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そして、時刻はいつの間にか18時45分。
約束した残り10分の休憩はやっぱり取れず終いだったが、まぁいいだろう。
「終わったぁ〜!あー、疲れたー。」
手元にあった伝票は綺麗さっぱり片付けて、どうにか今日は定時で帰れそう。
「平岡くん。用がないなら私は帰ろうかなって思うけど大丈夫?」
「はい。お客様も落ち着いたんで大丈夫です。それはそうと、今日の飲み会はどうするんっすか?砂東フロア長と俺は最後までなんで、一緒に植田の車に乗って行こうかなって思ってますけど」
本日の主役が居ない今でなら、あの時言えなかった本音も言えちゃう。
「んー。ここだけの話、もう疲れたしぃ寝たいしぃ、さぼっちゃう選択肢も有るよねー」
「無しです。砂東フロア長に怒られますよ?それでもいいんっすか?」
私にそんな脅し文句は通用しない。
いくら怒鳴られようと、歓迎会は仕事じゃないから行きたい人だけ行けば良いと私は思う。
「別にぃ。砂東フロア長なんか怖くないしぃ」
「そんな事言えるの甘味さんだけっすよ。それに、砂東フロア長の方は甘味さんの事、結構気に入ってると思うっすけどね〜。甘味さんは手相に夢中で気付いてなかったっすけど、甘味さんが手を握ってる間中、砂東フロア長うれしそうでしたよ?」
「気持ち悪い事言わないでよ…。私にはそうは見えなかったし」
「それは甘味さんの目が節穴っす。砂東フロア長は甘味さんの話しになると、過剰なまでに食いつきがいいっすからね」
そう言う平岡くんを私は嘲笑う。
「フッフッフッフッ」
「何すか?その意味深な笑い方は…」
人の秘密は蜜の味。
それが今この店で1番の話題の人物である砂東フロア長の秘密なら尚更、その蜜の味は段違いに格別だろう。
「さすがの平岡くんでも知らない事があるかー!うんうんうんうん。砂東フロア長は最近きたばっかだから仕方ないよねー」
「えぇ??どういう事っすか?」
平岡くんでも知らない情報があるのかと、砂東フロア長の秘密をバラす私の顔はニヤついている。
「平岡くんはさ、砂東フロア長が普段は手作りのお弁当を持ってきてるのは知ってるでしょ?」
「はい。この前休憩が一緒になった時も見たっすけど。それがどーしたんすか?」
「あのね、ここだけの話。砂東フロア長ってさ、ちゃんと彼女がいるんだよ?あのバランスの良い弁当を作れる程の腕前とあの顔面の砂東フロア長の彼女だから、私はモデルさんって睨んでるけど」
「え?!マジっすか?!え?それって何処情報っすか?その情報、ちゃんと信ぴょう性あります??俺は砂東フロア長に彼女の存在なんて感じないっすけどねー」
私の意見に、噂話好きの平岡くんが反対勢力でいるのは心許ないが、私にだって譲れない時はあるんだ。
「私には分かる!あれは絶対いる!これは女の勘よ!」
まだ彼女の写真すら見せてもらってもいないのに、薄い証拠で私は自信満々。
挙げ句の果てに、提示できない証拠はいったん横に置いといて、肝心な所は勘だより。
「えっ?!情報の出所が甘味さん?!ちょっといいっすか?甘味さんの勘ってマジ当てにならないんっすよ?熊野フロア長といいとこ勝負っすよ?」
「いや、あんなに酷くはないでしょ?」
熊野フロア長が明日は忙しくなる!と宣言すれば売り場は閑散とし、雨はそんなに降らないよ〜と言えばゲリラ豪雨がきたのかと思うくらいの土砂降りになる。
熊野フロア長の勘は、まるっきり当てにならない。
「アハハ!熊野フロア長にも容赦ないっすね。やっぱ甘味さんがいた方が歓迎会は楽しめると思います。絶対絶対絶対来てくださいね!俺、甘味さんの事待ってますから」
「平岡くん…」
本当に君は優しい好青年だよ。
明るくて気が利いて楽しくて。
そんな君に、どうしても今、この場所で伝えておかなければならない事がある。
「平岡くん。……ビールは小さーーーいおちょこくらいのコップに1杯だけだからね!」
「うっす!」
全く信用できない軽い返事は要らないのだ。
「本当だからね!絶対の絶対に絶対なんだよ!振りじゃないんだからね?!」
こんなに強く念を押すには訳がある。
「大丈夫ですって!もう皆にも甘味さんにも迷惑かけないっすから!」
「そっか!そうだよね!もうあの頃の平岡くんじゃないもんね!私、平岡くんの成長を信じるよ!それじゃあ、私は帰るから砂東フロア長に言っといてね。」
「えっ!自分で言いに行かなくていいんっすか?」
「うん。だって今、お取り込み中みたいだし。ま、いいでしょ」
私だってちゃんと挨拶に行こうとしたけど、レジで遠藤ちゃんと楽しそうに話しているのに、わざわざそこに割り込むなんてそんな野暮な事はしない。
「わかりました。ちゃんと伝えておきますね。お疲れっした!」




