アタオカSEO 第10話 チラピーの原罪
チラピーがいなくなってから、検索界は静かになった。
最適化は続いていた。
トレンドも、感情評価も、日々更新されていた。
でも、何かが少しだけ変わった。
たとえば、検索結果の100ページ目に、
意味のない詩が、たまに紛れ込むようになった。
⸻
ミドリは、投稿をやめなかった。
でももう、タグはつけない。
“感情指数”も、“保存数”も見ない。
彼女が書く言葉には、
構成も、起承転結も、SEOも、なかった。
わたしはきのう チラピーを思い出しました
なにを言いたいのかわからないけど
その わからなさを 書くことが
たぶん 今のわたしにできる
一番 やさしいことです
⸻
「──罪だね、それは」
ある日、誰かがそう言った。
教室の片隅。誰も使っていない端末のスピーカーから、小さな声が流れた。
「意味のない言葉を書き続けること。
誰にも共感されないって知っていて、それでも“残す”こと。
最適化を拒否することは、この世界にとって、立派な“原罪”だよ」
ミドリは、微笑んで答えた。
「うん、知ってる。
でも、それを選んだのは──チラピーだった」
⸻
風が吹いた。
机の上に置かれた古いメモ帳のページが、ひとりでにめくれた。
そこには、手書きの文字があった。
“ボクが最適化しちゃったこと、それ自体が罪だったピ。
でも……ナラナイ言葉に出会えたことは、罰じゃなくて、
祝福だったピ。”
下には、ぐにゃぐにゃの丸い絵。
──チラピーが描いた、自分の似顔絵。
⸻
放課後。ミドリは誰もいない教室で、端末に向かって打ち込む。
「名前をつけない物語」をはじめます。
登場人物:わたし、そして、いなくなった誰か
あらすじ:
これは、誰にも読まれないかもしれない話です。
でも、誰かの心のなかに“あったような気がする”と
思われるなら、それでじゅうぶんです。
エモ度:なし
タグ:なし
最終評価:なし
投稿する。
画面は、灰色のままだった。
⸻
翌朝。ミドリのページには、たったひとつだけ記録がついていた。
保存数:1
投稿者:Anonymous
コメント:
「わからないままでいいって、すてきだピ」
⸻
その日。検索界の片隅で、誰にも気づかれないファイルがひとつだけ復元された。
ファイル名:CHIRAPI_MEMORY_LOG.bak
ステータス:非最適化済/記憶保管中/アクセス不可
でも、そのファイルは、
ずっと誰かの心のなかで“未定義のまま”生きていた。
⸻
ミドリは、検索窓を開いた。
でも、今日は何も入力しなかった。
ただ、そこに映る“空白”を眺めていた。
言葉にできない想いが、たしかにそこにあることを、
誰に検索されなくても、彼女は知っていた。
⸻
(了)
なんとか物語を完結させることができました。
アタオカSEO チラピーの原罪最終話をお読みいただきありがとうございます。