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購入された商品を駐車場まで運び羽山様をお見送りした後、これでやっと開放されると思いきや、どうやら私の考えは甘かったみたいだ。
「さ、次は自分の売上に専念しよっかな。アイツのせいで随分と出遅れちゃったじゃん。」
白物コーナーに目をやれば、商品を見ているお客様は沢山いて、まだまだ私にもチャンスはある。
だがしかし、このままレジカウンターに居ては他のお客様に捕まって、自分の売り場に戻れなくなるとその場をそそくさと退散しようとした瞬間。
「甘味!次はあちらのお客様の会計を頼む!」
捕まったのは、お客様ではなく砂東フロア長にで。
「えっ?!またですか?!何でぇ?!」
「いいから早く!まだ他にお客様が待ってんだからっ。それが終わったら、次やってもらいたい事があるから宜しく!」
「はぁ〜。はいはい、分かりました。」
まだまだ続く砂東フロア長の仕事のフォローに自分の仕事も売上もそっちのけ。
砂東フロア長が接客対応して、私がお会計をする、、、流れ作業を繰り返す。
もちろん、レジ計上は全て砂東フロア長でだ。
少しぐらい売上をくすねてやろうかなとも思ったが、後々面倒毎になるのも御免だし。
そして今は、お客様に声を掛けられないようにと、レジの奥にある高額商品を置いている倉庫に雲隠れし、砂東フロア長が抱えている仕事の引継ぎをしようとしている所だ。
「何で私なのよ。空いてる人なら他にもいるのにっ。私だって暇じゃないっつってんでしょ。」
砂東フロア長に聞こえないよう小さい声でぶつぶつボヤく。
「ん?何か言ったか?」と、砂東フロア長は私をチラッと見たが、「何でもないですよ。」と返す。
「それよりもさー、私にも仕事があるんだから早く終わらせてくれます?今日の予定が全部狂うんですけど。」
それに、広くないもないスペースで2人きりなんて、砂東フロア長と変な噂を立てられた日には私の方がたまったもんじゃない。
「分かってるって。後少しだからちょっとだけ待って。」
自分が入力した伝票に間違いがないか確認している砂東フロア長の横顔は真剣そのもの。
不思議だな。
学生時代を過ごした砂東くんと一緒に働いてるなんて。
昔は勉強嫌いだったのに、まともな大人になってんじゃん。
ここは邪魔しちゃ悪いかと、大人しく待機する。
「お待たせ!まずは取り急ぎ、この商品の手配から頼むわ。」
砂東フロア長の手に握られている伝票を覗き込む。
「あー、はいはい。倉庫にもメーカーにも在庫なしで手配が出来なかったんですね。それじゃあ、他店から手配しますね。」
砂東フロア長から伝票を受け取ると、胸ポケットからボールペンを取り出し、言われた事をその伝票に書き込み。
「察しが早いな。まじで助かる。で、次にこの伝票は宅配便で手配して。」
「めんどっ。」
宅配便でと簡単に言うが、商品が汚れないようエアチップで梱包して、宅配伝票を記入して、それを一階倉庫の宅配便回収エリアまで持っていかないといけないのだ。
「めんどじゃねーよ。仕事だろ。」
「アンタのね!」と渋々伝票を受け取り、その伝票にも目を通す。
「あれ?!ペンがない?!」
砂東フロア長は制服の胸ポケットに視線を移しボールペンを探している様子だが、自分のボールペンがないと分かると何故かその視線は私の胸元へと移り。
「ちょい貸して。俺のペンどっかに置いてきちゃってるわ。……お!お前のこのペン描きやす!」
何の返事もしていないのに無神経に胸ポケットからサッと抜き取られた一本のボールペン。それは砂東フロア長が言ったように、スラスラと書きやすいから高くても2本も買った私のお気に入りなのに。
「ちょっとー!返してよね!それ今日下ろしたての新品なんですけど?!」
しかも、コバルトブルーで綺麗な色だから大切に使おうと思って、まだ私ですら使ってなかったのにっ。
「ケチケチすんなって。すぐに返すから。で、えーと。どこまで言ったっけかな。あ、そうだ。メーカーさんに電話して、お客様に渡せるノベルティが切れたから持ってきてって言っといて。BOXティッシュでもいいからさ。」
「それなら、この前持ってきてくれたばっかだから持ち帰り用の倉庫にストックがありますよ。後で売り場に補充しときます。」
不貞腐れながらも言われた仕事はきちんとやる。
ここでコイツに恩をきせておけば、後々何かの役には立つかもしれないしぃ?
心底嫌いな奴でも、"フロア長"という立場のコイツをホイホイと敵に回す程、私はバカではない。
「悪いな。じゃあ次は…。」
「まだあるの?!こき使いすぎでしょ?!」
さっきの引き継ぎだけでも1時間くらいは裕にかかるのに、更なる仕事の上乗せはさすがに自分の仕事にも支障をきたす。
「接客が終わる度に次から次に話しかけられるんだから仕方ねーだろ?」
その光景は私も見ていた。
砂東フロア長が接客が終わった瞬間、次の女性客が砂東フロア長にすかさず声を掛け。
砂東フロア長も他の従業員に接客を頼もうとしたが、お客様が砂東フロア長ご指名でそれも叶わず。
「その顔面様々ね。フロア長にとっては店の売上に貢献できていい事じゃない。私にとってはただただ迷惑ですけどね!」
「俺とお前の仲じゃん?はい、ついでにこの伝票も頼むな。」
砂東フロア長から更に渡された伝票の量に私はもう手一杯。
「私の記憶違いでなければ、決してそんな仲ではなかったですよね?!」
「え?そうだっけ?俺の記憶が正しければ、俺とお前、結構仲は良かったはずだけどなー?」
記憶の改ざんは甚だしいが、ここでまたまた砂東フロア長はトランシーバーで呼ばれていて話しはストップ。
「じゃ、お客様の所に行ってくるから手配よろしくな。」
「はいはい。……って、私のペン!結局持っていっちゃった。」
砂東フロア長が去った後、入れ替わるように今度は若林ちゃんが倉庫の扉からヒョコっと顔を出した。
「わっ!それ、全部砂東フロア長の伝票?!甘味ちゃん、大変そうだね。私も手伝おうか??」
「大丈夫だよ。レジは忙しいからねー。これぐらいなら私で処理出来る量だしね。」
総合カウンターも兼ねているレジ担当者の仕事は、売り場にいる私から見ても大変そうだ。
商品や部品の取り寄せ対応に、修理コーナーの担当者が不在の時の修理品の受付に引渡し。
電話対応も基本はレジ者がしてくれていて、人数が減っているここ数年は、売り場の担当者だけではお客様対応が回っていない時には、店長指示で容赦なく売り場の接客へと配置される。
「そう?甘味ちゃんは頑張り屋だから、何でも1人で抱え込まないようにね?できない事はできないってちゃんと言うんだよ?」
若林ちゃんだって忙しいはずなのに、いつも私の事まで気にかけてくれて。
遠藤ちゃんは厳しい!なんて言うけれど、私にとっては大好きで大事な同僚だ。
「これは私の仕事じゃないからね。出来なかった時は砂東フロア長に突き返してやるから大丈夫!」
「そっか!でもさ、砂東フロア長って凄いイケメンだね!今日初めて会ったけど、こんなイケメンいるんだって本当にビックリしちゃった!甘味ちゃん、よく平気そうに話せるね?!私だったら会話すら狼狽えちゃうよー。」
手に握っていた色違いのボールペンを胸ポケットにしまうと、持ち去られた特にお気に入りだった方のボールペンを思い出しまた怒りが沸々と。
「いや、そんな尊い存在でもないでしょ?あのタイプは、甘やかすとつけあがっちゃうからね。若林ちゃんも普通に接して大丈夫だよ。」
仕事は出来そうにしても、持って生まれた性格はそうそう治らないもんだ。
元に十数年ぶりに会った砂東フロア長も、見た目以外あの頃から成長した素振りを全く見せない。
「あれ?甘味ちゃんって、砂東フロア長と知り合いなの??」
今日何回目かのこの質問に、若林ちゃんになら話してもいいかな…と自問自答。
でも、火のない所に煙はたたない。
その噂の火種に、私自らなる訳にはいかない。
「え、いや。…私の予想?」と、苦し紛れに搾り出した言い訳。
「あーー、甘味ちゃんの予想かー。そっか、そっかー。んーー、でも。甘味ちゃんの予想ほど当てにならないものはないからなー。」
「酷いー!なにそれ!」
若林ちゃんは悪びれる素振りもなく楽しそうに笑い。
「でもさ、遠藤ちゃんはアピールが凄いよ。」と小声の若林ちゃんに、私も「そだね。」と小さい声でヒソヒソ話し。
「今日もバッチリメイクしてるしね!恋する乙女で可愛いじゃん。お姉さん達で見守ってあげようよ。」
「余裕だね〜。砂東フロア長ってさ、絶対甘味ちゃんのタイプでしょ?砂東フロア長の顔から出立ちまでまるっきり甘味ちゃんの理想にどハマりだよね。」
私の事をすいも甘いも知り尽くした若林ちゃんの発言は、確かにそうなのだけど。
「ないない。男性は心よ?」
「イケメン大好きな甘味ちゃんがそれを言う?!説得力の欠片もないよ?!」
「いやぁ〜、若い頃はそれで良かったけどさ。もうこの歳で外見ばっか追うのも痛くない?」
「確かに一理あるわね。甘味ちゃん…。成長したね…。」
「でしょ?」
2人でキャッキャッと楽しい時間。
絶対他の人には聞かせらんない。
忙しい中でも、こういう息抜きも必要だ。




