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「連載版」白い結婚を言い渡された聖女ですが、むしろ好都合なので神様に離婚届を出しました  〜婚約破棄してきた王子より、契約書を持ってきた宰相様の方がよほど誠実なんですが〜  作者: 夢見叶
第2部:契約夫婦とブラック契約撲滅案件編

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第22話 契約の罠を暴く、女神のペン先

 公開討論から一晩。大神殿併設の公会堂には、演説台の代わりに巨大な光の板と巻物の契約書が置かれていた。

 私は最前列の一段下に座らされている。昨日は「どう扱うか」を語られた。今日は当事者として、視線の中に置かれている。


 グスタフ王が告げた。


「昨日の討論で、『聖女の仕事』について多くの意見が出た。本日は、その根拠として用いられた一件の契約について、条文そのものを確かめたい」


 クロード宰相が事務的に補足する。


「対象は『聖女権威検証契約』。持ち込みはルミナリア側。条文解釈を明確にし、運用の妥当性を判断する」


 傍聴席のレオンは固い横顔を崩さない。ミレーヌは背筋を伸ばしたまま、膝の上で指を組んでいた。


 セルジュが前に出る。光の板に手をかざし、淡々と言った。


「本日は、契約書そのものが主役です。……そして、順番の罠を外します」


 光の板に条文が並ぶ。セルジュが指を動かすと、条文の帯がするりと横に滑り、札のように入れ替わった。


「結論にしたい文を先に置き、理由を後ろに散らす。読む側は最初の印象に引きずられる」


 そして、ある一文が抜き出される。


「『己が身を捧げる者に、聖なる権威と奇跡の流れの是正を委ねるものとする』」


 その条文が一番上へ。下に「聖女の公正さを検証する」「第三者監査」が、結果のように並んだ。


「この順に読むと、こうです。『自己を捧げる者』が現れたとき、その者を『真に公正な光』とみなして、聖女の権威を是正し、第三者監査を行う」


 ざわめきが広がる。公正の名で、犠牲を必要条件にする構造。


 頭の中で、女神が小さく拍手した。


『順番を変えると、条文の本音が顔を出しますね』


(今は拍手より怒ってください……)


 セルジュは次の条文に赤い枠を出す。


「この契約でいう『第三者』とは誰か」


 ルミナリア司祭が、笑みを崩さず答えた。


「当然、『真に公正なる光の御名』を指します。我らがルミナリアの神も、あなた方の光の女神も、その御名のもとに一致して」


 その瞬間、私のこめかみがひくりとする。女神の気配が、ぴたりと止まった。


 セルジュは笑わずに続ける。


「文面上はそう読めます。ただし本契約書には、署名レイヤーが3つ存在します」


 司祭の笑みが一瞬だけ薄くなった。アグナス大神官が、重い声でまとめに入る。


「『公正さを問う契約』が、誰か1人の自己犠牲を前提にしているとしたら、それは信仰ではなく、構造としての搾取だ」


 セルジュが光の板に赤枠の見出しを出した。


「本日は『聖女を監査する契約』そのものを、監査する側として検証します」


 私は息を整え、観衆へ言う。


「紙の上で『公正』を語るなら、その紙が誰のための刃物なのか、最初に確かめるべきだと思います」



 午後。巻物の契約書が壇上の机に広げられ、その横に羽ペンが1本、光の中に浮かんでいた。

 女神の声が、私にだけ届く。


『本日限定、署名インクの色分けモード。うちのサインは黒から濃紺。他国神レイヤーは銀色で表示します』


「そんな便利機能、前から……」


『ありました。人間のUIが追いついてなかっただけです。法務アップデートの成果』


 セルジュがペン先を契約書末尾へ滑らせる。濃紺の光が流れた。見慣れた安心の色。

 次の瞬間、光が銀色に変わる。薄いのに鋭い、冷たい銀。


 観衆が息を呑み、ざわめきが怒りに近づく。


『ここ、アルシオン標準の署名レイヤーではありません。ルミナリア系神殿で使われている、自己犠牲トリガー付きサインです』


 客席の奥で、誰かが「それで公正かよ」と吐き捨て、別の誰かが小さく泣いた。怒りと安堵が同じ空気を吸って、私の肩からも少しだけ力が抜ける。


 レオンの横顔が固まり、ミレーヌは俯きかけて、それでも私を見ていた。


 セルジュが中央付近の条文にペン先を運ぶ。


「ただし、王家および神殿に著しく不利益な場合はこの限りではない」


 ペン先が赤い線を引く。逃げ道に、罪状のような印が付く。


『例外を定義せずに「この限りではない」とだけ書くやつです』


 私は苦笑した。


「……『非常時』と『御都合』を同じ箱に入れるタイプの条文ですね」


 セルジュが補足する。


「この一行で、『聖女の公正さ』を理由にした攻撃は無制限。ただし王家と神殿の責任だけは、いつでも『この限りではない』で逃げられる構造でした」


 空気が沈みすぎる寸前で、私は口を開いた。


「……『己が身を捧げる者』は、本来、守られるべき側です」


 羽ペンがひときわ強く光る。光の板の端で、一瞬だけ別の層がちらついた。


『はい、その一行、世界契約候補にコピーしました。後で各国に見せびらかしましょう』


「女神様、勝手に世界通販しないでください」


『通販ではありません。資料です。割引は付きません』


 グスタフ王が立ち上がる。


「本契約は、本日付で凍結とする。第三者監査を名乗る他国神のレイヤーが、我が国の承認なく混入している現状では、公正さの名は借りられぬ」


 アグナスが続く。


「聖女の公正さを問うこと自体は必要だ。しかしそれは、誰か1人の自己犠牲を前提とせずとも、条文で設計し直せる」


 セルジュが静かに宣言した。


「『聖女の権威』を守るための、新しい契約を。監査する側にこそ責任を課す条文を、この場で提案します」


 ミレーヌは俯きかけて、しかし視線だけは私を捉え続けていた。敵の目なのに、守られるべき人の目でもある。



 公会堂を出る廊下で、私はセルジュと並んだ。


「……契約、1枚の紙の並べ替えだけで、ここまで『誰が悪いか』の顔が変わるんですね」


「ええ。だからこそ、紙の順番を人任せにしてはいけません」


 残光がふわりと灯り、空中にテロップが浮かぶ。


『本日付け、アルシオン王国。聖女権威検証契約、運用レイヤー凍結。他国神レイヤー、露出度:高。機嫌:かなり悪そう。……世界契約サミット用の資料が、また1つ増えました』


 廊下の窓の向こう、雲の端に銀色の光が細く走っていた。

 夕陽の反射じゃない。冷たい銀。


(向こうの神が、こちらを見ている)


 私は視線を外し、歩き出した。

 次は、守るための契約を作る番だ。

 心臓の鼓動が、条文みたいに少しずつ整っていく。


ここまで読んでくださりありがとうございます!「契約の罠」は外れましたが、あの銀の視線はまだ消えません。続きが気になったら、下の【ブックマーク】で追いかけてもらえると嬉しいです。面白かったら広告下の【☆☆☆☆☆】評価もぜひ、執筆の励みになります!


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