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そして今日もなんとか遅刻せずに職場に辿り着いた私は、家でのだらけた生活を微塵も感じさせず、背筋を伸ばして澄まし顔でレジ前に立つ。
時計の針は9時50分を指し、毎朝恒例の朝礼が始まる時間だ。
「みなさん、おはようございます!」
皆んなの前に立ち、ハキハキとした声で挨拶したのが岸川店長だ。
中肉中背の典型的なおじさん体型で、よく言えば物腰柔らかそう…悪く言えば頼りなさそうな見た目から、初めて着任してきた時には、大丈夫かな?と一抹の不安がよぎったが、そんな私の失礼な心配はご無用だった程仕事が出来る人物だ。
そんな岸川店長と、朝番の正社員とパート.アルバイト.嘱託を含む従業員20人程が向かい合わせで2列で並ぶ。
一時期は沢山いた正社員の人数も、本社による人件費削減で、1人2人3人…と次々地元へと戻されていて、当初は40人いた正社員数は、今では25人程となっていた。
「今日の予算は2000万です。8月の繁忙期を過ぎたこの時期では高い数字に感じると思います。しかし、本日はリフォームコーナーの計上が500万程ありますので、残りの数字を家電と携帯電話で頑張っていきましょう!本社から残業の事も厳しゅう言われとるで、各コーナーのフロア長はそこもしっかりと指示して無駄な残業が発生しないよう頼みますよ。」
岸川店長がこの店に着任してきて3年ほど経つけど、一向に抜けない名古屋の訛り。それに加えて、嫌味のない柔らかな口調で仕事を頼まれちゃうと中々断りづらいのが困りものなんだけどね。
「それから、明日から新任のフロア長が転勤してきます。今日の昼以降に挨拶にくるらしいから、来たら私を呼んで下さい。それでは、今日も一日よろしゅうお願いします!」
『お願いしまーす!』
全員が声を合わせて、元気に返事をする。
手短に朝礼が終わると、私は他の従業員とともに開店準備に取り掛かる。
「甘味さん、甘味さん。さっき店長が言っていた今日挨拶にくるフロア長って、どんな人か知ってるっすか?」
朝っぱらからニコニコと販売員の鏡のようなスマイルで、自分の持ち場の開店準備をしている私に話しかけてきたのは平岡くんだ。
日常生活に用いられるエアコンなどを取り扱っているいわゆる''白物コーナー"で、メインどころとなる冷蔵庫と洗濯機の担当を、入社3年という早さで任されている若手社員の中でもエース的存在の彼。
身長は157cmと私より若干低く、目がぱっちりしていて童顔なところもあり、どこか可愛らしさを感じさせるのが彼の特徴だ。そこに人懐っこい性格が合わさって、誰からも好かれる存在になっている。
そんな出来た後輩平岡くんと、理美容品.健康器具と調理家電全般を担当する私は同じ白物コーナーで、ここ数年、持ちつ持たれつ仕事をしている間柄で。
「知らな~い。でも、こんな大きい店舗のフロア長ならどーせおじさんでしょ?」
上京して6年とちょっと。
23年間染み付いていた訛りは、日常会話でも殆ど出ないようにコントロール出来る程になっていた。
「人が増えるのは単純に嬉しいけど、正直言ってテンションは全然上がんないよねー。」
自分の受け持つコーナーの準備が終わって手持ち無沙汰なんだろう。開店までわずか2分という短い時間ですらも、平岡は私の後ろにトコトコ引っ付いてきてお喋りを続ける。
「そー思うでしょ?でも最近は、若手育成を兼ねて旗艦店きかんてんや大型店にも若いフロア長を起用する傾向にあるんですって。今回の人も29才って聞いたっすよ。」
相変わらずの情報通。
どこでそんな情報を仕入れてくるんだ。
って言っても、どうせ岸川店長だろうけど。
事務所でも休憩室でも、仲良く話している所をよく見かけるし。
年上の懐にすんなり潜り込めるのも平岡くんのいい所だろう。
「へー!29って私と同じじゃん!これで29歳が3人かぁ。どんな人かな〜、楽しみだな。」
4つしか違わない平岡くんと話す時でさえ、たまに感じるジェネレーションギャップ。
話題が合う同年代の人が増えるのは嬉しい事だ。
「甘味さんと若林さんだけでも大変なのに…。」
休みの前の日まで調子が悪かったドライヤーのサンプル品の調子を試そうと、電源ボタンを入れた瞬間に、正常に動作したドライヤーの強風の音でかき消された平岡くんの声は全く聞き取れず。
「へ?何か言った?」
「いや、何でもないっす!実はこっからが甘味さんに朗報なんです!何とそのフロア長、かなりイケメンらしいっすよ!!」
「そうなんだ!!えーー!ますます楽しみ!!でも、そんなイケメンならみんな知ってそうだけどなぁ?今まで何の噂にもなってなかったよね?」
そんなイケメン社員が付近の店舗にいようものなら、面食いが多いこの店の女性従業員達のアンテナにひっかかり、1度くらいは話題に上がっていてもおかしくないはず。
それなのに、世間話に花が咲く女子更衣室でも休憩室でも、そんな話は一回も聞いた事はなく。
「それがっすね。今まで本社にいたらしんっすよ。どこの部署だったかまでは知らないんすけど、名前は確か"さとうさん"って言ったかな?」
「ふーん、そうなんだ。」
それなら情報がなくても納得出来るかも。
本社ってここから場所は近いけど、この店舗によく来る広報課の人以外、どんな人達が働いているか結構"謎"だし。
「でもさぁ?なんで本社勤務だったのに、わざわざ店舗に配属になったんだろう?」
「そうっすよね?本社勤務だったんなら、そのまま出世コースまっしぐらだったはずっすよね?」
「そうだよねー?」と、私は首をかしげる。
平岡くんが言うように、そのままいけば、絶対出世コース、将来安泰だったはず。
あっ、そっか!!
謎は解けた!と、どこぞの名探偵ばりに頭を働かせた私の顔はドヤ顔をしていて。
何かやらかしたんだなっ!
ふむふむ。
これは、違う意味でも楽しめそうだ。
5秒で考えた浅い答えを導き出し、自分なりには大満足。
「甘味さん。なにニヤついてるんっすか?もう開店しちゃいましたよ。」
「ほんとだ!もうお客様入ってきちゃってんじゃん!」
散々話しかけてきておいて自分は姿勢良くにこやかにお客様に挨拶をする要領の良い平岡くんを見て、慌てて私も姿勢を正す。
「いらっしゃいませ!おはようございます!」
家電量販店の販売員としての私の1日はこうして始まる。




