37
10分で来いなんて、到底無理な話だ。
結局30分後に居酒屋についた私は、寝坊した事を反省し、近距離なのにタクシーで来たにも関わらず額にはうっすら汗が滲んでいた。
『いらっしゃっせーー!』
ハンカチを額に押し当てその汗を拭き取り、いざみんなが待つ店内へと踏み込む。
「ふぅー。まっ!ギリセーフでしょ」
参加したくはなかったが、いざ来てみると久しぶりの居酒屋の雰囲気に私のテンションは急上昇。
「いい匂い~!お腹すいたな~」
店員さんに案内された1番奥の部屋の手前でパンプスを脱ぎ、呼吸を整えてた時だった。
「遅刻してきた分際で呑気すぎっす」
「ビックリしたー!」
急に私の後ろから話かけてきたワイシャツ姿の平岡くんは、腕を組み仁王立ちして私を見ている。
「じゃあ、後ろから抱き締めれば良かったっすか?俺、言いましたよね?甘味さんがいないと楽しくないって。マジ寂しかったんっすよ」
そう言う平岡くんの顔は、ほんのりどころじゃない程赤く。
言うなれば、ゆでダコ。
そう、しっかりゆでダコ状態。
これは…
まさか…
私がこの歓迎会で1番恐れていた事態。
そして、2年半前に開催された飲み会での出来事を鮮明に思い出す。
「けっこう飲んじゃったの?」
「いや、そんなには。たったの大ジョッキ2杯っす」
到着した早々、私の落胆は大きい。
なぜなら平岡くんは、飲みたがりのくせにお酒に全く強くない。
しかも酔っぱらうと、甘えん坊で熱血漢でしつこくて、とりあえずは超面倒くさい。
「…大丈夫?もう帰った方がいいんじゃない?タクシーなら、まだそこに停まってるかもしれないよ?」
後から思い返すと、この時点で帰しておくべきだった。
「全然、大丈夫っす!あれから、お酒には強くなったんっすよ?」
「そう?じゃあ、大丈夫かな」
素直に平岡くんの言う事を信じた私の判断ミス。
「ほら!甘味さん!みんな待ってますから早く行きますよ!」
そう言うと平岡くんは私の手を取り、皆の待つ座敷へと引っ張っていった。
「皆さーん!甘味さんがやっと到着しましたー!」
貸しきられた畳の大広間に20代~70代までの幅広い年齢層の男女がひしめき合い、お酒や沢山の食べ物が乗っているテーブルを囲んでいる光景は、久しぶりの飲み会ということもあり和気あいあいと皆んな楽しそう。
「シー!シー!バカっ!声がデカすぎるって!」
そんな中、部屋に響き渡った平岡くんのバカデカイ声は、否が応にも皆の視線をこちらへと集中させる。
「どーもー」
こっそり忍びこみ、端っこにちょこんと座り、場にうまく溶け込むはずだった私の作戦は木っ端微塵。
こうなると私は平岡くんに手を引かれながらも、ペコペコ頭を下げなら壁側と座っている人の間を通っていくしかなく。
「どーもーじゃないよー!遅いよー!もう飲んじゃってんだからー!」
「そうだよ~。寝ちゃダメだよ~」
あちらこちらから飛ぶ野次に、恥ずかしいやら情けないやら。
「平岡!どさくさに紛れて手をつないでんじゃないよ~!それセクハラだぞ~」
「いいんっすよ~。俺今、酔っぱらってますから~」
さっきは酔ってないとか言っときながら、やっぱ自分で自覚してんじゃん!などとは、遅刻した身で言えず。
私は平岡くんの後へと続く。
平岡くんもそのまま私の手を引き、目指す座席は左側の空いている二席らしい。
右のテーブルには、ワイシャツにネクタイ姿の砂東フロア長を取り囲んだ色とりどりに着飾った女性メンバー。
見るからに、良い匂いがしてそうだ。
左のテーブルには、多分はじきだされたのであろうワイシャツ姿だらけの男性陣。
見るからに、、、むさ苦しい。
その光景に、私は思わず苦笑い。
「さ、ここに座ってください!特等席っす!」
平岡くんに肩を押され、ストンと座らされた場所。
右手には平岡くん。
左手には熊野フロア長。
到底"特等席"とは呼べない、いつものメンバーに挟まれて。
「甘味さん、お疲れ様です」
平岡くんの隣から、眉を八の字にし申し訳なさそうに顔を出したのは植田くんだ。
「何でしっかり監視しとかないのよ。また面倒くさい事になるでしょ?!」
「すいませ~ん!気付いたら飲んでたんですよ~!」
「まぁまぁ、許してあげてよ。これからは僕もしっかり見張っとくから」
その声に左を向くと熊野フロア長の顔もほんのり赤く、その発言は全くもって信用できない。
「あれ~。熊野フロア長じゃないですか~。もうお会い出来ないかと思ってましたよ~。お元気でしたか?」
裏切り者には制裁を。
もちろん熊野フロア長にはちょくちょく会ってはいるが、コーナーが変われば以前ほど話す機会は少なく、ここぞとばかりに熊野フロア長をからかう私。
「遅れてきてそれはないよ~。これでも急に移動させられたエンタメコーナーで必死に頑張ってんだからさぁ。でも良かったよ。ただの寝坊で。心配したんだからね」
「ありがとうございます。ご心配おかけしました」
「うん。これで安心して美味しいお酒が飲めるね」
やっぱ、熊野フロア長は私の癒しだ。
話をするだけで心が和む。
砂東フロア長とは大違いだ。
あ。
そういえば砂東フロア長も一応心配はしてくれてたんだっけな。
一言ぐらいお詫びをするかと、ふと視線を移すと、砂東フロア長はあちらの席で楽しそうにお喋りしているようだ。
あの様子では、私の事を気にする暇もないだろう。
右手には淡いピンクのワンピースを可愛く着飾った遠藤ちゃん。左手には橘さんに挟まれて、砂東フロア長は方々から飛んでくる質問に丁寧に答えているようだ。
「あっちが気になるんっすか?」
平岡くんは枝豆片手に私の視線の先を見つめ。
「いやー、見事にキレイに分かれたな~って」
「甘味さんに電話してた時は皆バラバラで混ざってたんっすけど、お酌タイムが終わって気付いた時には、いつの間にかあーなっちゃってて」
私が来る短い時間で何が起こったのか。
大体の想像はつく。
「そうなんだよな~。トイレから戻ってきたら俺の席ないでやんの」
「それならまだマシだよ。僕なんか無言でグイグイ押されて、気付いたらこっちの席だよ」
「砂東フロア長はすごいよなぁ~。あんなキャーキャー言われても顔色一つ変わらないし」
「そうなんだよな!きっとモテ慣れてるんだろうなぁ~。やっぱ男は顔なのかな~?ねぇ、甘味っち」
お酒をチビチビ飲みながらそう呟く男性陣の姿は、何とも憐れすぎる。
「大丈夫ですよ!男は"心"ですよ!」
本当は、ハッキリ現実を突き付けてあげたい所。
たがしかし、今私が身も蓋もない事を言ってしまえば、この迷えるヤロウ共は意気消沈。
せっかくの楽しい飲みの席が一気にお通夜状態。
それならば、嘘でもいいから私が希望の手を差し伸べてあげよう。
「でもさぁ、砂東フロア長って性格もいいんだよなぁ。分からない事があって聞いても、年上の俺に対しても優しく教えてくれるしさ。あんな優しくされたら惚れない女はいないよな~。危うく俺も骨抜きにされる所だったぜ」
砂東フロア長のせいで気が利かない代表のレッテルを貼られたままの田中さんですら、すっかり砂東フロア長にメロメロの様子で気持ちが悪い。
「そうなんっすよ!あの顔だから冷たいかと思いきや、こんな俺にも丁寧に教えてくれるんっすよ!マジ神っす!」
アイツがゴット。
なんて世知辛い世の中なんだ。
差し伸べたはずの手をへし折られ、今度は私がチビチビと、出されたお水をお酒のようにひっかける。




