22
そんな浮かれた女子達のグループLINEでのやり取りなんてすっかり忘れて、数日が過ぎていた土曜日。
「もうヘトヘトなんだけど!」
今の時刻は、22時55分。
私はまだ、お店の一階の倉庫の前にいる。
普段の私なら昼番でいくら遅くなったとしても、21時45分にはお店を出ている。
それがなぜ、棚卸しでもないのにこんな時間までお店に残っているかと言うと、それは今ここに一緒にいる砂東フロア長が原因なのだ。
「マジで悪いと思ってるって!」
あの頃、耳にタコが出来るくらい聞いたこの台詞。
口ではそう謝っているが、眉間に思いっきり皺を寄せながらでは全く誠意は感じられず。その態度もあの頃から何ら成長を見せない。
「クソ暑ぃーな!」
砂東フロア長はワイシャツの袖を腕まくりし、台車で売り場から持ってきた大量の商品を、私と一緒に配達商品置き場に降ろしている最中。
なんで、夜の倉庫に二人だけでこんな事になっているのか。
その理由は、昨日"砂東フロア長が休みだった"事が原因だ。
それは昨日の金曜日の話し____
昨日は砂東フロア長がお休みで、私は自分のペースで仕事をする事が出来ていた。
「甘味さん、今日絶好調っすね!羨ましいっす!」
砂東フロア長と出勤が重なった日は、あいかわらず酷い有様だった私の売上。
でも今日は昼番にもかかわらず、17時すぎた時点で私の売上は裕に80万を越えていた。
フロア長達の数字には足元にも及ばないにしろ、一般社員の平日の売り上げにしては上出来だろう。
「そうでしょー!今日はお客様の当たりがいいんだよね~。さっきのお客様なんて"これ下さい"で、10万もする掃除機を買っていったんだよ。」
ついでに作業もはかどれば気分は良くなり、ニコニコな私。
「ぶっちゃけ、それが一番ありがたいっすもんね。」
「そうそう。値引きも言われなかったしね。」
今のご時世、家電量販店に現物だけを見に来て、後はインターネットで安く購入する…と言うお客様も少なくない。
それはそれでいいと思う。
私だって洋服にしろ生活用品にしろ、めちゃめちゃネット通販を活用してるし、同じ商品なら1円でも安く購入したいは誰しもだろう。
でも中には散々商品説明をさせておいて、目の前でネット価格を調べ始め、こちらが思った以上の価格をご提示出来なかったら「じゃあネットで買うわ。」なんて馬鹿正直に言われた日には…。
こっちも人間。
売れなかった時の落胆は大きい。
って言うか、顔では平静を装いながらも腑は煮え繰り返っているから「それは、お客様のご自由なんで。」ってついつい返してしまう私の器の狭さ。
商品の中には、数年前から導入された「メーカー指定価格」と言った、メーカーが指定した価格で販売を行い、販売店側では値段が操作できない家電もある。
どの家電取扱店で購入しても価格は同じにしなければならないとルールが設けられていて、鼻っから値引きが出来ないと分かっていれば気が楽だが、どう説明していかに自分の店で購入してもらおうか…そこは店員の力量の見せ所なんだろう。
「でも。一番の理由は砂東フロア長がいないから、っすかね?昨日も砂東フロアにつきっきりで大変そうでしたもんね。」
「…せっかく忘れてたんだから思い出させないでよね。」
話しかけてくる平岡くんの横で、私は今日受注したお客様の伝票を1枚ずつ確認する。
砂東フロア長が不在の今日、さっさと自分の仕事を終わらせておかないと、きっと明日も容赦なく仕事を押し付けてくるに違いない。
「あっ、すません。でも甘味さん?知り合いでもないのに、何でそんなに砂東フロア長の事を毛嫌いしてるんっすか?甘味さんなら気に食わない人がいても、そこん所は上手くやれるはずっすよね?」
「え?あ〜〜、それは、、、」
勘の良すぎる平岡くん相手に適当な返事を返すと、余計に話がややこしくなる可能性がある。
ここは適当な理由をつけてこの場を離れるか___と考えていた瞬間、タイミングよくトランシーバーのイヤホンから耳に入ってきた私の名前を呼ぶ声に助けられ。
「平岡くん。ちょっと待って。」
イヤホンからは、もう一度私の名前を呼ぶ斎藤さんの声が聞こえる。
<はい!甘味です!>
<砂東フロア長から電話が入ってます。外線一番お願いします。>
<……はい、了解しました。>
返答し終わった後の、私のため息は深い。
これぞまさしく、噂をすればなんとやら…だ。
「平岡くんが砂東フロア長の話しなんかするから…。」
「なんか、本当すません。」
私は渋々、砂東フロア長からの電話を取りに行く。
面倒くさ。
ゆっくり歩いていったろ。
そしたら、痺れを切らして向こうが電話を切ってくれてたりしないかな〜。
どうせ、大した用事じゃないんだろうしぃ。
仕事は"量より質"だ"質より量"だ…の論争があるが、私達に問われるのは"量と質"のどちらとも。
自分がこなした接客数で売上高の増減は著しく変わってくるし、お客様相手の仕事だから信用に欠ける仕事は出来ない。
作業にしても同様で、ごちゃごちゃ他のこともしながら同時進行でなんて不器用な私には無理だから、優先順位を考えながら一個一個正確にを常に心がけている。
だからこそ、いいパフォーマンスが出来るように常に片手を開けた状態でのぞみたい。その為には、自分がしないといけない仕事はきちんと責任を持って自分でするが、そうじゃなくていいと判断した仕事は、空いてる人に手伝ってもらい振り分ける。
ここ数日の砂東フロア長を見ていると、人一倍仕事量は多いが、その仕事の見極めはスムーズで頭の中でしっかりとしたタスク管理が出来ているのだろう。
その仕事への取り組み方や姿勢など純粋に感心はするのだが、その仕事の振り分け先を私にするのだけはやめて欲しいっ!!
それでも容赦なく、せっかく頑張って空けた両手にすらお構いなしに物凄い仕事量を乗っけてくるのが砂東フロア長という男なのだ。
「…………………はいはい。お待たせしましたね。で、何でしょう?」
「お前な?!電話に出るだけに何分かけんだよっ。」
電話口でも騒々しい奴。
私以外の前ではあんなに紳士な態度なのに、同級生だっただけの私にこんな態度なら、彼女さんにはどんだけの態度の悪さで接しているんだろう。
「接客中だったんだから仕方ないでしょ。」
「ふぅーーん。斎藤さんは、平岡くんと楽しそうにおしゃべりしてますよって言ってたけどな。」
斎藤さん!
そんな所、馬鹿正直に伝えなくてもいいじゃん!
遠くの斎藤さんに視線を移すと、当の本人は何の悪びれもなかったんだろう。私が必死で目で苦情を訴えているのに「何?」とばかりにキョトンとしている。
「…………………ご用件を手短にどうぞ。」
「おいっ!って、まぁいいや!こっちも時間ねぇし。要件は、桑原様って言うお客様が今日店に行くんだけど、そのお客様の接客をお願いしたいんだ。」
「やだ。」
「やだじゃねーよ!てか、既にお前の名前言っちゃったしぃ。」
「言っちゃったし〜、なんてかわい子ぶってんじゃないわよ!なんで勝手な事すんのよ?!あんたが自分がいない日に売上を上げろって言ったから頑張ってんでしょ!自分が言った事忘れたの?!」
「悪いって!お前と俺の仲だろ?今度なんか奢るからさ!今日は頼むよ、なっ?」
陽気な店内ミュージックがかかる中、電話の奥でかすかに聞こえた女性の声を私は聞き逃さず。
「どーせそっちは彼女とイチャイチャしながら楽しい休日を過ごしてるんでしょ!」
「もしかして、妬いてんの?」
何でそんな発想になるのか。
私が砂東フロア長にそんな感情を抱くなんて、天と地がひっくり返ってもないだろう。
「ありえません!それでは彼女と楽しい時間をお過ごし下さい!桑原様の件は仕方ないから賜っといてあげます。じゃあね!」
「ち、ちょっと待てって!俺、彼女っ、…!」
砂東フロア長の言葉を待たずして、私は乱暴に受話器を置き自分の持ち場へと戻っていった。
そして気づけば、お店の壁に掛かっている時計の針は18時50分を差している。
店内を見渡せば、お客様はまばらだ。
「お疲れっす。もう上がりますね。」
「甘味ちゃん、僕も帰るから。一階には熊野フロア長がいるから大丈夫だよね。残った品出しはアルバイトの子に頼んであるから。なんせ、無駄な残業はできないからね。」
朝番の平岡くんと、エアコン担当のベテラン社員の松本さんが二人揃って帰って行く。
私の売上も砂東フロア長からの電話以降はサッパリ振るわず、やっぱりアイツに関わるとロクな事がないと再認識。
「さっ。お客様も少ないし、私は新製品でも出すかな~。」
その後もお客様は少なく、黙々と作業に没頭する事40分。
「あれ?!そう言えば桑原様って来てないよね?!もう20時だしっ。まさか、今日は来ないって事はないよね?」
<甘味さん、甘味さん。桑原様がレジにおみえです。>
「ですよね〜。でも、良かった~。閉店ギリギリじゃなくて。あ…、でも何を買うんだろ。内容聞いてなかったなー。ま、いいか。」
レジに向かい、目線をキョロキョロさせながら顔も知らない桑原様らしき人物を探す。
おぉぉ、、、
決して声には出さないが、心の中で驚きたじろく。
「お待たせしました。桑原様でございますか?」
私がそう話しかけた相手。
どこぞのホステスのママか!と思わせる出で立ちで、化粧濃いめ~の香水キツめ~の、多分この方も以前の砂東フロア長のお客様の羽山様同様お金持ち…なんだろうな。
、、、どこで知り合うんだろう???
砂東フロア長の人間関係に、一抹の不安を覚える私。
「あらぁ〜!あなたが"あまみ"さんね。オホホッ!砂東さんが言っていた通り変わった名前ね。かわいらしいわ~。」
「アハ、どーーもーー。」
アイツ…。
明日会ったら、マジでタダじゃおかない。
その後の、桑原様の買い物のっぷりが凄かった。
価格には目もくれず、広い店内をウロウロ歩きまわって、あれこれ選んで購入した数30点。
購入金額の総額ざっと60万。
私は桑原様の後ろを必死に付いてまわり、あれと〜これと〜と何の迷いもなく決めていく商品を一個も漏らさぬようにと必死にタブレットに登録する。
「これで最後ね。それじゃあ今選んだ商品、全て包装して4日後に配達お願いね。」
「桑原様、一応在庫を確認してもよろしいですか?」
在庫が店内か配達先の倉庫に無ければ4日後に配達なんて絶対無理だ。
「それなら大丈夫よ。いつも砂東さんはどうにか手配してくれてるから。これ、クレジットカードでお願いね。」
"どうにか"ね〜。
私なら、そんな確証のない言葉は信じないが、これは私の仕事じゃないから心配しなくていいかと、後の責任は砂東フロアに丸投げだ。
「何かありましたら砂東からご連絡させます~。」
そして、全ての手続きが終わったのが閉店時間の21時をちょっと過ぎた頃。
「桑原様、カードをお返し致します。それでは4日後の配達で承ります。」
「よろしくお願いしますね~。砂東さんにもよろしく~。」
「はい。ありがとうございました。」
ラベンダーな残り香を残して優雅に帰っていく桑原様。
その瞬間、すかさず私に寄ってくるギャラリーだった仲間たち。
「凄かったね~!あんな爆買い初めて見たよ~!」
「俺もだよ。この業界は長いけど、こんな事は初めてだよ。」
みんな興味津々に私が手に持って配送伝票を覗き込む。
「それで、甘味っち。合計いくらになったの?おっ!60万!やったじゃん!それで今日150万くらいいったんじゃない?フロア長並みじゃん!本当すごいなー!滑り込みセーフで今日の店予算は達成だ!」
田中さん達はワイワイ喜んでくれるけど、皆に伝えなければならない本当の真実。
「達成したのは喜ばしい事なんですけど。これ、砂東フロア長のお客様なんです。私の売上じゃないんですよ。」
私が何人ものお客様を接客して重ね上げた売上を、休みにも関わらず、たった1人のお客様で60万の売り上げを叩き出す憎いアイツ。
「あーーーーー。甘味っち。それはお疲れ様。」
何とも言えぬ、仲間達の哀れみの目。
「しかもですね。4日後配達なのに、買った商品全部を包装するですって。田中さん、一緒に手伝ってくれます?」
「あ…俺。閉店作業の途中だったな〜。続きしなきゃ。」
そんな事だから気が利かないって言われるんだと田中さんの傷をエグるが、逃げ足の早い田中さんはピューと私の前から立ち去り。
もちろん、他の仲間も一瞬にして方々に散らばる。
店全体の売り上げが良いに越した事はないが、販売員として数字の目標がある以上、自分の事以外に時間をさきたくないのは私も痛いほどわかる。
誰かの売上がいいと羨ましい気持ちもあるし、自分が作業指示優先で動かないといけない時に、店全体の売上が良いと妬む気持ちすら芽生える。
売上重視の販売員の私達だからこそ、誰しもそこはシビアだ。
私達は仲良くやってはいるが友達ではない。
あくまで仕事仲間なんだ。
皆プロ意識が高いのか。
はたまた上からの締め付け怖いのか。
なんて…
今は呑気に1人語りしている場合じゃない。
<砂東フロア長の携帯番号を知ってる方いますか?>
トランシーバーでの私の呼び掛けに「私、知ってますよ。」と、隣でレジ閉め作業をしていた大学生アルバイトの女の子。
「転勤してきて数日なのに、よく知ってたね?」
「はい!昨日聞いちゃいました~!他の皆も聞いてましたよ?」
これまた遠藤ちゃん同様、若さゆえの行動か。
「でも、LINEまでは教えてくれなくて。LINEの方が連絡しやすいのになー。」
あまりの早業に感心しかない。
私だったら、上司の連絡先なんて必要最低限の人だけ分かっていればいい。
仮にも同じコーナーで上司である砂東フロア長の携帯番号すら聞かないのは、その必要最低限に擦りもしないから。
「そうなんだ。じゃあ、ありがとー。」
砂東フロア長の電話番号が書かれたメモを受け取ると、私は早速お店の電話機から砂東フロア長に電話をかける。
_____プルルルル!プルルルル!プルルルル!____
「何で出ないのよ!出るまで鳴らし続けてやるんだから!」
長いコールの後、やっと出た砂東フロア長の声はなんだか気だるそうな声で、その声はきっと。
「え…。寝てました?こんな時間に?私に仕事を任せて?そんな事ある?!」
名前すら名乗らず、私は苛立ちを隠さず手に持っていたボールペンを親指でカチカチカチカチ。
「なんだ、甘味か。うわ、もうこんな時間。久しぶりによく寝たわ。」
電話口にまで響く大あくびに、私の苛立ちもピークだ。
「気持ちよさそうに"よく寝たわ〜。"じゃないわよ!桑原様めっちゃ大変だったんですよ!あーなるって分かってたんならきちんと引き継ぎして下さい!」
「いや、言おうと思ったらお前が電話を切ったからさ。まぁでも、お前なら大丈夫そうかなって。ごめんごめん。」
軽い謝罪に更に苛立つ。
コイツは煽りの天才なのかと、わざと聞こえる様にため息をつく。
「あのさぁ?!ごめん×2じゃないわよ!4日後の配達なのにまだ在庫の確認も出来てないし、買った30点全部包装してくれって言ってるんですよ?!これを今から私が1人でするんですか?!」
「それは大丈夫だから置いといて。後は自分でやるから。明日は俺、特にお客様入ってないし。」
「分かりました。私の仕事にならないなら大丈夫です。」
コレさえ聞ければ安心だ。
明日になって、いくら泣きついてこようが喚こうが、もう私の知った事ではない。
「おう!ありがとな。やっぱお前に頼んで良かったよ。マジで今度奢るから。どっか、、」
「結構です。」
一言吐き捨て、私はガチャリと電話を切った。
そして、ボールペンと一緒に持っていたアイツの携帯番号が書いてあるメモ紙を、憎しみを込め近くにあったシュレッダーへと送り込んだ。




