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「連載版」白い結婚を言い渡された聖女ですが、むしろ好都合なので神様に離婚届を出しました  〜婚約破棄してきた王子より、契約書を持ってきた宰相様の方がよほど誠実なんですが〜  作者: 夢見叶
第2部:契約夫婦とブラック契約撲滅案件編

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第1話 聖女業務、女神による稼働停止宣言

 公正契約大神殿の大聖堂は、どう見ても巨大な契約書だ。

 柱にも天井にも条文が刻まれ、その真ん中で私だけが、生身のまま立っている。


(やばい、立ったまま寝る……)


 昨夜から祈願と相談と書類確認を詰め込まれ、仮眠もろくに取れていない。

 そこへ「どうしても今日でないと困るんです」という有力貴族の結婚式がねじ込まれて、私の稼働ログは朝から真っ赤だった。


「聖女リディア様、準備を」


 補助神官の声。少し後ろでは、若手書記官ティオが紙束を握りしめて震えている。


「し、聖女様……式のあとに『予定外祈願』が3件……」

「聞かなかったことにしようか。今は目の前の式だけ」

「す、すみません……!」


 祭壇の前には新郎新婦、客席にはぎっしりと上流階級。

 その視線を感じながら、私は深呼吸をした。


《本日の稼働時間、すでに推奨上限の1.5倍ですねえ》


 頭の奥で、軽い声が笑う。

 公正契約の女神。私の庇護神であり、この世界で一番ログにうるさい存在だ。


(女神様、実況は後にしてください)

《いえいえ、ログは積み重ねてなんぼですから》


 儀式はクライマックスへ進む。


「では、公正契約の女神の祝福を——」


 大神官長アグナスの声に合わせ、私は両手を掲げた。

 契約書レイアウトの魔法陣が光を増し、新郎新婦の足元から淡い金色の光が立ち上がる。


(ここでコケたら、式が台無し……)


 焦りと眠気で視界が揺れた、その瞬間。


《はい、そこまで》


 女神の声が、いつもより低く落ちた。


《これ以上ログを積んだら、あなたも世界契約もまとめて過労死コースなので、止めます》


(世界契約まで過労死は嫌ですね……)


《ですよね。では、強制停止》


 祝福の光が「ブツッ」と途切れた。


 見上げた天井いっぱいに、巨大な文字が浮かび上がっていた。


【聖女業務:本稼働を中止しました】

【理由:勤務表が完全にブラックです】


「…………は?」


 思わず声が漏れる。私も、新郎新婦も、貴族たちも、全員ぽかんと口を開けて天井を見ていた。


「ブラック……?」

「勤務表とは何のことだ」


 ざわつく声。前列の貴族が眉をひそめる。


 アグナスが前に出て、慌てて声を張り上げた。


「皆の者、落ち着きなさい。これは一時的な——」


 その頭上に、さらに文字が浮かぶ。


【補足:これは『祝福ボイコット』ではなく『安全装置』です】


 荘厳な大聖堂に、場違いな単語が並んだ。

 アグナスの顔から血の気が引いていく。


(安全装置、か)


 胸の奥で、薄く笑いそうになる。

 前世で見慣れた、休日欄がスカスカの勤務表。ここでは「奉仕」と呼ばれているそれが、同じ匂いを放っていることには、とっくに気づいていた。


(また世界の都合で、勝手に決められた?)


《違いますよ》


 頭の中だけに、女神の声が届く。


《今回は、あなたを守るために止めました。ついでに、この世界の契約もですね》


 大聖堂の外、王都の空にもこの文字が映っているのだろう。

 ぼんやりそんなことを考えたところで、女神が事務的な声で告げた。


《詳細は後ほど。ひとまず『システムメンテナンス』に入ります》


(メンテとか言わないでください)

《現場用の言い換えです。では、おやすみなさい、聖女さん》


 足元から力が抜けた——気がしたのに、体は倒れない。

 代わりに、意識だけがふっと暗転し、次に目を開けたときには、世界がまるごと契約書になっていた。


 ◇


 どこまでも続く、光の書類棚。

 真っ白なページもあれば、真っ黒に塗りつぶされたページ、赤いインクがべったりと滲んだ項目もある。


「ここは……」

『世界契約アーカイブです。ようこそ、現場代表さん』


 振り返ると、白い光の衣をまとった女神が立っていた。


『まずはこれから』


 女神が一冊のファイルを引き寄せる。

 表紙には、見慣れたタイトルが刻まれていた。


「『聖女勤務契約』」


『はい。あなたと、この国と、この神殿の三者契約ですね』


 ぱらり、とページがめくれる。

 条文の横には、赤い棒グラフがにょきにょきと伸びていた。


『第○条 聖女は、疲労を理由に祝福を拒否できない』

『第○条 祝福要請は、昼夜を問わず受け付ける』

『第○条 聖女が倒れた場合、神殿は代替祝福を提供することができる』


「……ひどいですね、改めて見ると」

『ひどいですね』


 女神が即答する。


『『奉仕』とか『聖なる務め』とかきれいなラベルを貼っても、中身がブラックならログの色は変わりません』


「ここに、私の3年分も入ってるんですよね」

『もちろん。ちゃんと全部、積もってます』


「……で、これを止めたままにしておくことは、できるんですか」


 思いきって尋ねると、女神は羽ペンをくるりと回した。


『できます。ただし、代わりに『どう直すか』を決める必要があります』


 女神は空中に、2本の光の線を描く。


『1つ。あなた個人の契約だけを、少し楽にする方向で修正する』

『もう1つ。『聖女勤務契約』そのものを、国単位の案件として叩き直す』


 目の前に、2つのファイルが現れた。

 1つは「聖女リディア個人契約」と書かれた軽そうなファイル。

 もう1つは「アルシオン王国・聖女制度」とタイトルだけで肩が凝りそうなファイル。


『前者なら、あなたはすぐ楽になります』

『後者なら、あなたはいったんもっと忙しくなります』


 説明は簡潔だが十分だった。

 私は視線を背後の棚へ向ける。


 「過去聖女稼働ログ」「見習い聖女過労案件」のファイルが積み上がっている。

 あの見習いの子が「聖女様の負担を減らしたくて」と笑って、翌日に廊下で倒れた光景がよみがえる。


「……自分だけ逃げても、また誰かが倒れるだけですよね」


 前世で、誰も止めてくれなかった自分の姿も、重なった。


「だったら、ここで『止める』側に回ります」


 口に出した瞬間、胸の奥で何かが定位置に収まる感覚がした。


 女神が、少し真面目な顔でうなずく。


『当事者意思、確認しました』


 羽ペンがさらりと動き、別のページに小さく文字が刻まれる。


『案件名:聖女ブラック残業是正』

『担当:リディア/セルジュ』


「……セルジュさん?」

『あ、本人にはまだ言ってませんけど。改革ユニットとしてペア登録しておきました』

「勝手にチーム編成しないでください」

『一人だと折れますからね、こういう案件』


 神前離婚のとき、私の逃げ道を条文化してくれた宰相補佐の顔が浮かぶ。


『では、『聖女業務・一時停止』はこのまま維持します』


 女神が手を打つと、周囲のファイルがすっと遠ざかっていく。


『現場では、『ブラック勤務表』が王都中に晒されている頃でしょう』

『今日だけじゃなく、これを変えるところまで、お付き合いしますよ』

「……本気で?」

『契約の更新は、私の本業ですから』


 その言い方に、私は小さく笑ってうなずいた。


「じゃあ、よろしくお願いします。女神様」


 視界が再び反転する。


 ◇


「——聖女様!」


 遠くから呼ぶ声。意識が、大聖堂の天井と石床の感触を取り戻していく。


 外から、ざわめきが押し寄せてくる。


「空に文字が出てるぞ!」

「『重大違反』だってよ!」


 私は脇の窓から、そっと外を見やった。


 王都アルシエルの空一面に、巨大な神託テキストが浮かんでいた。


【聖女労働契約:重大違反を検出】

【聖女の健康は国防インフラです】


「インフラて……」


 思わず小声で突っ込む。


「『タイムカード』ってやつ、うちの工房にも欲しいな」


 広場の人々の会話が、石壁越しに聞こえてくる。


「せ、聖女様……これは一体……」


 背後からアグナスの声。

 彼の視線も、空の文字に釘付けだ。


「女神様から、詳細の説明を預かっています」


 私は振り向き、一礼した。


「このままでは、聖女どころか——世界契約そのものが持ちません」


 「世界契約」という言葉を、公の場で初めて口にする。

 神官たちが息を呑む気配が伝わってきた。


「せ、世界契約……?」

「詳しいことは、王宮との緊急会議の場でお話しします」


 ちょうどそのとき、神殿の塔から、緊急招集の鐘が鳴り響いた。


(ここから先は、こっちの仕事ですね)


《ええ。ログの準備はしておきますので。あとは、あなたと——改革ユニットのもう片方に》


 女神の声に、思わず王宮のある西の丘のほうを見上げる。


 ◇


 同じ空を、別の場所から見上げている人間が、確かにいるはずだった。


「……ついに、女神も動きましたか」


 窓辺に立ち、私は小さくつぶやく。


【聖女の健康は国防インフラです】


 羽ペンを手に取りながら、私は心の中で彼女に告げた。


「忙しくなりますね、聖女殿」


ここまでお読みいただきありがとうございます!

第2部は「聖女ブラック残業是正編」として、女神と元夫(多分一番逃げられなさそうな男)が世界の働き方に殴り込みをかけていきます。


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