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私達のお店の近くにも徒歩で5分くらいの距離にコンビニがある。今日みたいにお弁当が作れなかった日なんかは、そのコンビニでお昼ご飯を調達している。
「あら〜。今日は沢山買っていくのね〜。」
「ちょっと、頼まれ物も入ってて。」
2人分の買い物を済ませた私は、会計をしようとレジへと足を運ぶ。そこには、私の顔を見てニッコリ微笑む顔馴染みの店員さんが立っている。
50代ぐらいの女性だが、いつも気さくに話しかけてくれて、この店員さんとも6年の付き合いだ。
「そうだ!明後日、コーヒーメーカーを買いに行こうと思うんだけど、甘味さんはお店に出勤してる?」
「確かぁ〜、、、明後日は出勤だったと思いますよ。是非、お待ちしてますね。」
都会の人は冷たくて人情に希薄だと聞いていたが、全然そんな事はなく。このコンビニの人達も優しいし、どこに行ってもそんな風には感じた事はない。
最初の頃は田舎者とバカにされたくないと気を張っていた私も、お客様との会話でも自分から出身地を話したりして、そしたら私も同郷なのよっなんて話が盛り上がったり。
だから私も、この地に6年間もいれるんだと思う。
「今日もおばちゃんから飴を貰っちゃった。」
自然と頬もほころび、2つ貰ったうちの一個を口に放り込み、残りの一つの飴玉は後で食べようと制服のポケットにしまう。
「んー!甘くて美味しい!空きっ腹にありがたいなぁ。」
買い出しを終えた私は、早速ご飯を食べようと休憩室へと直行する。扉を開けた休憩室では、この時間でも携帯コーナーのイベントスタッフやら販売応援のメーカーさんやら休憩中の人がちらほら。
「甘味さーーん!コッチっす!」
私は手招きされた平岡くんの向かいに買い物袋を置いて、椅子を引き席につき。
「ちょっと外に出ただけなのにめっちゃ暑かったんだけど。大人しくレジ前の焼きそば辺りにしとけば良かったな。」
最近の異常気象の影響か、昨日までは寒かったのに、今日の気温は昨日に比べてプラス9℃も上がっていて、長袖のワイシャツを着てきた事を嘆く。
「いつも手作り弁当の甘味さんが珍しいっすね!コンビニ弁当っすか??」
「まーね。ちょっと今日は起きれなくて。」
「そっか。そんな日もありますよね~。でもさすがにお腹すいてるからって、いくらなんでも弁当2個食いはちょっとぉ…。甘味さんも歓迎会に行くんすよね?」
「いやいやっ、私が2個も食べる訳ないでしょ?!これはっ、」
弁解しようとした瞬間、砂東フロア長も休憩室へと入ってきて、私の名前を呼びながら私達のいる席へと一直線。
「コンビニから戻って来てたんだ!ちょうど良かった!マジ腹減ったー!」
「おつかれ様っす!」
平岡くんは食べ終わったお弁当の空き容器をレジ袋に詰め込む。
「おう!平岡はもう食い終わったのか?」
「はい!もう完全回復フルパワーっす!」
「いいなー、若者は。」
「若者って、そんな変わんないじゃないですか。って、あれ?砂東フロア長は手ぶらっすか?いつもの弁当はないんっすか?」
「あー、ちょっと今日は起きれなくてな。」
そう話している間にも、私が机に置いた買い物袋から勝手に弁当を取り出し、砂東フロア長は断りもなしに私の横に座る。
「それ、甘味さんも全く同じこと言ってましたよ??しかも砂東フロア長の弁当を!甘味さんが!買ってきてあげたんっすか?!え?!俺、夢でも見てます?!ついに平和協定が結ばれたんっすか??やっと和解っすか???!えっ?!えっ?!えっ???」
ここ数日の私達のやり取りを、あまりに近くで見すぎていたせいか、交互に私達をせわしく見る平岡くんのその反応は正しいだろう。
「大袈裟ね。何もないわよ。」
「そっすか。残念っすね〜。」
勘ぐり深い平岡くんの視線は気になるけれど、これ以上下手に喋って墓穴を掘っては、噂製造機の餌食になってしまう。
「おっ、ちゃんとお茶まで買ってくれたんだ。さすが、気が利くな。」
「そうでしょ?…って、それ!!私が食べようとした"3種の洋食グルメ盛り盛り弁当"じゃん!」
砂東フロア長の前には、私が悩みに悩み抜いた末に決めたお弁当が既に蓋を開けた状態で置いてあり。
「あ、悪い。もう箸つけちゃったし、そっちの"雑穀米とフレッシュサラダ盛り盛りヘルシー弁当"食べろよ。見るからに健康に良さそうじゃん?」
「いや、どー見てもコレがアンタのでしょ?!」
「どー見たらソッチが俺のだって思うんだよ?!それなら初めから同じの買ってこいよ!どーせお前の事だから、俺に見せびらかしながら食べるつもりだったんだろうけどな。残念だったな。」
彼女に健康的なお弁当を作ってもらってる砂東フロア長だからこそ、この一択しかなかったのに。
私の優しい心遣いは無碍にされ。
「もー!なんでよ〜!!お腹がペコペコだっつったじゃん!だからガッツリ食べたかったのにっ。」
「それは俺も同じだろ?!ってか、お前の分も買えるように5千円渡したよな?お釣りは?」
「えー、残りはお駄賃じゃないの?」
「弁当代がお駄賃だろ。ほら、返せ。」と、私の目の前で大きく広げられた砂東フロア長の手の平。
その手の平は、もちろん私よりも大きくて。その癖、指は細くて長くて羨ましいぐらいに綺麗すぎる。この男はどこを切り抜いても完璧だ。でも、私の目が釘付きになったのはそこではなくて。
「うわ!頭脳線短っ!」
差し出されている手の平の頭脳線を私は人差し指でスゥーとなぞる。それがこそばゆかったのかビクッと手の平を閉じた砂東フロア長に、「もう一回見せて。」と、返事を待たずに手の平をグイッと開き。
「だからかぁ〜。なるほどなぁ〜。」
昔の素行の悪さを思い出しニヤニヤしながら見ている私に、砂東フロア長は顔をしかめている。
「平岡くんも見て。」
そんな事は気にせずに、砂東フロア長の手を引っ張りホラッと見せると「本当だ!」と平岡くんは爆笑し。
「甘味さんの考えてる事は大体想像がつくっすけど、頭脳線が短い人って思い立ったら即行動に移す人が多いって言われてるんすよ。確かに砂東フロア長もじっくり考えて行動に移すタイプってよりかは、直感で動いてる感じがするっすもんね。」
「そうだな。うじうじ考えるのは苦手かもな。」と私に手を預けたまま、砂東フロア長は器用にお弁当を食べている。
「甘味さんが期待する様な線はないと思うんすけど、KY線って言うのはあるみたいっすよ。」
今度は平岡くんにほら、と見せられた携帯電話の画面。その画面通りの砂東フロア長の手相に私と平岡くんは大爆笑。
「だから何の断りもなしに人のお弁当食べちゃうんだなー。砂東フロア長って、ほんと期待を裏切らないよねー。あー、面白かった!」
用済みになった砂東フロア長の手の平をパッと離すと、私の興味は既に目の前のお弁当へと移っている。
「そんなんで誤魔化せると思うなよ?そんな事はいーから早くお釣りを返せって。」
「はい、はい。だったらついでにお菓子でも買えば良かったなー。」
すでにお財布に入れていた残りのお釣りを、レシートと共に1円残らず砂東フロア長に手渡す。
「残念だったな。お菓子くらいまたいくらでも買ってやるから早く食べろよ。せっかくの休憩時間が終わるぞ。」
「いくらでもって、どーせガムとかばっかでしょ。そんな物奢って貰っても何のお腹の足しにもなんないしなー。」
確かに気前よく奢ってくれた事はあるけど、それでもせいぜい200円以内。でもまぁ、中学生同士じゃそれぐらいが妥当な金額ではあるが、今時200円以内じゃ子供の駄菓子ぐらいしか買えないし。
「あのなぁ?もうガキじゃねんだぞ。お前に奢るぐらいの蓄えはある。」
「へぇー!!さすがフロア長ともなると言う事が違うわね。それじゃあ、今度は何を奢ってもらおっかな〜。」
「とりあえず、目の前にある飯を食えって。まだ一口も食ってねーじゃん。」
「はーい。お腹すいたぁ。流石にもう限界。砂東フロア長が私達の事を忘れてなければ2時くらいにはご飯にありつけたのにさ。ねー?平岡くん。」
私はお弁当の蓋を開け。
頂きます、と手を合わせる。
「今はお前がくっちゃべってるから遅くなってんだろ?!どさくさ紛れに人に責任転嫁すんなよな?!」
「アンタが話しかけてくるからでしょ?!そもそも私の隣に座んないでよ。あっちの隅でもそっちの隅でも空いてんでしょ?!」
「何で俺を隅に追いやるんだよ?!それに、どこに座ろうが俺の自由だろ?!食わねーなら唐揚げ1個もらうからな!!」
行儀悪くブスっと箸で刺された唐揚げは、私の止める間もなく砂東フロア長の口の中へ。
なんでこの男は、私の気を逆撫でる事しかしないんだ?!!
「だぁーかぁーらぁ!!何で勝手に食べんのよ!!この弁当から唐揚げ抜いたら草しか残んないでしょ!!」
「草ww。あと2個残ってんだろ?足んねーならほら、エビフライ食うか?」
「食いかけを寄越すんじゃないわよ!くれるんならそっちの大きいハンバーグにしてよね!」
「絶対ヤダ。」
あの頃も砂東フロア長はこうだった。
いっつもいっつも私のお弁当から勝手に抜き取られていったオカズの恨みが十数年振りの今再燃し、既視感ある光景にすっかり敬語を忘れて話し続ける。
「あのぉ〜。横からすいません〜。」と、申し訳なさそうに会話に入ってくる平岡くんの視線は、私達を交互に見ている。
「もう一度確認したいんすけどぉ。やっぱりお2人って、元々から知り合いっすよね?じゃなきゃ、初対面でそんなポンポン言い合い出来ますぅ〜?そんな掛け合い長年連れ添っても出来ないっすよ?」
「は?!そんな訳ないでしょ?!単純に気が合わないだけだって!平岡くんにだって気が合わない人はいるでしょ?!」
「そうっすけど〜。いや〜、どうだろうなぁ〜。俺としては、秘密主義の甘味さんの意見より、砂東フロア長からの解答が欲しんすよねぇ。」
平岡くんの視線は私から砂東フロア長に移ろうとしている。
「あっ!!それよりさっ。」
これ以上平岡くんに勘ぐられて変な噂を流された日には、私は会社に来れないかもしれない。
そう思うほど、女性従業員の信者も確実に増やしていっている砂東フロア長。
一人歩きしてしまうかも知れない噂話しを阻止するなら、今、この瞬間しかないのだ!
「やっぱりさ、私のシャチハタを勝手に使って歓迎会の出欠表に印鑑押したの平岡くんでしょ?この前シャチハタ貸したしさー。そろそろ正直に白状しなよ。今なら怒んないからさ。」
「酷いなー!だからそれは俺じゃないんすよ?!あれは、福原さんから借りてきてくれって言われただけで。甘味さんにも、そう言って借りたっすよね?甘味さんの事だから自分で押して忘れたんじゃないっすか?」
「ククッ。甘味なら充分あり得る話しだな。」
話しの方向転換は成功したが、結果的には卑下される始末。
「そうっすよね!やっぱ甘味さんが忘れてるだけっすよ。はい!この件は解決っす!」
「そんな訳ないじゃん。」と私はまだまだ食い下がり、絶対に私じゃないという証拠があるんだと、確固たる事実を平岡くんに突きつける。
「だってさ、シャチハタの目印から印影がちょっとずれちゃって斜めに傾いてたのを私はそのまま使ってたんだよ?それが、この前使った時には何故か真っ直ぐ元に戻ってたんだって。だから絶対に私じゃないのよ。」
小さい事は気にしない。
この積み重ねが、私がみんなからも面倒くさがりだと周知されている由縁だ。
「だからいっつも甘味さんの印鑑はちょっと曲がってるんすね!どんだけ面倒くさがりなんすか?!そんくらい気付いた時にクイッと回して戻して下さいよ?!普通曲がってたら気にならないすか?!」
「ううん、全然。だって、ほんのちょとだけだよ?えー、平岡くんが違うとなると…?」
犯人は砂東フロア長かと横目でジロリ。
「何だよ。俺でもねーよ。そもそもお前のシャチハタすら借りてねーだろ。」
確かに私も砂東フロア長犯人説は無理があるなとは思っていたが、この際怪しい人物は全て疑う。
「おっ!このハンバーグうまっ!今のコンビニ弁当ってあなどれないよなー。」
1人でお弁当を堪能している砂東フロア長は置いといて。
せれじゃあ誰が印鑑を押したんだ?
疑問は、そのまま疑問のまま。
「ご馳走様。甘味、今度お使い頼んだ時も、これと同じ弁当を買って来てよ。」
「嫌よっ。休憩の時にまでコキ使おうとしないでよ。すぐそこなんだから自分で行ってよね。」
お弁当をきれいに食べ終わり容器を片付け出した砂東フロア長に比べて、くだらない事でいちいち話しかけてくる砂東フロア長のせいで私のお弁当はまだ半分も減っておらず。
「サラダをオカズに米を食うのか?やっぱお前変わってんな。」
「アンタがメインの唐揚げを取ったから配分が狂ったんでしょ!」
私達のやり取りを見て、平岡くんは携帯電話をいじりながら楽しそうにケラケラ笑っている。
そんな平岡くんから落とされた1つの爆弾。
「甘味さんは、今日の歓迎会はちゃんと来るんすよね?」
「あーー。まーねー。そのつもりではいるけど。」と、言いながら私は平岡くんの顔も見ずに、サラダの中にまばらに入っているカットされたプチトマトをお箸で隅っこに追いやる。
「怪しいなー。その反応はサボる可能性もあるって事っすよね?」
さすがの平岡くん。
私の性格をよく分かっていらっしゃる。
でも、歓迎会の主役がいる前で答えずらい質問はしないで欲しいのが正直な感想だ。
「そうなのか?」と、私が答える前に砂東フロア長から発せられた一言に、チラッと一瞥したその表情は何とも訝しげでやっぱり答えずらい。
「さっきの話しの続きじゃないっすけど、甘味さんって仕事はきっちりしますけど、それ以外は基本面倒くさがりっすからね。俺が甘味さんの家に行った時も、」
「甘味の家に上がったのか?!」
何をそんなに驚く事があったのか、砂東フロア長はガタッと立ち上がり、その勢いで倒れる寸前のパイプ椅子を私は慌てて手で抑える。
「えっ?!あーーー、照明が壊れたからって脚立を持って交換しに行ったんす。」
「そう言う事か。」と、砂東フロア長は乱れた椅子を引き寄せ座り直す。
「あのー、話しを続けていいっすか?」
「あぁ。」と一言返し、長机の下で私の白いスニーカーを革靴でガシガシつつく砂東フロア長の行動は、私が昨日、部屋に上げなかった事への不満の現れなんだろうけど。
その砂東フロア長の高そうな革靴を、思いっきりスニーカーで踏み返す。
やられたらやり返す。
それが私のモットーだ。
そんな私達の長机の下の静かな攻防に気付かず平岡くんは話し続ける。
「交換したのが洗面所の所の照明なんっすけど、その時に下着が、」
「し、下着?!甘味の下着を見たのか?!」
砂東フロア長が立ち上がった勢いで押された椅子は結局はガチャンと倒れ。その様子に平岡くんも慌てている。
「いやっ!下着って言ってもスポーツキャミソールすよ?!」
「ス、スポーツキャミソール??ってどんなのなんだ??」
倒れた椅子を元に戻す砂東フロア長に呆れる私の我慢は、とっくに限界に達している。
「えーとっすねっ、」
砂東フロア長のアホな質問に、平岡くんもバカ丁寧に説明しようしていて、会社の休憩室で何ちゅーくだらない話しをしてるのやら。
「あのさー!変な所でいちいち過剰に反応しないでよ!聞いてるこっちが恥ずかしいでしょ!平岡くんも余計な話ししなくていいから!全く!」
ようやくお弁当を食べ終わり、無駄な話しはもうおしまい!と、お弁当の容器をレジ袋へ入れようとした瞬間。
また賑わってきたトランシーバーでの応援要請。
どうやらまた、売り場にお客様が増えてきたようだ。
「売り場に戻るか。」「了解っす!」と、2人は同時に立ち上がり、休憩室を後にする。
「平岡、後でさっきの話しの続き聞かせろよ。」
「そんな大した話しじゃないんすよ?砂東フロア長が止めなかったらすぐ終わったんすから。」
「それでもいーから。」
「じゃあ〜〜、甘味さんの居ない所でなら。」
懲りない2人の会話を背中に、誰も居なくなった休憩室で、私はようやく落ち着いてペットボトルのお茶を口に含む。
「はぁ〜〜、やっと1人になれたぁ。」
その5秒後。
「甘味!何ボサっとしてんだよ?!お前も来いよ!」
「えー!まだ休憩時間10分も残ってんじゃん!」
「後でまた時間とってやるから!」
「絶対嘘!そう言われて取れた試しないもん。」
渋々私は立ち上がり。
私達はまた売り場へと戻って行った。




