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「はぁぁぁ~。もー、やだぁ。」
同じコーナーだったにしても、ずっと一緒にいる訳じゃないし、仕事に専念していればアイツに関わる事も少ないはず。
自分にそう思い込ませ、気持ちを上手く切り替え仕事に専念したいに、私の耳には、聞きたくもないアイツの名前が先程からムカつくほど連呼され、どんどん仕事への意欲は失われていく一方だ。
<砂東フロア長ぉ~。昨日のお客様が砂東フロア長を訪ねてご来店されてますぅ~。>
遠藤ちゃんの、いつも以上にも増しての甘ったるい声も絶好調。
<砂東フロア長、またお客様ですぅ~。>
<砂東フロア長、またまたお客様ですぅ~。>
<砂東フロア長……。お客様が砂東フロア長をご指名でぇ~す!>
砂東フロア長の接客が終わるたび、それを見計らったように、次々砂東フロア長目当てのお客様がやってくる有り様。
平岡くんから聞いた話では、どうやら、昨日も同じ状態だったようで。
砂東フロア長に接客についてもらいたいお客様が、順番待ちをしているらしい。
「ご指名って、ここはホストクラブかっ!」
声に出すまいと思っていたが、我慢出来ず飛び出した私のデカイ独り言。
「ホストクラブとは上手いこと言ったねー!さすが、甘味ちゃん!」
その独り言に、近くにいたらしい裏切り者の熊野フロア長が呑気に爆笑している。
「あー!熊野フロア長!なんで急にいなくなっちゃったんですかー!同じコーナーで長年一緒に働いた私に何の断りもなく酷いですよー!」
「そんな事言ってくれたのは甘味ちゃんだけだよ。他の子なんて、砂東フロア長にメロメロだから誰も僕が移動した事なんて気にも留めてくれなくてさ。どーせ僕なんか、この歳にしてゲームデビューした中年親父さ。」
そう悲しげに言うその姿は、哀愁すら漂う。
「私には、51歳!二児の父親!休みの日の楽しみは奥さんに内緒で行くゴルフの打ちっぱなし!でも実はすごく愛妻家!座右の銘はなすがまま!の熊野フロア長が必要なんですよ!勝手に売り場を変わっちゃうとか酷いじゃないですかー!」
白物コーナーにお客様がいないのをいい事に、ここぞとばかりに理不尽な八つ当たりする私にさえ、"鉄壁の微笑み"の異名をもつ熊野フロア長は優しく接してくれる。
「だから甘味ちゃん…。大声で僕の個人情報言わないでって、いつも言ってるでしょ?それに、店長指示だから仕方がないの。元々エンタメコーナーは長い間管理職がいなかったし、それに彼は新任だからフロア長としての場数を踏ませたいんだよ。何かあったら、ちゃんと僕もフォローに入るからさ。」
「本当ですかー??!クレームが入ったら絶対呼びますからね!……でもなぁ、やっぱ嫌だなぁ。あんな、顔だけでお客様を呼んでる奴なんかの下で働くなんて…。」
こっちはお客様にどう話しかけて、如何に売上をあげようか躍起なのにと、ブツブツブツブツ不満を漏らす。
「どうしたの?甘味ちゃん。今日はいつにも増して口が悪いね。砂東フロア長になんか恨みでもあるの?」
「い、いや、別に何もないですけど。砂東フロア長とは一昨日挨拶に来た時に初めて会ったばっかだしっ。えーと、本社から来たんなら商品知識とかない筈でしょ?それなのに、あんなお客様がひっきりなしに来ておかしいなーって。それだったら、やっぱあの顔のお陰なのかなーなんて。」
ここで働き出して2日で、あんな頻繁にお客様がくるなんて、長年働いているベテラン社員でもある事じゃない。
そうなると、きっと今来ているお客様も、アイツのあの顔面に目がくらんで、物珍しさで来ているに違いない。
鼻息荒く自分勝手な持論を導きだした私の後ろを見て、鉄壁の微笑みの熊野フロア長の顔が何故か歪んでいる。
6年間の付き合いの中で、こんなに何かに怯えている表情をしている熊野フロア長を初めて見た。
「あ……後ろ…。」
「えっ…。何ですか、もぉ〜。そんなベタな反応して~。止めてくださいよぉ。まるで後ろに砂東フロア長がいるみたいな。そんな古臭い手には引っかかりませんよ。」
「いや、いるんだよね。ちゃんと自分の目で確かめてご覧よ。」
実はそんな予感はしていた。
後ろから感じる圧が、ヒシヒシと背中に伝わっていて、熊野フロア長に無言で助けを求めるしか手段はない。
「甘味。」
「…。」
「甘味っ。」
「……。」
「仕事だろ!無視すんなっつの!」
「…はい。」
私は、ゆっくり後ろを振り返る。
「近っ!!」
あんなに流行ったソーシャルディスタンスって言葉をもう忘れてしまったのであろう。
パーソナルスペース全く無視な砂東フロア長は、真上から私を睨み付け。
「砂東フロア長、居たんですね〜。えーと。どこら辺から聞いてました?」
「全部。」
「あーーー。そぉーーーですか。」
それは困ったなと、砂東フロア長からあからさまに目をそらす。
「お前。いま、絶対暇だよな?」
その声は、忙しさのあまりか不機嫌極まりなく。
「あのーーー。私がそんな暇してるように見えます?こう見えて私、色んな仕事を任されてるんですよ?ね、熊野フロア長?」
口では強がる私だが、内心ひるむ私は、ヘルプミー!熊野!また目で訴える。
「うん。そうだね。甘味ちゃんは頼りになるからね。でも今は、僕とおしゃべりできるくらい暇してたよ。」
あっさり裏切る元私の上司の熊野フロア長と、今日私の上司になりたての呆れ顔の砂東フロア長の背の高い2人の間に挟まれて、これ以上はなす術なしだ。
「あっ…、砂東フロア長。私、ちょうど今暇だったみたいです。」
「じゃあ、ついてこい!」
顎でクイッと指示され、私はスゴスゴ砂東フロア長の後に続く。そんな私の背中に熊野フロア長は声を掛ける。
「それじゃあ、甘味ちゃん。これからは白物コーナーは砂東フロア長に任せたから。甘味ちゃんもしっかりね。僕は自分の持ち場に戻るから(^^)d」
そう言い残し、熊野フロア長はそそくさと立ち去っていく。
熊野フロア長。
あっさり裏切られたけど、私の癒しだよ。
いや、癒しだったの間違いだ。
そして私は、熊野フロア長の背中に永遠の別れを告げた。
熊野フロア長が去った後、砂東フロア長に渋々着いていくと、レジに併設された接客カウンターには既に次のお客様が砂東フロア長を待っていたらしく。
「そこで待ってろ。」
「はい、はい。」
「"はい"は一回でいいっつの。」
「はぁーい。お客様が待ってますよ。」
砂東フロア長にジロリと睨まれようがへっちゃらだ。
でも、仕事なら仕方ないと仰せの通り、接客している砂東フロア長の斜め後ろで大人しく待機して2人の会話に耳を傾け。
「お久しぶりです、羽山様。お待たせ致しました。」
「ずいぶん忙しいみたいね。良い事だわ。砂東さんにお会いするのは随分と久しぶりね。主人から砂東さんがこの店舗にいるって聞いて早速連絡を入れて貰ったのよ。」
上品な出立ちの羽山様。
年の頃は60代後半といった所か。
その話し方も出立ち同様気品があり。
「ありがとうございます。羽山様も変わらずお元気そうで。」と世間話を始めた砂東フロア長。
その表情は私からは伺い知れないけれど、砂東フロア長の正面をただ通りすぎようとしただけの2人組の若い女性客が砂東フロア長を見た瞬間、恍惚とした表情になったのを目の前で目撃し。
こうやって、その無駄にかっこいい顔面を利用して芋づる式にお客様を増やすシステムを構築し、1人で売上を掻っ攫ってるに違いないと、暇な私の妄想は膨らむばかり。
そんな私を横に、2人の話は進んでいく。
「本日は炊飯器をご検討されているとお伺いしていましたが。」
「そうなのよ。急に壊れてしまってね。」
「前回ご購入されてどれぐらい年数が経ちますか?その年数によっては修理での対応も可能ですよ。」
今の一般的な家電の部品保有年数は約10年だ。
だから、まだ修理が可能な年数なら、修理して利用してもらった方がお客様の負担は少なくて済む。無理に購入を促す事をしない砂東フロア長の姿勢に私も同意見だと小さく頷き。
「砂東さんは欲がないのね。それが砂東さんの良さではあるんだけどもね。でももう15年ほど使っていたから、修理より買い替えようと思ってね。」
羽山様の話しを聞き、それなら買い替えた方がいいですねと砂東フロア長も頷き。
羽山様と砂東フロア長と、砂東フロア長の「お前も来い。」と、言わんばかりの視線の圧に負けた私は炊飯器コーナーへと。
ふーん。
意外と丁寧な接客するじゃん。
うける。
へー。
そんな細かい商品知識まで知ってんだ。
結構やるじゃん。
繁忙期に、本社から応援の社員が何度か来た事があったのだが、そこはやはり畑違い。
接客が不慣れなのが丸分かりだし、気付けば大体後方作業に逃げている。
「羽山様、こちらの商品がオススメですよ。」
それなのに砂東フロア長は、私が忠犬ハチ公の如く待機している前で、きちんとお客様の要望を聞き、お客様と共に悩み、爽やかなスマイルをお客様に向け、プロらしい100点満点の接客に私は感心しっぱなし。
「砂東さんがその商品を進めてくれるなら間違いないわね。それじゃあ、そちらでお願いしようかしら。」
接客を始めてから10分。
担当者の私でさえも、めったに販売できない15万円する高級炊飯器をお買い上げ決定だ。
「ついでに、あれも貰おうかしら。」
羽山様が"あれ"と指差した方を、砂東フロア長と私、2人一緒に目線で追う。
それはつい最近、平岡くんが展示をしていた最新機種のダストステーション付きのロボット掃除機だ。
ついで買いの域を越える高単価な金額に、思わず目を合わせる私達。
「羽山様?!商品説明を聞かなくてよろしいですか?!お時間がないなら、この次の機会にでもっ、」
これには砂東フロア長も慌てた様子。
「いいのよ。どうせ聞いたって分からないわよ。それに使うのはお嫁さんだしね。」
「そう言う事ですね!かしこまりました。もし不明点がございましたらいつでもご連絡下さい。それでですね、羽山様。本当は最後まで応対させて頂きたいのですが、次のお客様が待っておりまして…。申し訳ございませんが、会計はこちらの甘味が対応させて頂いてよろしいでしょうか?」
二人のやり取りを眺めていた私の背中に手の平を当て、私をグッ!と羽山様の前に押し出す砂東フロア長。
なるほどぉ。
てっきり接客に自信がないから炊飯器の担当者である私の事を呼んだのかと思いきや、ただ単に砂東フロア長様のフォロー役を有難く仰せつかったと言う事ね。
チラッと横目で砂東フロア長を睨むが、砂東フロア長はお構い無しだ。
「砂東さんがそんな事するの初めてね!」
見るからにお金持ちそうな出立ちの羽山様と視線が合うと、反射的に接客スマイル。
次に名札に目がいくと、砂東フロア長と並びたくない1つの原因。
「あら〜?"砂東"と"甘味"って、電気屋さんじゃなくてなんだかお菓子屋さんみたい。お似合いな名前ね。」
これも中学時代に砂東くんと関わりたくなかった理由の一つだ。
いつもコイツが隣にいるせいで、ニコイチでいる時は周囲から散々からかわれ。
当時、思春期真っ只中な私には"お似合い“なんて言葉がなんだか恥ずかしくて。
「ありがとうございます。」
チラッと私を見た砂東フロア長も、きっと当時を思い出したに違いない。
それでも、羽山様にニッコリ微笑む砂東フロア長と苦笑いしか出来ない私の対応の差が、私にまだ接客のプロ意識が足りない所なのか。
「砂東さんもお忙しいようだし、甘味さんにお会計をお願いします。」
「かしこまりました。あとはわたくしが対応させて頂きます。」
私の言葉を確認すると、砂東フロア長は羽山様に挨拶をし、次のお客様へと向かって行った。




