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願えば初恋  作者: y-r
私の決意

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4

そして、転勤話から3日後。

私は遠方地への転勤を決め、一ヶ月後には転勤先の店舗近くのアパートへと引越した。



初めて足を踏み入れた新しい街。

初めての一人暮らし。

初めて一緒に働く同年代の仕事仲間。


転勤前の店舗とは比べ物にならない程大きくて綺麗で真新しい店舗と、小型店にはなかった最新の備品が揃えられた売り場に高まる私の期待。


小さなお店で楽しく過ごしてはいたが、忙しくも退屈な毎日に、正直マンネリ感は感じていた。


だから、違う環境に身を置いてみるのも面白いかな?と軽い気持ちで動けたのも若さゆえか。


そしてもう1つ、私の背中を押した理由。


それは、人事課の人からの優しい言葉があったから。



「甘味ちゃーん!人事課から電話よー!」


お母さん的存在のパートの石松さんが、事務所の扉を大きく開き、トランシーバーがあるにも関わらず、理美容品コーナーのカタログ整理をしていた私に向かって大声で叫ぶ。


「えっ?私ですか?店長あてじゃなくて??」


私は小走りで石松さんに駆け寄る。


「ううん。"甘味さん"って名指しやったよ」


初めて自分宛にかかってきた本社からの電話に、誰もいない事務所に急いで入り、店長のデスクに一台だけある電話機の受話器を手にとった。



「お待たせしました!甘味ですっ!」


「お疲れ様です。あのっ、……人事課の…"たかはし"と申します」


意外だった。


「あ、はい。お疲れ様です」


私の勝手な偏見なのだが、本社からの電話ときたら、きっと偉そうな話し方のおじさんか、高飛車なお局女性社員からの電話だと思っていた。


「お仕事中すいません。ちょっとだけ時間いいですか?もし忙しかったら、また後でかけ直しますんで」


その声の主は、明らかに若い男性。


電話口で恐縮そうに話す姿が想像でき、初めて話すのにとても好感が持てた。


「今は手が空いてるんで大丈夫です。えーと、どのようなご用件でしょうか?」


「甘味さんに転勤の話が人事課から出ていると思うんですが」


何の取り柄もない一般社員の私なんかにも丁寧な言葉遣いの"たかはしさん"に、考えるなんて言いながら、山本店長にさえ返事をせず、3日間もただ放置していた事を猛烈に反省。


「すみませんっ!早くお返事をしないといけないとは思ってたんですが、そのっ…中々決めきれなくて…。でも、今日中には店長に伝えようと思ってますのでっ」


その場しのぎと言われればそれまでだけど、迷っているのは本当の事。


「あ、いやいやっ。催促している訳じゃないんです。自分も、甘味さんの気持ち分かるから。急な話だったし、それに遠すぎますよね。友達と離れるのも寂しいですもんね。…でもきっと、新しい環境で楽しい事や出会いが沢山あると思うんです」


柔らかなその口調は、私の不安な気持ちに寄り添うようだった。


それはまるで、友達のようで、親友のようで、初めて話したはずの"たかはしさん"に親近感すら感じてしまうほど。


「出会い…ですか。…そうですね。…たかはしさんの言う通りだと思います。だけど…、」


私がここで不安な気持ちを漏らしてしまうと、たかはしさんを困らせてしまうのでは、と一瞬の迷い。


「だけど、後一歩が踏み出せない?やっぱり不安ですか?」


その迷いすら汲み取ってくれるたかはしさんに、私は心の内を明かす。


「…はい。私みたいな田舎者が、そっちでやっていけるのかなって。あまりに都会すぎて馴染めるかなって」


「そうですよね。………でも、甘味さん。転勤の話、ゆっくりでいいから前向きに考えてくれませんか?転勤してきて不安な事があるなら、俺に相談してくれていいしっ」


見ず知らずの赤の他人に、何故ここまで親身になってくれるのか。

私は何故"たかはしさん"に、こんなに転勤を薦められているのか。


その理由は全く分からないにしろ、私の心は既に、"たかはしさん"にほだされかけている。


「フフッ。それじゃあ~。仕事で分からない事があったら、たかはしさんに相談に乗ってもらっちゃおっかな」


「あ、いや!……その、、、相談に乗りたいのは山々なんだけど、、、実は俺、ここに入社してまだ3ヶ月目なんですよね~」


「えー!!それじゃあ、私の方が先輩やん!!」


まさかすぎる返答に思わずタメ口が飛び出し、慌てて訂正する私。


「あ、失礼しましたっ!先輩じゃないですか!」


そんな私の失言に、たかはしさんは電話口でクククッと笑っている。


「でも、役には立たないかもしれないけど、話しを聞くぐらいなら俺でも出来るから。不安がらず、こっちに来て欲しい。…って、これじゃ、催促してるのと同じだなっ」


最初の柔らかな口調とは違い、徐々にフランクになりながらも懸命に説得してくれる姿勢が、私に遠方地への転勤を決断させた理由の一つ。


「分かりました。私、転勤します」


たかはしさんのお陰で迷いは吹っ切れ、自然と頬も緩み。


「本当に?!」


「はい。たかはしさんの押しに負けました。私、そっちに行きます」


「やった!!マジか!!ありがとう!!じゃあ、俺!早速、課長に伝えてくるからっ!甘味!またな!」


「へ?」


急な呼び捨てにその真意を聞こうにも、ガチャ!と勢いよく切られた受話器を呆然と見つめるしか出来ない私と、プープープーと鳴る電子音だけがその場に残った。



"甘味!"


突然、私をそう呼んだ"たかはしさん"




「どっかで聞き覚えがある声なんよねー」


人差し指を口に当て、「んー???」と頭をひねってみても、思い出しそうで後少しで思い出せない歯痒さ。


「え??誰やったっけなーー???たかはしさん、たかはしさん、、、」


でも、今も昔も"たかはし"という苗字の知り合いはいないはず。


だけど確かに。


「懐かしい感じがしたんやけどなー。」


まだ耳に残るあの声に、昔そう呼ばれていた記憶はあるのに………



「甘味くん。人事課から電話やったんやろ?なんだって?」


その声に振り向くと、石松さんの大きい声が聞こえたであろう山本店長が売り場から事務所に戻ってきていた。


「あ、店長。えーと、転勤してきて欲しいって言われまして」


「人事課の人が?えー?!わざわざ甘味くんに?転勤候補者に本社の人間が直接電話するなんて初めて聞いたっちゃけど??」


「そーですよねー?私が転勤を決めたら"やった!"とか言ってたんで、ノルマがあったんですかね?」


「そんな訳ないやろー??」


「ですよね」


自分で言っといて、私はフフッと吹き出す。


「あっ!それはそうと。店長!改めて、私、転勤します!」


「そっか。甘味くんがおらんくなると寂しくなるね。若い人がいるだけで売り場に活気が出るっちゃんね。でもまぁ、甘味くんが決めた事やけん僕も応援するよ。一応、僕からも人事課に連絡をいれとこうかな」


「はい、お願いします!」



向こうに行ったら、会う機会はあるのかな?


それにしても、"たかはしさん"って面白い人だったな。


また、話せたらいいな…。


でも結局は、"たかはしさん"と話したのはこれが最後で、こっちの店舗に配属された6年目の今でも顔すら知らないままだ_____



そしてついに始まった私の新生活は、目に映る物の何もかもが新鮮で楽しかった。


1人で上京した初日、あまりの人の多さに圧倒され。


「おぉー!」


テレビで聞いていた通り、道ゆく人の歩く速さに驚いて、方々から聞こえてくる標準語に憧れて。


「ほぉー!」


電車で乗り過ごしても、1時間も待たなくていいし。

地方では一週間かかったネット注文だって、早い時はその日に届く。


「わぁー!」


知らなかった世界に23歳の私は目を輝かせた。


「凄ぉーい!!私も都会人の仲間入りだぁ~!」



私は元々、やれば出来る人間。


面倒くさがりなだけで、いざとなれば料理だって掃除だって、一人で何でも出来るんだ!


一人暮らし後、どうにか人並みにはなった料理の腕。


悲しいかな、今は誰にも披露される事はないのだが。


それはまぁ、まだ見ぬ未来の彼氏にでも披露する事にして…。


引っ越しの時に、なにより嬉しかった事。


それは、引越し費用全額と、遠方地転勤者が借りるアパートの費用を会社が7割負担してくれるという事。


本当は、本社近くの社員寮に入ろうとしたのだが、その社員寮はなんと女人禁制。

男性社員しか借りられないという。


建物は古いが月3万円払えば、水道光熱費込みで住めるはずだった社員寮。


転勤を決めた翌日、私はお昼休憩の時間を使い、事務所で本社がまとめている転勤者向けの資料を真剣に見ていた。


転勤するにしても、まずは住む所がないとどうにもならないと自分なりにいくつか候補を絞ってきていたが。



「そんなのひどいです~!遠くに呼んどきながら、女は全額自己負担だなんて今のこの令和の時代に女性差別すぎますっ!今でもそんなに貰ってないのに家賃で給料がなくなっちゃいますよ~!」


第一候補に掲げていた社員寮に、まさかの男性社員専用の文字を見つけ、一緒に資料を見てくれていた山本店長に嘆き節をぶつける。


「あのね、そんな訳ないやろ?ちゃんとここの特記事項の3番目読んだ?遠方地転勤者は、会社が家賃を7割負担するってきちんと書いてあるやろ?」


「え。あ、本当だ!超ラッキー♪」


「ラッキーじゃないのよ。全額負担なんてブラック企業じゃないっちゃけん」


山本店長は軽くため息を吐きながら言葉を続けた。


「甘味くんはそそっかしいからなー。ちょっと心配ちゃんねー。向こうは年齢が近い社員が多いし、成長するチャンスやけん頑張るんよ」


「あ、それと。特記の最後の一文が大事なんやけど…って聞いてないか。でも、甘味くんには関係ないやろね。さすがにこんなに長くは向こうにはおらんやろうしね」


思いもよらぬ吉報に浮かれ、山本店長の心配は私の耳には入っておらず。


「それなら、このアパートじゃなくて、ちょっとだけ遠いけどこっちの新しくて広い方にしちゃおっかな!」


携帯電話を握りしめ、参考までに見ていた物件のアパート情報を、もう一度隈なく読んで。


「一人暮らしやけん光熱費なんてたかが知れとるやろうしなぁ。あ!大の字で寝ても余裕なぐらいの大きなベッドなんて置いちゃう?!実は憧れとったっちゃんね~」


つい笑みが溢れる私に、山本店長からの冷静なお言葉。


「甘味くん。浮かれとる所申し訳ないっちゃけど、もう休憩時間過ぎとーと思うっちゃん。その資料持っていっていーけ、売り場に出とっちゃらんやろか?」


事務所の壁に掛けてある時計を見ると、山本店長が言った通り休憩時間から5分程オーバーしている。


「本当だ!すいません!!」と、座っていた椅子から慌てて立ち上がる。


「いや、いいんよ。初めての一人暮らしやけん楽しみやもんね。向こうでも甘味くんらしく頑張るんよ。遠く離れた場所から応援しとるけんね」


「はいっ!」


ウキウキ!ワクワク!

心はいち早く新天地へと____



そして手に入れた、誰にも邪魔されない私だけの神聖な空間。


内見するには遠すぎるからと、インターネットを駆使して病院やスーパーなどの周辺情報まで調べ尽くして選びに選んだアパートは、玄関の鍵がアナログで残念だった事以外は全てパーフェクトで文句なし。


玄関にはオシャレな傘立てを置いて。


そのまま木目の廊下を進んで行き、すりガラスの扉を開くと、対面式のキッチンとリビングが一緒になった15畳程のワンルームがあり。


その中に思いっきり私好みの家具家電を詰め込み、全体をダークブラウン色で統一して大人な雰囲気に。


2人掛けソファは一目惚れしたシックなグレー色一択。


モダンテイストのラグマットの上に、ソファの色を意識してグレーの木目調のローテーブルを置けば。


「出来た!」


完全たる私仕様のMYスイートホーム!


さっそく漫画や雑誌を買い込み、AIスピーカーで音楽を流し、ベッドの上でゴロゴロと。


それに飽きたら夜遅くまで、ネットサーフィンしても良し。


まぁここまでは、実家に居ても同じなのだが。



ただ一つ。

一人暮らしして、心底良かったなと思えた事。


それは、好きな時、好きな時間に、誰にも気兼ねすることなく大好きなお酒が飲めるという事。



「ここは私の楽園だ!!」



けれど、初めて借りたアパートで、誰も知っている人がいないこの場所で、不安を感じない訳がない。



やっと一人暮らしにも慣れた2年目で流行し出した、世間を大混乱に陥れた新型の感染症。


もし病気で倒れても助けを求める人もいない。


そこから数ヶ月が経ち、テレビで流れるニュースも、どの番組をみてもその感染症に関する情報で一色になり。


そんな感染症が大流行の真っ只中で孤独に心が壊れそうになった時、私の前に現れた人。


それが2年前に別れた美容師で3つ年上の彼氏だった。


髪をカットしに行った美容室でのナンパが出会いだったにしても、優しくてイケメンな彼に私も心惹かれ、付き合ってすぐに親と一緒に暮らしていた彼が私のアパートに転がり込む形で同棲生活が始まった。


最初のうちはラブラブだった私達。

けどそれも1年くらいしか続かなかった。


今まで付き合ってきた彼氏は、同じ歳か年下で。


甘えたくても何故か自分が遠慮しちゃって…


だから、年上の彼には思いっきり甘えられると思ったのに。


やりすぎた?


やっぱ、ほどほどにするべきだったか?


でも、私は彼氏に癒しを求めたかった。

好きな人には思いっきり甘えたいんだもん!


そう思っても、根本的に性格が違っちゃ仕方がない。


最後の最後で漏らした彼の本音。


「実は俺、甘えられるの苦手なんだよね。それに、こんな生活にももう疲れたなって」


あの時の私は、どんな顔をしていたのだろう。

ちゃんと、悲しそうな顔を出来ていただろうか。



「まぁ、それなら仕方ないよね。私達、出会ったタイミングが悪かったんだね」


自分でも、意外にあっさり身を引いた。

だって、本当は自分の気持ちに気付いていた。


仕事以外での家の中に隔離された生活。

そして、家の中でもずっと続くマスクでの生活。


こんなはずじゃなかった。


地元にいる両親や兄や友人達を、あんなに心配させるつもりでここに来た訳じゃないのに。


ただ寂しく、辛くて、不安で。


私は、本当の自分をさらけ出せる人がいないこの地で、"寂しさ"を彼で埋めてしまおうとしていただけ。


最低なのは私の方。


私はそう思った。


      

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「いってきます!」


そして今日も私の独り言は、誰もいない静かな部屋に吸い込まれていく。



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