8
それから2時間後。
ズボンのポケットから携帯電話を取り出し時間を確認すると、今の時刻は14時30分だ。
「甘味ちゃん、お待たせ。お腹空いたでしょ。今は売り場が落ち着いてるから平岡くんと2人で休憩入っちゃって。」
お昼休憩は早く帰る人から順番に回していくのが暗黙の了解で、8時間フル勤務の私達の順番が回ってくるのは朝番だとしても大体14時近くから。
だから、朝番の時はご飯をしっかり食べてこないとお腹が空き過ぎて身体がもたない。
「平岡くん。熊野フロア長が、2人とも1番に入ってだってよ。」
いったん自分の作業の手を止めて、少し離れた所でクリーナーの新製品を展示している平岡くんに声をかける。
「あともうちょっとで終わるんで、先に行っててもらっていいっすよ!ダンボールまで片付けてから入りますね!」
「そっか。じゃあ行くね。」
「はい!ごゆっくり!」
彼お得意の爽やかな営業スマイルで、私は見送られ。
「私にまで無駄な笑顔作らなくていーから。いつもニコニコしてると疲れちゃうでしょ?」
せっかくの平岡スマイルも、大概見飽きてる私には通用せず。
「大丈夫っす!俺の笑顔はプライスレスです!素直に受け取って下さいっ!」
「はい、はい。じゃあ、行ってくるから。」
毎度毎度のフレーズに、私は一人苦笑いしながら平岡くんの元を去って行った。
「新しいフロア長が挨拶に来たみたいですねぇ!」
先に休憩室にいたレジ担当の遠藤ちゃんが私に声をかけてきて、その表情は好奇心に満ちている。新しい人が来るたび、内心ワクワクするのはみんな同じだろう。
私自身もトランシーバーから入ってきた声に、どんな人だろうと楽しみにしている。
「そうみたいだね。」
私は流し台で手を洗いハンカチで拭き終わると、遠藤ちゃんの前の席に座りお弁当を広げ。
25歳の平岡くんと同期入社で当店で1番若い女性社員の遠藤ちゃんは、栗毛色のミディアムゆるふわパーマがよく似合う、見るからに華奢で小柄でとにかくその存在自体が可愛らしい。
骨太な私とは真逆をいく、フェミニンな雰囲気なのだが、私はこの雰囲気はモテる為にまとっている仮の容姿だと見抜いている。
だって、遠藤ちゃん。
彼氏の入れ替わりのサイクルが早すぎるんだもん。
私が知る限り、今年で3人目の彼と今現在付き合っている。
何でそんなに心移りするんだろう。
正直、私には理解不能。
まぁ、騙される男の方もどうかとは思うけど…。
それだけ、遠藤ちゃんに魅力があるって事だろう。
男の人って、やっぱり若くてかわいい子が好きなんだろうな~。
「どんな人ですかねぇ?優しいフロア長だったらいいなぁ〜。」
まだ見ぬフロア長に思いを馳せ、両方の手の平を頬に当て遠藤ちゃんは私にニコリと微笑む。
「フフッ、そだね。」
考える事も仕草も可愛らしいこと。
「若林さんみたいに厳しかったら嫌だなぁ。私、また泣いちゃうかも。」
遠藤ちゃんは、つい5日前にお客様の個人情報を他のお客様が見える所に放置したままで若林ちゃんに注意されていて。
その時は、たまたまレジ内にいたパソコンコーナー担当の峯岸フロア長に泣きついていたと、平岡くんからの目撃談を耳にしていた。
「まぁーーーねーー。若林ちゃんの場合は愛の鞭だからね〜。」
遠藤ちゃんが話している若林ちゃんは、私と同じ歳の同僚で今は時短勤務をしている。
今日は2人子供がいるうちの下の子が、手足口病にかかってしまったと言う事で急遽お休みしていて。
「斎藤さんに注意されるならまだしも、若林さんにですよ?今日だって、またお休みだしぃ。自分はいっつも休むのに私には厳しいって、何だか納得出来ないって言うかぁ。私もう新入社員じゃないんですよ?今日なんて、アルバイトの子も休んじゃってレジは忙しいしぃ。」
正論にも聞こえるし、自分本位な発言にも聞こえるし。
こればかりは難しい問題だ。
「子供さんの事だからねぇ。それは仕方ないよ。レジフォローには私も入るからさ。」
遠藤ちゃんは私の言葉に「それはそうなんですけどぉ。」と呟いてはいるが、その顔は全く納得していない。
4ヶ月前に育児休暇を終え、復職した若林ちゃん。
今3歳になる上の子の紬ちゃんの時もそうだったけど、復職してから今まで子供の病気が理由で急遽休みになる事は多く。
若い遠藤ちゃんからしてみたら、どうやらそれをよく思っていないらしく、若林ちゃんの事でぼやくのだって今日に始まった事ではない。
でも若林ちゃんだって仕事となれば、斎藤さんと2人でこのお店の要となるレジを取り仕切ってくれている、この店にいなくてはならない存在。
レジには管理職がいない為、10代〜60代の女性達を束ねないといけないという重要な役割を2人で担ってくれている。
「ま、遠藤ちゃんに良くなってもらいたいって思っての事なんだし。私だってさ、見込みがない人には教えてあげたいって気持ちになんないよ。若林ちゃんにしても叱りたくて叱ってる訳じゃないと思うんだよね。」
この問題に、なるべく波風はたてたくない。
それが女性同士の問題なら尚更で。
いったん無難な答えで様子見だ。
「そうですかねぇ?」
「うん!そうだよ!さ、ご飯食べよっと。いただきます!」と、手を合わせている私の前で、「泣いたらぁ、アイメイクが取れちゃうんだよなぁ。」と、遠藤ちゃんは何処からか取り出した小さな手鏡で目元をチェック中。
理由はそこなのか?!
箸の先を無意識に口にくわえつつ、出会った頃に比べ年々派手メイクになっていく遠藤ちゃんのツケマバッチリな瞳をついつい見つめてしまう。
そこには3年前に新入社員で入ってきた頃の遠藤ちゃんの姿1ミリもない。
「私の顔に何かついてますかぁ?」
「いや、何もっ。それより知ってる?今度のフロア長って29才らしいよ。」
朝、平岡くんから聞いた情報を、そのまま横流しする口が軽い私。
「しーかーも!かなりのイケメンなんだって!楽しみだね!」
せっかくの休憩時間なのに、人の愚痴なんて聞きたくないのが本音。好都合にも遠藤ちゃんが好みそうな話題を提供してくれた"さとうフロア長"とやらには感謝だ。
「キャー!本当ですかぁ?!え!知りませんでした!すっごい楽しみ!私、もう休憩終わるんでちょっと見てきます!」
興奮した遠藤ちゃんの鼻息は荒く、いそいそと机の上のゴミを片付け休憩室の扉のノブに手をかける。
「後で感想きかせてね〜。」
平岡くんに遠藤ちゃん。
ちょっと癖はあるが、私に懐いてくれている可愛い後輩だ。
「了解です!」
いつも以上に良い返答の遠藤ちゃんは、バタバタと慌ただしく休憩室から出ていった。




