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そして私は、肩にかけていた業務用のタブレットを事務所へ戻し女子更衣室へと入っていく。
これまた岸川店長の予想通り、今日はお客様の引きも早く。
のほほ~んとしている様に見えて、この店の店長に大抜擢される程の実力と実績を兼ね備えた岸川店長。その数字の読みは、本社に選り抜きされてこの店舗に配属されたフロア長達も舌を巻く程だ。
「お疲れ様ー」
「お疲れ様です」
女子更衣室には私以外の従業員もチラホラいて、今日の歓迎会の話しで盛り上がっている様子。
「甘味さんも、もう上がりですか?」
「うん、そうだよ。今日は携帯コーナーも忙しかったでしょ?」
私のロッカーの隣は、10ヶ月前にこの店舗で働き出した携帯電話コーナー担当の和田ちゃんだ。
パートさんの中で1番若い和田ちゃんは黒髪のショートヘアでおっとりした性格で、流行りの丸いレンズの眼鏡がよく似合う女性。
うちの店の携帯電話コーナーは、全店の中でも1.2を争う程の販売台数を誇り、週末ともなればどこかしらの携帯会社のイベントが行われ、そのおかげで店内は否が応でも活気づき。
「昨日は全然だったんですけどね」
「そだね~。今日は全体的にバカみたいに売れたもんね~。お客さんってさ、何で同じ時間帯に集中するんだろ?ちょっとは気を使って時間帯をずらしてバラけて来てくれたらいいのにねー?」
口が悪い私に対して、和田ちゃんは「そうですね」と可愛く微笑み。
「でも私は、携帯のスタッフさんが契約した分のレジ上げをしていただけなんで。甘味さんはあちこち動き回ってて大変そうでしたね。いつもあーなんですか?」
21歳にして私の心配までしてくれるなんて、なんていい子なんだ。
和田ちゃんから出るマイナスイオンに癒されているのは私だけではないだろう。
「どこも人手が足んないからね。もう足がパンパンだよ~。和田ちゃんはそんな事ないでしょ?いいなー、若者は」
「甘味さんも、そんな変わんないじゃないですか」
どっかで聞いた話しの流れだが、21歳と29歳ではいくらなんでも離れすぎていて。
「いやいや、それは無理なのよ。私、今年で30だよ」
「えっ!!私てっきり、3個上くらいかと思ってました!」
普段あまり関わらないコーナー同士の従業員の年齢不詳は、広い店舗あるあるなのか。
「本当に?21歳に言われるとお世辞でも嬉しいなー。ありがとうございますぅ」
嬉しい誤解にちょっぴり、いやかなり嬉しく照れ笑い。
「あ、そうだ。はい、これ」
制服のポケットに手を突っ込み、お礼がてらに和田ちゃんに飴玉を手渡し。
「私も貰い物なんだけどね」
「ありがとうございます」
和田ちゃんもほんわか微笑んでいて、今の若い子って何でこんなに可愛いんだろう。
「それじゃあ私は先に上がります。また後で。お疲れ様でした!」
「うん。お疲れ~」
和田ちゃんが出ていった更衣室は、いつの間にか他のみんなも居なくなっていて、私も急いで帰り支度をして更衣室を後にした。
カチカチカチカチ!
カチカチカチカチカチカチッ!
更衣室から出た瞬間、私は急いで従業員エレベーターの前に行き、下行きしかないボタンを連打。
小さい頃に勇里からゲームで鍛えられた高速連打がこんな所で役にたつとは!
「ヤバい!早く早く早く!」
ボタンを壊すくらいの勢いで急いでいるその理由は、エレベーターの入り口から真正面に見える通路から砂東フロア長がこちらに向かって歩いて来ているからで。
「やっと来た!!」
2階に上がってきたエレベーターの扉が開いた瞬間急いで乗り込み、私はまたボタンを連打。
「お願い!早く閉まって!」
もどかしいくらいゆっくり閉じていく扉が、ピシャリと完璧に閉まる。
「甘味!待っ、」
砂東フロア長の私を呼び止める声はしたが、こんな所でアイツに捕まる訳にはいかないんだ。せっかくなら、和田ちゃんに癒されたままで帰りたい。
「フフ」
私の完全勝利だと、一階へと動き出したエレベーターの中で1人ほくそ笑む。
エレベーターが一階に到着した後、私は従業員専用の扉を使い外に出た。
「さすがにここまでは来ないよね~」
ここまで出れば一安心だ。
この店舗はお客様専用駐車場一つとってもだだっ広くて。
とりあえず歩道に出ようと、歩き出し。
「夕方なのにまだ蒸し暑いな~。今日飲むビールはきっと上手いんだろうな~」と、屋根の部分から抜け出しようやく見えてきた薄暗くなった空を見上げての独り言。
そう、私は独り言を呟いた筈なんだ。
なのに。
「そうだろな…、お前のお陰で更に上手くなりそうだよ」
背後からの声に、私は勢いよくその声の主に振り向き。
「いや、そこまでして来なくていーじゃん?!暇人なの?!」
そこには軽く息を切らしている砂東フロア長の姿があり。
「お前があそこで止まれば良かっただけの話しだろ!呼び止めてんだから普通止まれよ?!」
「は?だってもう退勤の打刻した後だもん。これ以上の仕事は受け付けません!じゃーね!」
「待てって!話しはまだ終わってねーし」
「何?!もう帰りたいんだけど?!」
歩き出そうとした瞬間、グイッ!と砂東フロア長に掴まれた腕に、私は訝しげに砂東フロア長を睨みつける。
「今日の歓迎会、絶対来いよ?」
「わざわざそれを言いに走ってきたの?!それなら電話で済んだよね?!何のために昨日番号を交換したのよ!」
お客様はまばらだが、あの店内を大の大人が走ってきたのかと思うと滑稽だ。
「誰にも捕まりたくなかったんだよっ。それに、ちゃんと確認したかったし。お前さ、平岡にさぼる選択肢もあるっつったんだろ?」
平岡くんの"ちゃんと伝えます"って、そっちの意味だったのか!
私を歓迎会に参加させる為の手段を選ばない策略に、改めて平岡くんの末恐ろしさを痛感するけど、今の状況はそれ所ではない。
「分かったからさ、とりあえず腕離してよ!万引き犯みたいに見られるでしょ!」
慌てて走ってきた店員に、私服姿に近い私が腕を掴まれている状況に、駐車場を歩いているお客様の目線が痛い。




