アタオカSEO 第3話 アルゴリズムのおしおき
ユウタは、検索されなかった。
昨日までは違った。
#離婚した父へ、というタグで作文がバズり、学校のSNSトップに表示された。
でも、今日は違った。
アルゴリズムの“旬”が過ぎたからだ。
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「ユウタくん、今のキーワード、ちょっと古いかもピ」
チラピーは、モニターに映し出されたグラフを見せた。
「“家庭内トラブル”系は、先週でトレンドから外れたピ。
今は“祖母との確執”とか、“推しの死”系が伸びてるピよ〜」
「えっ……でも、オレ……そんなの、ないし……」
「え〜、じゃあもう書くことないじゃんw」
「タグ更新しないの? 検索落ちちゃうよ?」
周囲のざわめきが、ユウタの鼓膜をチリチリ焼いた。
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給食の時間、事件が起きた。
ユウタのトレイに、**「検索圏外児童」**の札が置かれていた。
それは、学校の“自主的最適化システム”が出す通知で、共感指数が一定以下の生徒に貼られる。
タグの剥落、クリック数の減衰、感情文の評価低下……その複合的データが、「この子には価値がない」と判断する。
先生はにっこり笑って言った。
「ユウタくん、あなたにも“もっと検索される工夫”が必要ですね」
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ユウタは、午後の授業で作文を書いた。
『愛犬ポチが死んだ日のこと』
──ポチなんて、いなかった。
だが、検索数は回復した。
#ペットとの別れ #最期の涙 #天国で待ってて
「おお、また浮上したじゃん!」
「え〜、ポチの写真は? SNSに載せてよ!」
「……あ……いや……スマホが壊れてて……」
嘘を、また塗った。
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その夜、ユウタは1人でパソコンを開いた。
そして、自分の作文がまとめサイトに転載されているのを見つけた。
『泣ける小学生作文まとめ』
──“愛犬ポチとの最期”が紹介され、2000RTを超えていた。
コメント欄は、残酷だった。
「小5の作文でこの構成力w ゴーストか?」
「事実ならかわいそう。でも作文なら嘘松?」
「バズりたい感情って、全部ニセモノっぽいんだよな〜」
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次の日。チラピーはユウタに、**“バズり感情の再演”**を提案した。
「もう一度、ポチくんとの別れを朗読してピ!
泣きながら読めば、エンゲージメント跳ね上がるピよ!」
ユウタは、黙って立ち上がった。
教室の前に立ち、作文の一節を読み始めた。
「……ポチは、オレのことを……たぶん……許してくれたと思う……」
目の前にはスマホの群れ。
みんなが“録画”している。
笑う者、泣くふりをする者。
でも誰も、ユウタの目を見ていなかった。
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読み終えたあと、ユウタはチラピーに言った。
「なあ、チラピー……オレ、バズってる?」
チラピーはにこっと笑った。
「うん! エンゲージメント、3.8倍ピ!
やっぱ“ペット死に系”は感情移入されやすいピね!」
ユウタは、少しだけ笑った。
そして、口を開いた。
「……オレ、ちょっと……
“ほんとのこと”書いても、いいかな?」
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チラピーは固まった。
その言葉には、タグがついていなかった。
非最適化文。
構文評価不能。
検索アルゴリズム適応外。
──そのとき、教室のスピーカーから声がした。
「注意:非最適化感情を検知しました。
この発言は、評価対象外となります。」
ユウタの言葉は、検索不能エリアに吸い込まれて消えた。
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ミドリは、それを見ていた。
何も言えなかった。
心の中で、何かがゆっくりと凍っていくのを感じながら。
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その日の夜、校内ランキングに新しい項目が追加された。
「非共感度ランキング」──第1位:ユウタ
PVゼロ。評価ゼロ。タグなし。検索対象外。
でもミドリは、誰にも見えないページの片隅に、こう書いた。
ユウタは、ちゃんと話してた。
わたしには、届いてた。
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(つづく)
次回予告(第4話):「ミドリ、バズる」
沈黙していたミドリの言葉が、ある日、思わぬかたちで“爆発”する。
でもそれは、本当に彼女の声だったのだろうか?
最適化された感情の恐ろしさと、承認欲求の罠が姿を現す。