に残っていた。

 灯りを落とした机の上で、女神様がいつもの軽口をこぼす。


『向こうの神様、だいぶお怒りみたいですね。「身を捧げる者」を、守られる側に回されましたから』


 私は、ペン先を握り直す。

 守るために書いた条文が、誰かの怒りを呼ぶなら。

 次は、怒りの正体を、契約の言葉に落とす番だ。


ここまでお読みいただきありがとうございます!新しい契約が動き出し、次回は『怒りの正体』が姿を見せます。続きが気になったら、ページ上の【ブックマーク】で追いかけてもらえると嬉しいです。面白かったら広告下の【☆☆☆☆☆】評価や感想もぜひ!


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