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それから休憩時間が終わり、自分の持ち場に戻る途中、必要な伝票を取りにレジに立ち寄ると何故か一斉に私に群がってきたレジ担当の女性陣に私はその場でたじろぐ。
「え、何っ?!何事っ?!」
総合カウンターも兼ねるレジに配置された7人にグルッと周りを包囲され、初めての出来事に私は驚きを隠せない。
「先輩!何事も何も、めっちゃくちゃイケメンでしたよ!!スラーとしてて背が高くて顔も芸能人みたいにカッコよくて!!もぉーー!!とにかくっ!私史上No.1ですっ!」
珍しくハキハキ喋る遠藤ちゃんは、あの後ちゃっかりメイク直しをしたのだろう。
いつにも増してキラキラとアイライナーも綺麗に入り、その瞳は輝きを帯びていて。
私の腕をガシッと掴む手にもだいぶ力が入っている。
「そうなんだよ~!レジに並んでたお客様も、店長と話してるさとうフロア長の事をチラチラ見ててさ。あれは甘味も絶対拝んだ方がいいよ!」
私の事を甘味と呼ぶこの女性が斎藤さんで、アルバイトを含め総勢11名いるレジ者をまとめるリーダー。新入社員時代の遠藤ちゃんの教育係もしていた。
私より5歳年上でしっかり者な斎藤さんとは、熊野フロア長同様この店舗がオープンした頃からの付き合いで、私と若林ちゃんの事をとても可愛がってくれている。
「そうそう!あの顔は私も見とれちゃったわよー!チャラチャラした見た目じゃないのがまたいいのよ!これから毎日楽しみだわー!」
60近いパートの原田さんまでも、斎藤さんと手を取り一緒になってはしゃいでいる。
もちろんアルバイトの4人も、3人同様興奮気味だ。
「私も見た!顔だけじゃなくて、声も良かったよねー!」
そこにレジに併設された修理コーナー補佐のアイドル大好き橘さんまで追加で加わると、更に皆んなのテンションは急上昇。
一瞬で、みんなを虜にしたイケメン。
一体どんな人物なのか。
私の期待値も鰻登りだ。
「えー!そうなんだ!そんなイケメンなら私も見たかったな!でも、明日から来るって言ってたっけ?って私、明日また休みだったわ。えー、残念。」
不定期に入る公休で、一つ飛びで休みなんてあるあるだ。
「先輩、大丈夫ですよ!事務所に行った後、売り場を見て回るって言ってましたよ!」
「あっ、そうなんだ!じゃあ、見かけたら挨拶ぐらいしとこっかな。」
未だ興奮さめやらぬ彼女達を残し、ようやく目的の伝票を手にした私は、自分の持ち場へと戻っていく。
「おっ。あの人か…?」
すると、電気店では中々お目にかかれない細身でストライプのスーツをビシッ!と着こなした男性が、平岡くんと何やら話し込んでいる。
「ハッ!!」
間違いない!!
あれが噂のイケメンだ!!
だってあの人、後ろ姿ですらイケメンしてる!!
驚き開いた口に手を押し当て、私はそのイケメンとの距離を詰めようと、不審者の如く、そぉーーーと近寄り、まだ見ぬイケメンの顔を拝みに確実に距離を詰めていく。
やっぱ、スーツ姿の男性っていいよなぁ。
あんな男性にギュッって抱き締められた日にはイチコロだな!
激しくイタイ、妄想大好き29才。
「もうちょっと、もーーちょっと、こっち向いてくれないかな~?!」
肝心な顔が見えないー!と、その男性の顔を一生懸命見ようとして陳列棚の奥から右に左に動いている私は、事情を知らない人から見たらかなりマヌケな奴だろう。
だが今は、そんな事はお構いなし!
そんなにイケメンなら私も拝みたい!!
結局私も、皆同様イケメンLOVE。
「アッチから回り込むしかないか!あっ、でも。明日も会わないなら、やっぱ挨拶ぐらいしといた方がいいよね。」
正当な理由をこじつけて作戦変更!
回りくどい事はやめて真っ向勝負だ!
「ンッ!ンンッ!」
挨拶途中で痰が絡まないよう、先に喉の調子を整えて。
普段中々見せない行動力をここぞとばかり発揮し、トランシーバーで岸川店長に呼ばれた平岡くんと入れ替わりに、私はその男性の背中に向かって話しかけた。
「あのぉ、お疲れ様です。さとうフロア長…ですよね?私、白物コーナー担当の甘味と言います。」
努めて清楚に。
思いっきり猫をかぶり。
よそ行きの声でおしとやかに。
まぁ、一緒に働きだせば化けの皮なんてすぐに剥がれてしまうものだろうけど。
人の第一印象は、出会って3秒で決まるっていうじゃん?
それなら尚更、イケメンには第一印象を良く思われたい!
なんて…。
疚しい気持ちを抱いていたから、バチが当たったのだろうか。
その男性はクルッと振り返り、私を見るなり下から上に目線をうつし、胸に付いている私の名札プレートを指で掴み不敵に笑う。
「相変わらず、変な名前だな。」
その顔は、確かにイケメン。
振り向いた瞬間、その不敵な笑みでさえも心臓をギュッ!と鷲掴みにされたくらいイケメンには間違いないのだが。
いかんせん。
コイツ今、私の名前をバカにした???
私の頭の中は、古語が急に飛びてくるぐらいパニックだ。
「へ、変?!あの!初対面の人に向かって失礼じゃないですか?!」
即効剥がれた私の仮面。
その速さ、時間にして僅か5秒。
私は、無神経に胸の近くにある名札を掴んでいる指を払いのけ、口角を上げニヤニヤしながら私を見下ろすイケメンの男性を下からキッ!と睨み付ける。
「相変わらず気が強ぇのな。」
「はぁ?!さっきから何よ!相変わらず相変わらずって!」
こんな失礼な奴、私の知り合いに誰1人としていない。
私は眉間にシワを寄せ、目の前にいるイケメンをガン見する。
「お前、マジで分かんねーの?」
お前…なんて馴れ馴れしい呼び方に、
ますます眉間に皺を寄せ、初対面の人相手に苛立ちすらも隠せない。
「アンタなんか知らないしっ!」
「ブッ!!アハハッ!お前、昔から一ミリも進歩してねーな。本当、名前と性格が反比例だな。」
1人で楽しそうに笑うその顔も爽やかで、コイツがこんなにイケメンじゃなけりゃ、一発殴ってるかもしれないと私は利き手の右拳を固く握りしめ。
「一ミリもって、そんな訳ないでしょ?!しかも、名前と性格が反比例なんて、そんな失礼な事初めて言われっ……………。」
ん?
ん?
ん?!
今のセリフ、どこかで聞いたような~~??
えーーと、いつだったっけかな~~~~~~~~??
誰に言われたんだったっけかなぁ~~~~~~~~??
人差し指を口に当て、遠い昔の記憶をさかのぼる。
「考える時のその癖も変わってねーな。」
目を細め、私を見下ろすその眼差し。
あれ?
この感じ…。
私は確かに、この目元を覚えている。
んーと、誰だったかな~~~~~。
元彼…だった……?
いや、まさか。
指を3本立てれば済む人数。
覚えていない訳がない。
じゃあ、いったいコイツは誰だ。
別の店舗に応援に行った時に出会った人?
いやいや、こんなに失礼な人なんていなかった。
10数年前の古い記憶まで引っ張り出す。
「まだ思い出さねーの?」
明らかに不満そうな顔付きを、微塵も隠そうともせず私を見下ろすこの男。
「早くしてくんねー?!俺、昼飯まだなんだよね。あ!そうだ!お前、昼飯食ったか??食ってねーなら一緒に行こうぜ!」
怒ってんのか楽しんでんのか。
私の目の前のイケメンの表情は忙しなく変わり。
「アンタとなんか行く訳ないでしょ。」
どこの誰かも分からない奴について行く程、男性に飢えてはいない。それが、失礼な態度を取り続ける非常識な相手なら尚更だ。
「は、何で??あ、お前、照れてんだろ〜!仕方ねーよな。お互い大人になったしな!ま、とりあえずそこのうどん屋に行って色々話そうぜ。久しぶりの再会だから奢ってやるぞ。」
ハッキリ断ったのに、なんてメンタルの強い奴。普通の人ならこんなにストレートに伝えれば空気を読んで引くはずなのに。
まさかこの人。
見かけによらず、バカなのか?!
「結構です!もう用がないならさっさと帰ったらどうですか?ここにいられても邪魔なだけなんで。」
「はぁ?!相変わらず口が悪ぃな。」
「は?!それはお互い様でしょ?!」
なんだろう。
イチイチ私を苛つかせるこの態度。
覚えてる。
私、確かに覚えてるんだけどなぁ………。




