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___ここ数年の物価高で部品代が高騰し、各コーナーの商品は大なり小なり価格への影響があった。
それはあのコロナ禍が収まった今でさえも、当たり前のように続いている。
地方の店舗はここ数年続く不景気で、私達の店よりも更なる人員削減が進んでいるらしい。
取り扱いの中小企業だって、コロナ禍以降、急に"倒産しました"なんて通達で知らせがきて、昔からお世話になっていたメーカーの倒産に、何だかやるせない気持ちになったり___
それでも、品揃えの良さが強みのこの店舗は、不景気といえど休日ともなれば店内は来店客で溢れかえるのだが。
昨日の暇だった土曜日の反動だろう、岸川店長の予想は見事に的中して、今日の日曜日の店内は朝一から来店客でごった返していた。
<ラジカセコーナーでお客様がお呼びです!>
<照明コーナーでお客様がお呼びです!>
<テレビコーナーの方、お客様からチラシに掲載されているテレビの在庫問い合わせの電話が入ってます!>
<斎藤さん!遠藤さん!レジは福原さんとパート、アルバイトに任せて売り場の接客に回って下さい!>
レジ者の正社員ですら、店長指示でコーナーの垣根を越えてフル稼働で動き回るも手が足りない状況に、私の眠気なんかはとっくに吹き飛んでいる。
そして、時刻はあっという間に11時30分。
「平岡~、甘味ちゃ~ん!少し早いけど、砂東フロア長から今のうちに1番に行くように言われたから僕と原田さんが先に行くからね~!」
接客の合間を縫って、配達商品の伝票確認をしていた私達に向かって手を振る松本さん。
「うっす!いってら!」
「うん!了解~!」
あまりに忙しすぎて、年長者の松本さんに対しても失礼すぎる私達。
それぐらい目まぐるしいのだ。
そして、また鳴り出すトランシーバーの呼びかけに、私達は方々の対応に散り。
その対応もひと段落し、また持ち場へと戻るその途中で砂東フロア長と出くわした私は、砂東フロア長の手に持っている伝票の量に思わず怯む。
「そんな顔すんなって。半分は直接配送先の倉庫から貰えるように既に引き当ててあるから、伝票の後処理だけ頼む。」
砂東フロア長は軽くそう言うが、あの量が全部私の仕事になっていたと思ったら流石に発狂もんだった。
「じゃあ、引当たってる分はチェックだけして配送日の棚に入れてたらいいんですね?」
「おう!あと半分は悪いけど頼めるか?指示は伝票に書き込んであるから。」
渡された伝票の文字を見ると、忙しかったのは分かるけど、辛うじて読める範囲の殴り書きだ。
「ちゃんと読める字で書いてよね!この文字を読み解くだけでも難題でしょ?!」
「お前から貰ったこのペンさ、書きやす過ぎて指がスラスラ〜と動くんだよな〜。いや〜、いいもん貰ったわ〜。ありがとな!」
私から奪ったままのボールペンをわざわざ胸ポケットから取り出し見せつけてくる辺り、性根が悪いというか何というかこの性格の悪さをみんなが知らないのが本当に悔しい。
「借りパクしといて良い様に言わないでよね?!」
ボールペンを取り返そうと手を出した瞬間またまた鳴り出すトランシーバーでの接客要請の声。冷蔵庫と美顔器で別々のお客様が呼んでいるようだ。
「残念でした!これはもう皆んなからは俺のもんで認知されてるからな。それじゃあ、俺が冷蔵庫に行くから甘味は美顔器な!伝票の処理も頼むぞ!」
「もぉー!!」
また方々に散る、伝票を小脇に抱えたままの私と身軽になったであろう砂東フロア長。
今を乗り越えれば、夜はどんなにか美味しいお酒が飲めるに違いない。
___それだけを夢みて頑張っていたのが13時過ぎだ。
「私達の休憩は何時ぐらいになるかな。めっちゃお腹が空きすぎて倒れそうなんだけど。」
少しでも隙間時間が出来ると寝坊した代償は大きくて、広い売り場をあちらこちらに動き回れば更にお腹は空いてくる。
「多分、いつも通り14時すぎくらいっすかね。こんなに忙しいからフルには休憩取れないでしょうから、もしかしたら順番が回ってくるのは早いかもっすよ? 」
やっと戻ってこれた自分の持ち場で平岡くんとそう話している間にも、 <レコーダーの所でお客様がお呼びです!>、 容赦なく耳元で鳴るトランシーバーには、すでにうんざりだ。
「黒物コーナーから返答がないっすね。甘味さんが行きます?」
「いや、なんでよ?!どーぞ平岡くん行ってきなよ。フフッ。なんせ230万だもんね。この調子なら狙える数字だよ!頑張って!」
親指をグッ!と立てれば、平岡くんは露骨に嫌そうな表情を私に返す。
「甘味さんの数字も乗っかってるんすよ?!他人事みたいに言わないで下さいよ〜。甘味さんも出来る限り頑張って下さいね?!」
「もちろんそのつもりですよぉ?」
「嘘くさいなー!絶対ですよ?!」
「はい、はーい。とりあえずはレコーダーのお客様はよろしくね。白物は任せて。」
先輩風をばっちり吹かせている私は、出来た後輩の平岡くんを見送る。
そして今日こそは定時で帰ってやろうと一人目論み、平岡くんに接客を押し付け、ここぞとばかりに砂東フロア長と自分の仕事をこっそり片付けていく。
そんな話しを平岡くんとしてからどれくらい時間が経っただろうか。
朝からグミ3個で無謀な賭けに出た私の空腹ゲージは、とうの昔に限界を迎えている。
途中でダッシュして水分補給に更衣室に走ったが、ただのお茶じゃ何のお腹の足しにもならない。
「甘味ちゃん。そういえば休憩行ったの?」と、理美容コーナー側の通路でお客様待ちの姿勢で立っている私に、通りすがりの松本さんが気にかけてくれる。
「いや、まだなんですよね〜。実は平岡くんもまだみたいで。」
「そりゃ、お腹空いたでしょ?もう行っちゃいなよ?」
松本さんに心配されるのも無理はない。
お店の時計を見ると、すでに時刻は15時55分を過ぎようとしている。
そして、私の中に沸き起こる一抹の不安。
冷蔵庫コーナーの前で、私同様待ちの姿勢の平岡くんに声をかける。
「もしかしてなんだけどさ、私達のお昼休憩って忘れられてないよね?」
「まさか!熊野フロア長ならまだしも、あの砂東フロア長が回してるんっすよ?そんな事ないっすよ。」
私から見てもしっかり者の平岡くんに"あの砂東フロア長"と言わしめる程、砂東フロア長の管理職としての働きぶりは完璧だ。
ここ数日嫌でも目に入る砂東フロア長を見ていて、新任のはずなのに、いや、新任だからか、隙なく完璧に業務をこなそうとする姿勢は尊敬出来る。だけど、あんなに気を張ってたら疲れちゃわないのかな〜なんて思ったりもするけど。
ま、私には関係ないか。
「私は忘れられると思うけどなぁ。」
すっかり砂東信者になってる平岡くんと、そこまで言われても砂東フロア長を信用してない私。
空腹なのはどちらも同じ。
「お腹空いたな~。みんな揃ってるし、もう勝手に行っちゃおっか?」
平日はフロア長が公休日が多い為休憩時間は自分達で判断する。しかし、日曜祝日はフロア長が売り場の人員配置を決め休憩時間の指示も出す決まりになってはいるが、熊野フロア長の時には忘れられる事はしばしばだった。
「そうっすね〜。そろそろ行かないと学生アルバイトが帰る時間になるっすもんねー。」
そんな中、渦中の人物が私達の横を颯爽と通りすぎる。
「あっ。」
呼び止めようか、一瞬の迷い。
でも、今聞かなきゃ次いつ捕まえれるか分かんないっ!
砂東フロア長も、私達同様あれからもずっと忙しそうで、売り場のあちらこちらで接客をする姿を見かける。
「ちょっと待って!」
「何??どうした??急用か??」
私の呼び掛けに振りかえってはくれたが、やっぱり砂東フロア長は急いでいるようだ。
「いや、そうじゃないんだけどさ。あのっ、」
「じゃあ、後でいいだろ??倉庫に在庫を取りに行くから後にして。」と、そのまま行こうとする砂東フロア長の腕をガシッ!と掴むと、砂東フロア長は少し驚いている顔をしているがそんな事はお構いなしだ。
「後じゃダメなんだって!もうお腹空いたの!私達のご飯まだぁ?!」
砂東フロア長の様子に私も慌てすぎて、まるでお母さんにご飯をねだる子供みたいになってしまった私の言葉。
「お前は育ち盛りのガキか!」
その私の言葉に、砂東フロア長からの期待を裏切らない突っ込みにぐうの音も出ず。
「甘味さん。そんな我慢できないくらいお腹空いてたんっすね。」
平岡くんはニヤニヤ笑うし、砂東フロア長は呆れ顔だし。
「違うんだってば!朝からグミ3個しか食べてないの!だからもう限界なんだって!」
「やっぱガキじゃねーか!日曜日で忙しくなるって分かってんだから、ちゃんと腹の足しになるもん食ってこいよ!」
「そうっすよ。しかもグミ3個って、」
大笑いの砂東フロア長のその隣で、平岡くんも笑いを堪えているようで、口に手を当て肩を揺らしている。
それでも、さすがにもう耐え切れない。
「朝から出勤してるのにもう16時になっちゃうじゃん!さすがに遅くないですか?!」
「あー、それな。ごめん!お前達の事すっかり忘れてたわ!」
「え~!そりゃないっすよ~!俺、砂東フロア長の事信じてたのに〜!」
「悪いな平岡!お前達が忙しそうだったから後回しにしたら、そのまま頭から抜けてたわ!でも俺もまだ行けてないから許せ!」
「砂東フロア長!男らしいっす!」
今の会話のどの辺りに男らしさを感じられたか疑問しか残らないが、本人達がそれでいいなら突っ込まず放置するのが懸命な判断だ。
なんせこの2人を一気に相手にすると、面倒くささの相乗効果で時間だけが無駄に過ぎてしまうのは目に見えている。
「だろ?じゃあ、そこで2人でくっちゃべってないで早く行け。」
「了解っす!」
一体、この二人の師弟関係は、いつの間に築きあげられたんだ…。
ものすごい早さでこの店を侵食していく砂東フロア長に脅威すら感じつつも、私だけは心を許すものか!と、決意を新たにする。
「何してんだ。限界なんだろ?お前も早く行ってこいよ。」
「あ。はい、はい。」
でもまぁ、砂東フロア長も忙しかったんだし、今回は多目に見てやるか。
私は砂東フロア長に背中を向け、スタスタと歩き出す。
「あー!甘味、やっぱ待って!」
そんな私を、砂東フロア長は呼び止める。
「何ですか?」
「今日も弁当を持ってきたのか?」
「弁当??いや、今からそこのコンビニに買いに行こっかな~て。」
「よかった!なら、俺のも一緒に買ってきて!この接客が終わったらパッと食いにだけでも行きたいからさ!」
「それなら手っ取り早く、レジ前のカップラーメンを買って食べればいーじゃん。たったの3分で出来るわよ。」
私のナイスな提案に砂東フロア長は信じられないといった表情をし、「え?」と発する。
「お前はコンビニ弁当で、俺はカップ麺?」
「そう。何がダメなんですか?」
「不公平すぎんだろ?!」
何を基準に公平さを決めているのか知らないが、砂東フロア長に文句を言われる筋合いはないのだ。
「なんでよー!そもそもアンタのせいで寝坊して弁当を作れなかったんだからねー?!それなのに、何でアンタの弁当まで私が買いに行かなきゃいけないの!」
「ついでだからいいじゃん!俺とお前の仲だろ?!じゃあ、俺もう行くから!ほら!」
「ちょ、、!」
伝家の宝刀みたいにブンブン振り回され使われる便利な言葉と、無理やり手渡された弁当代を残して、砂東フロア長は立ち去っていった。




