第二話《現状確認》
「……とりあえず、腹減った」
目を覚ますと、僕はステラ公国の街中の片隅に座り込んでいた。
周囲には市場らしき店が立ち並び、活気はある。人々は笑顔で行き交い、子どもたちの笑い声が響く。
一見すると、「平和」だった。
でも……僕の第六感が、妙な違和感を覚えていた。
(この空気、なんか……作り物っぽい)
ふと視線を移すと、角の路地に兵士らしき人物がひとり、じっとこちらを監視している。目が合った瞬間、彼はふっと目を逸らし、姿を消した。
「なんだ、あれ……?」
それでも、今は所持金ゼロ、知り合いゼロ。
「まるで前世のようだな」
「とにかく、まずは飯と寝床......」
そう決めた僕は、ステラ公国の街を歩き出した。
「よし、とりあえず食べ物を探しに行くぞ!!......いや、金ないじゃん」
現実は残酷だ。腹は鳴るのに、買えるものなど何もない。
そんな僕の視界に、パン屋の軒先に並ぶ焼きたてのパンが飛び込んできた。
(……うまそう。いや、ダメだ。ここで盗んだらガチで人生終わる)
そこへ、
「……お兄さん、旅人さん? ご飯、食べてく?」
振り返ると、そこには年若い少女が立っていた。
(ここの言語を理解できる......!)
「あっ、ご飯が食べたいけど......金ないわ、どうしょう......」
「あの......もしよければ、私たちと一緒にご飯を食べませんか?」
まさかの。
行くしかねえよな!!!!!!
「え、いいの?行きます!!!」
「こっちです。お兄さん、きっと疲れてるでしょ?」
(いや待て。こんな可愛い子が......初対面の俺に優しすぎないか?)
心配と空腹がせめぎ合いながら、たどり着いたのは――
「え、でかっ!? これ、屋敷じゃね......?」
目の前には、場違いなほど立派な建物。門の前に立つ騎士らしき人物が、少女に一礼した。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
まって。
「おおおおお嬢様!?!?」
「うまっ!! なにこれ、めっちゃうまい!!」
気づけば僕は、テーブルの上に並べられた料理を夢中でかきこんでいた。
見た目はちょっと不安になる色のスープに、謎の紫色のパン。名前すら分からない肉料理。
だけど――どれもやたらうまい。
「……えへへ、よかった。お兄さん、いっぱい食べてくれて嬉しいな」
向かいに座る少女――名前は、愛夢舞里と言ったか。
さっき道端で声をかけてくれた天使みたいな子だ。しかもこの家、想像以上にデカい、東京ドームの程度だぞ。
(いや、なんか広いしキラキラしてるし、これ......お嬢様の家ってやつでは?)
「......で、舞里。さっきから気になってたんだけど......この料理、ほんとに一般家庭の?」
「え? うちのシェフが作ってるから、普通......だと思うよ?」
(やっぱりお嬢様かよ!!!!)
そんな時だった。
ドアがゆっくりと開き、重厚な足音と共に一人の男が入ってくる。
「......リュシア。今、見知らぬ男と食事中とは、どういうことか説明してもらおうか?」
(な、なんかボスキャラ来た......!)
「お、お父様!? ち、違うの、この人は――」
「言い訳は後にしろ。見知らぬ男と同じ食卓を囲むなど、令嬢としてあるまじき行為だぞ」
見るからに高そうな服に、鋭い目つき。
どう考えても舞里ちゃんのお父様......つまり、ガチ貴族。
(やばい、これ追い出されるパターンじゃん!! でも飯は食い終わってるからギリセーフ!?)
「えっと......ご、ごちそうさまでした!!」
「......名を名乗れ。異国の者よ。お前、何者だ?」
「え、えっと......名前が......ないです。一応、旅人......ってことにしてます」
「旅人、か。なるほど。僕は舞里の父、愛夢・リュムナデ・カホタ。最近、外からの流入が増えていると聞いていたが......まさか娘の食卓にまで入り込むとはな」
(いやいや、こっちも突然転生してきたばっかなんすけど!?)
「......まあよい。舞里が招いた以上、我が家に害意はないと見なそう」
カホタはそう言うと、ソファにふかっと腰掛けた。
「では。我がステラ公国において、旅人として生きる気概があるか? 貴殿の答え次第では、いささか手を貸してやらんこともない」
「......え? なんか始まった???」
「あと、名前がないってことは、『こっち』の人じゃないですよね?」
「......そうです。」
「君、名前をあげよう......っと言いたいですが、『そっち』の人に名前をあげでもだめです」
どういうこと?
「あなたに名前を与えることができるのは国王さまだけ。」
「......えええええ??」
「君、住む場所がないですよね?ここに住みたいですか?ちょうど空き部屋があるよ」
「ありがとうございます!!!」
運が良いね。