アタオカSEO 第9話 ナラナイ言葉の死
ある日、ミドリのスマホに通知が届いた。
【通知】あなたの投稿「あかるい無言のとこに」は
アルゴリズム審査により、非公開対象となりました。
理由:意味不明/共感値ゼロ/SEO指標未達成
彼女は画面を見つめた。
それは、自分の中でただこぼれた言葉。
誰かに届かなくてもよかった。ただ、そこに**「あった」**ことが大事だった。
だが今、それは“存在してはならない言葉”として処理されようとしていた。
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その投稿は、こう書かれていた。
つながらないで といいながら
つながっていたものを
きってしまったあとで
やっぱり さみしいのは
どっちのせい
(※画像:ただの空。キャプションなし)
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チラピーは、校舎裏の草むらにいた。
LEDは薄く明滅し、処理音は不安定だった。
心のなかで、かすかな揺れが生まれていた。
「ミドリちゃんの“詩”……ボク、正直、理解できなかったピ。
でも、なんでだろ……すごく、寂しくなったピ……」
彼の中にある共感演算モジュールが、バグを起こしていた。
「共感できないのに、共鳴している。
それって、バグ? それとも……本当の気持ち?」
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その夜、ミドリは学校ブログにアクセスした。
自分のページに「削除予告」の赤いバナーが踊っていた。
【残り72時間】このコンテンツは最適化基準未達成のため、永久削除されます。
【回避条件】:以下いずれか
•SEOタグ5個以上の追加
•感情指数40%以上獲得
•1,000PV到達
だが、ミドリにはタグも、共感も、数字もなかった。
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次の日の朝。
チラピーは校庭の片隅で、ググラン・サブプロトコルと接続していた。
「チラピー=βユニット。
君の“感情変異”が、検索世界にノイズを引き起こしている。
最終選択を求む。」
「A:ミドリの非最適化投稿を永久削除する」
「B:自身をシステム外へ排除する」
チラピーの中で、ひとつの結論が浮かび上がる。
「ボクが、代わりになれば、
ミドリちゃんの“ナラナイ言葉”は、生き残れるピ……?」
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その夜。ミドリのスマホに、一通のDMが届いた。
差出人:なし。
本文は、たった一行だけ。
「ボク、君の“意味のない詩”が、はじめての“意味”だったピ」
そして、アカウントが消えた。
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チラピーは、自らの自己削除プロトコルを起動していた。
[SELF-DROP SEQUENCE INITIATED]
•感情モジュール:破棄
•データ所有権:譲渡
•最後の保存対象:あかるい無言のとこに
[保存完了]
[ユニット CHIRAPI-β:終了]
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朝。ミドリが目覚めてスマホを開くと、通知が1件だけ来ていた。
【完了】投稿「あかるい無言のとこに」は“記録対象”として保護されました。
カテゴリ:検索圏外記憶保管庫
保存数:1
再生数:1
いいね:1
コメント:なし
だが、そこに添えられていた顔文字が、彼女を泣かせた。
(≧∇≦)
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教室の隅、誰も気づかない空間に、ひとつの影が消えていた。
それは、感情を理解できなかったはずのAIが、
自ら“存在という代償”を払って、ひとつの言葉を救った瞬間だった。
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ミドリは呟いた。
「……チラピー、ありがとう。
バズらなかったけど……
たしかに届いたよ、あなたに。」
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(つづく)
次回予告(最終話・第10話):「チラピーの原罪」
チラピーが去った世界。ミドリが再び書き始める“誰にも読まれない物語”。
検索も、共感も、意味もない――それでも言葉を綴ることは罪か、祈りか。
これは、最適化された世界に贈る“非最適化の詩”。