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休憩室の扉が開き自然とそちらに視線を移した先には、さっきまでレジにいたはずの砂東フロア長が入ってきて思わず心の声まで漏れてしまった。
「ゲッ!じゃねーよ。なんつー顔して見てんだよ。」と私に向かって言っている砂東フロア長の険しい顔の方が酷いと思うが。
「こんな所にまで何の用ですか。今からご飯なんですけど。」
話しはこれから盛り上がる筈だったのに、気分は一気に急降下だ。
「お前に用はねーし。俺も飯を食いにきただけだ。若林さん、掃除中すいません。手だけ洗っていいですか?」
シンクを掃除している途中だった若林ちゃんには、物腰柔らかく話しかける砂東フロア長。
「はい、大丈夫ですよ。」
そんな砂東フロア長に、若林ちゃんもニッコリ微笑む。
若林ちゃんに対する態度と、私に対する態度の違いこそ気になるけれど。
「わざわざトランシーバーで私が1番に行くって言ったんだから、そこはきちんと時間ずらしてきて下さいよ。今、売り場は平岡くんとアルバイトの子だけじゃないんですか?」
これは私が正論だろう。
私は砂東フロア長が売り場にいるからと思って、今のうちにとご飯休憩に入ったのに。
「エンタメコーナーは今日は人が多いから、先にご飯に行っていいって熊野フロア長が一階から上がってきてくれたんだ。」
「…熊野フロア長、また余計なことをっ!」
「気が利くの間違いだろ?!そんな事より、お前もう手は洗ったのか?文句ばっか言ってないで飯食うなら先に手洗えよ?」
世話の焼ける子供みたいな扱いに「言われなくても分かってます!」と返すと、手を洗い始めた私の横で若林ちゃんはクスクス笑う。
「若林さん、もうお子さんは大丈夫ですか?」
ガサツだったあの砂東くんが綺麗なハンカチを持っているのも驚きだが、手を拭き終わったハンカチをきちんと折り畳む仕草に人間の成長を垣間見た気がして驚きだ。
それに加えて、人の心配まで出来る様になったなんて。
思わずニヤついた顔を砂東フロア長にジロリと見られて、気まずさで視線を逸らす。
「ご心配頂きありがとうございます。症状が軽かったので今はもうすっかり良くなりました。今日は旦那が診てくれています。」
「それなら良かったです。」
大人な2人の会話に、ハンカチで手を拭きながらウンウンと私は頷く。
「砂東フロア長。私にも気を使わずタメ口で大丈夫ですよ?同じ歳なんだし。」
「あ、そうなんだ。29?」
「はい。チーム29歳で甘味ちゃん共々よろしくお願いします。私達はこの店舗は長いんで、砂東フロア長も何か困った事があったら言ってくださいね。少しくらいは手助け出来ると思います。」
若林ちゃんの言葉に、「ありがとう。」と一言、砂東フロア長は微笑み返す。
2人で話を進めるのはいいが、私までその仲間に勝手に入れて欲しくはない。
「私はよろしくしなくていいよ。1人で勝手にやってるから。どーぞ2人でよろしくやってよ。」
「はぁ??同じコーナーなんだからお前が1番俺によろしくだろうが!お前からまだそんな言葉すら聞いてねーぞ!」
砂東フロア長がここに来て数日。
よろしく所か、私が作業をしているとコイツが無駄に話しかけてくるから返事を適当に返しているだけ、こっちとしては上司と部下の必要最低限の会話しかしたくないんだ。
「そりゃ、私の気持ちはウェルカムじゃないですもんね?!そーなりますよ。」
「は?!」
「はぁ??!」
両者一歩も引かず睨み合う、大人な筈の私と砂東フロア長。
「アハハ!2人のあの噂は本当だったんだ!」
若林ちゃんは、私達を見て声を上げて笑う。その様子に、まさか私達の関係がもうバレてしまったのかと一瞬頭をよぎったが、目の前にいる若林ちゃんにすら教えてはいないからそんな事は絶対ないはずだけど。
「え?何??どうしたの?」
「初対面な筈のに、何故か2人がめっちゃ仲が悪いってレジのアルバイトの子達が話してたの!」
そういう事かと一安心。
ホッと胸を撫で下ろす。
「あー。まーー。そだね。仲は良くはないよ。上司と部下が仲良しっていうのもなんか気持ち悪いでしょ。ま、そもそも仲間だと思ってないから仲良くしようとも思わないけど。」
「お前がそーやって突っかかってこなければ喧嘩になんねーし!」
「アンタの存在が私をイラつかせてるのよ!だからご飯の時間だってずらせっつってんの!せっかくの休憩時間もアンタが居たんじゃ心が休まらないでしょ?!」
また懲りずに歪み合う私達。
あの頃も砂東フロア長とはこんな事しかしていなかった。
あの頃と違うのは、この言い合いの仲裁人が彩花と健一くんから若林ちゃんに変わった事ぐらい。
「まーまーまー。何かよく分かんないけど、初対面でそこまで本気で言い合えれば逆に仲良しなのよ。」と、若林ちゃんは私達を見て諭す様に笑い。
「仲なんて良くないし。」と、それでも不貞腐れる私。
「だとしても、今のは甘味ちゃんがけしかけたから始まった口喧嘩だよ?」
しっかり目を見て諭されれば、あまりの正論に何も言えず。
「ほら!やっぱお前が悪いじゃん!若林さんは大人だな。甘味も見習えよな。」
砂東フロア長の憎ったらしいドヤ顔に、まだポケットになおしていないハンカチをギュー!と握り締め。
「砂東フロア長もですよ?今の返しが余計なんですよ?そーやって煽るから喧嘩に発展するんです。」
人類皆若林ちゃんの考え方が出来たなら、きっと世界は平和なんだろう。
「あ、はい。すいません。」
「へへ!フロア長なのに怒られてるぅ!ダッサ!」
私や砂東フロア長みたいに思っている事を素直に口にするから、私達2人に平和なんて訪れる日は来ないだろう。
その証拠に砂東フロア長に「お前はクソガキか?!」と返され「それはアンタの方でしょ!」とお返しし、また始まる口喧嘩。
「あーまーみちゃん!ほら!言ってる側から!甘味ちゃんは素直で良い子だけど、今みたいに思った事をすぐに口に出しちゃうから砂東フロア長と喧嘩になっちゃうんだよ!それにいくら同じ歳でも、砂東フロア長は職場では上司なんだから卑下する言葉は使っちゃダメ!他の人に聞かれたらフロア長としての威厳がなくなっちゃうでしょ!」
「あ。ごめん、つい。……若林ちゃん、お母さんみたい。」
若林ちゃんの本気のお叱りに、私の口からついポロッとでた言葉が火に油を注ぐ。
「それって、口うるさいって言いたいの??そりゃあ、言うことを聞かないわがままし放題の子供2人を育ててるママだもん。今度また2人が子供みたいに口喧嘩してたら、店長の前でもビシバシ注意するからね!いい?!分かった?!」
遠藤ちゃんだけでなく、実はみんなが若林ちゃんを恐れている理由。
それは誰に対しても分け隔てなく均等に、違う所は違う!ダメな事はダメだ!とハッキリ言えちゃう所で、それは年上にしてもフロア長に対しても店長に対しても同じだ。
竹をスパッと割ったような若林ちゃんの潔い性格に私は羨ましいなと思うけど、絶対敵にまわしたくはない。
久しぶりの若林ちゃんのお説教に、私は本気で怯え。
「ごめんって。分かったからさ〜。若林ちゃん、怒んないでよ。怖いって。」
これには砂東フロア長も、「そこまで気を使わなくても大丈夫ですよ。甘味はこーいう奴だって分かってますから。」と私達の間に入り若林ちゃんをなだめ始め。
「砂東フロア長がそーやって甘やかしたら意味ないですよね?後ろに庇ってないでここに出して下さい。」
若林ちゃんは腰に手を当て、自分の前を指差し。
「別に甘やかしてはないんだけどさ〜。もうこれぐらいで許してあげて下さい。多分、甘味も反省してますから。」
「ダメです!こういうのは最初が肝心なんですよ?甘味ちゃんは言えばわかる子ですから最初にきっちり伝えておかないと!」
「だったら、それは後から俺が伝えるから。」
「甘味ちゃんの場合、今じゃないと意味ないんですよ!自分にとって大事な事以外は直ぐに忘れちゃうんですから!」
「あー、まー、確かに。」
若林ちゃんの迫力にジリジリ下がってくる砂東フロア長に、後ろがシンク台の私は逃げ場を失い砂東フロア長の広い背中にギュッしがみつき。
「子供みたいに言わないでよー!」
砂東フロア長の小脇からピョコと顔を出して、細やかながら必死の抵抗。
「若林さんが1番最強説あるな。」と、そんな私に砂東フロア長もボソッと呟き。
珍しく同意見の私は、砂東フロア長と目を合わせ。
「あのさ?」
「ん?どうした?」
若林ちゃんに背を向け、顔を近づけ2人でヒソヒソ話し。
「まさにそれなんだって。若林ちゃんってね、怒ってる時に掃除し出すの。掃除に集中すると気が紛れるんだって。」
「だから今も掃除してたのか?!だったらこの状況が今まさになんじゃね?!」
ヤバい!と、砂東フロア長と2人、口に手を当て目を見開き。
「もしそうだったら怖いから、砂東フロア長が確認してくんない??!」
「え?!お前のが長い付き合いなんだろ!それならお前が聞くべきだって!」
肘でお互い小突き合い。
「やだよ!もし怒ってる原因が泥々した女同士のいざこざだったらどうすんの?!」
「それなら尚更だろうが!男が変に首突っ込まない方がいいだろ?!」
砂東フロア長の浅い考えに、思わず鼻でフンと笑う。
「砂東フロア長はまだまだ青いなぁ。そういうのは、男の人を介した方が落ちつく場合もあるんだよ?知らんけど。」
「なら無責任な事言うなよ!余計ぐちゃぐちゃになって俺まで巻き込まれたらどーすんだよ?!」
「自分の保身だけ大事なの?!」
「お前もだろ?!」
「もぉーー!せっかくフロア長としての成長のチャンスを与えてやってるのにさー!女性同士のいざこざを解決出来てこそ、一人前のフロア長になれるってもんよ?」
「フロア長になってまだ5日だぞ?!そんな最上級の無理難題押し付けてくんなよな?!」
「えーー!仕方ないなー!じゃあここは、2人で聞いてみよっか??それなら公平でしょ?!」
「そうだなっ。妥協点はそこしかねーな。それじゃあ…。」
「若林ちゃん。」「若林さん。」
話しの折り合いがついた所で2人同時に振り返ると、そこには仁王立ちの若林ちゃんの姿があり。
「2人でいつまでいちゃついてんのよ!そんな時だけ結託しないの!!子供の作戦会議じゃないんだからさぁ〜。」
言いながら笑っちゃってる若林ちゃんにホッとする。
「へへ、ごめんね。」
「ハハ、すいません。」
たまにちょっぴり怖いけど、若林ちゃんがいるだけで雰囲気が和む。
「フフッ。もー、全く。仲が良いんだか悪いんだか。」
29歳の大人3人、目が合い苦笑いだ。
「あ、そうだった!」
私の突然の大きな声に、驚く2人の視線は私に集中。
「何だよ、急に?!」
「何〜?!甘味ちゃん?!びっくりするでしょー!」
そんな事はお構いなしに、シフトの入れ違いやらで久しぶりに会った若林ちゃんに"聞きたい事"があったんだと私は話し出す。
「あのさ!平岡くんから聞いたんだけど、明日の歓迎会はこれるんだってね!良かった!楽しみにしてるね!」
「そうそう!そうなの!!無理かなと思って不参加にしてたんだけど、旦那が早く帰ってきてくれるって!久しぶりに甘味ちゃんと飲めるね!私も楽しみだよ!」
「お酒も飲めるんだ!やった!」
若林ちゃんが飲み会に参加するのは何年振りだろう。
オープン当初は今よりも同年代の同僚がたくさんいて、お店全体でも仲良しグループでも、頻繁に飲み会が開かれていて。
「甘味ちゃんには到底付き合えないけど、程々にならね。」
「2人とも仲良しなんだな。」と砂東フロア長。
「甘味ちゃんとは、ここがオープンしてからの付き合いですからね。歓迎会の時にでも、甘味ちゃんの昔話しを聞かせましょうか?」
「え?!マジで?!めっっっちゃ聞きたい!!」
聞かれたくない話なら山ほどある。
その全てを知りつくす若林ちゃんの提案に焦りしかない。
「やめてよね!!余計な話ししなくていーから!若林ちゃん、時間大丈夫?!」
「あ!やばい!!もう休憩時間終わっちゃう!もう行くね!」
若林ちゃんが去った後、急に静まり返った休憩室に2人とり残され。




