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機械化少年の異世界史  作者: 噛ませ犬
第5章 戦闘編
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戦闘編:第十三話 リュカオンとの会見 ~その1~

まだまだ自分の何分の一も知っちゃいない。だから生きることにせっかちなのさ。


ジェームス・ディーン


 リュカオンは地下トンネルの作戦を進行状況からほぼ勝利を確信していたが、予想外の方向からの乱入者によりその確信は揺らいだ。


 領主を捕らえればこの戦は終わる。その方程式を崩しかねない人物。デスポイアの登場で、である。


 彼女に領主の身柄というカードは通用しない。戦略級精霊術師のもつ『独立行動権』というのはそれだけ厄介な代物なのである。帝国、共和国双方において。


 彼女がこの場で共和国への徹底抗戦を唱えれば、彼女自身の戦闘力もさることながら、その求心力も侮れないものがある。領主の捕囚によりどん底まで落とした士気を回復させ、徹底抗戦されれば負けないまでも大きな痛手を被ることになってであろうことは想像に難くない。


 そんなリュカオンの懸念が馬鹿馬鹿しく思えるほど簡単にデスポイアはこの場での戦闘行動を控えると言ってきた。ある交換条件と引き換えに。


 それは彼女の補佐官(候補)の希望を可能な限り叶える事というものであった。


 パンドラとエレボスを抑えられている状況でこの条件は破格である。リュカオンは一も無く了承した。


 戦略級精霊術師とその補佐官は『一心同体』であると聞いていたから、そんな戦略級精霊術師の信頼を一身に受ける補佐官に恩を売ると思えば、会見の一つや二つ叶えようと考えたのも無理からぬことである。


 

 「無事でよかった、パンドラ。」

 リュカオンは本陣でまず、開放されたパンドラに声をかける。

 「エレボスは無事じゃないわよ、総司令?」

 エレボスの負傷については報告を受けていた。

 「あぁ、報告は聞いている。エレボスに手傷を負わせるとは…。デスポイアは幼い戦略級精霊術士と聞いていたが、過小評価していたか…。」

 彼は事前に全戦略級精霊術士について調査を命じている。デスポイアは基本的に短気であり、戦闘に関しては稚拙という報告が上がっていた。エレボスをそこまで傷つける存在ではないと予想していた。少なくとも四肢の骨を砕かれるような状況になる前に撤退を選ぶ戦術眼をエレボスは持っている。

 「リュカオンは例の補佐官にやられたのよ…。」

 パンドラはやれやれと首を振ってため息をつく。

 「…補佐官ごときがエレボスを?正直信じられんな。あいつは戦略級でないにしても、防御に関しては戦略級と遜色ないはずだ。」

 リュカオンはパンドラを疑っている訳ではない。パンドラは意地の悪いところがある女だが、嘘はつかない。誤解されるようなことを言って人の反応を見て楽しむところがあるだけである。

 「真実よ。私の力も効かなかったし。」

 パンドラの言っていることはその重要性に反して楽しげである。

 「…まだ何か隠していることがあるのか?」

 パンドラは肩をすくめると、リュカオンを動揺させるのに十分な言葉を放った。

 「あの子は『日本皇国』の出身だそうよ。」

 リュカオンは予想だにしなかった言葉にパンドラが何を言っているのか一瞬理解できなかった。リュカオンが惚け顔で黙り込むと、パンドラは会心の笑みを顔に浮かべた。

 「あなたに奇襲が成功してうれしいわ、リュカオン。それじゃあ、会見がんばって。」

 パンドラは鮮やかに体を回転させると、本陣から姿を消した。

 本陣には、パンドラを止めようと手を前に出したリュカオンの姿だけがそこにあった。



 「…視線を感じる。」

 俺は共和国の陣地を先導されながら歩いていた。後ろにはヤンさん、イレーヌさん、巴がいる。ちなみ俺の横にはデスポイアが視線などまったく感じずに堂々と歩みを進める。リチャードさんは偵察に行かされたまま戻ってきていないそうだ。あの人がどうこうなるとは何故かどうしても思えなかったが、万一を考えると心配になる。

 「…当然ですよ。あんな派手な登場の仕方をすればその宣伝効果たるや恐ろしいものがありますよ。」

 「何を当たり前なことを言っている。敵の副将の四肢を打ち砕いた人間が…。」

 「そりゃそうよ。隣に美少女を連れてるんだから!」

 後ろの三人が俺の独り言を拾い上げて言うが、俺は他人事じゃないだろうと思っていた。何故なら視線のいくらかは三人に注がれていたからである。

 俺はため息をつくのもやめ、周りに眼をやる。周囲の兵士たちは殺気立っている。それでも襲い掛かってこないのは司令官の命令が行き渡っているからかと考えた。

 「…大した人だな。リュカオンという人は。」

 思わずその統率力に感嘆の声を上げる。



 会見を本陣ですると聞かされ、三人は反対した。『危険すぎる』と。


 戦とはいえすでに共和国の兵を幾人も殺している我々が敵陣に赴くなど自殺行為だということだ。それに彼らの恨みの視線にさらされるのをなんとなく嫌がっているとも考えられる。


 それでも敵陣を選んだのには


 一つは、こちらにこれ以上この場で争う気が無いことを共和国兵に知らしめること。

 二つは、こちらにはデスポイアがおり、滅多な事では大事に至らないというある程度の自信

 三つは、リュカオンのホームで話をすることでリュカオンに腹を割った話をしやすくさせる

 四つは、パンドラとエレボスという人質を引き渡すのと会見のタイムラグをなくしたかったから


 などいくつか理由がある。


 彼との会見を前に話すことを色々考えているとどうやら本陣に着いたようだった。


 先導をしていた兵が大きな天幕の前で歩みを止め、入り口の脇により唯一言こう言った。

 「…入れ。」

 その表情は硬くこちらへの警戒心が透けて見えた。

 彼にちらりと視線を送ると彼はピクリと体を蠢かせ、体を緊張させた。

 「…案内ありがとうございます。」

 俺はすっと頭を下げ、本陣の天幕に入っていった。後ろの三人は一人ずつそれに続いた。



 俺は奇妙な5人組を本陣へと先導する任務をパンドラ様から受けた。最初、古参の兵であり、これまでの功績に多少の自負心がある自分が何故先導などやらされるのかと憤ったが、先導する対象を聞かされると納得した。

 正直気が重い。何故なら、唯でさえ戦略級精霊術士が一人いるのに加え、この戦いでその知名度が上がった4名だったからである。

 

 幾人もの共和国兵を常識破りの距離から死の国へと送り込んだ『柔和な死神』。

 幾人もの共和国兵を肉隗へと変えた『鉄槌』

 幾人もの共和国兵を女性恐怖症を通り越して女性の精神的奴隷と成した『断割の女給』

 空を飛び、パンドラ様の誘惑に耐え、エレボス将軍の四肢を砕いた『剛人』


 もはやこの面子は前線の共和国兵の恐怖の代名詞であり、全兵にとって近づきたくない相手である。


 噂と実際の差が大きかったため、気を抜きかけるがパンドラ様から噂がすべて事実だと告げられると俺は自分の愚かさを内心なじった。


 敵の見かけにだまされるとは、何たる不覚。こいつらにはひと時とて油断することの無いようにしなければ。


 『剛人』が『視線を感じる』と今更なことを言い出すと、『柔和な死神』も『鉄槌』も『断割の女給』も自分が見られているとは少しも思っていない言動が見られた。


 そこには彼らの余裕が感じられ、緊張している様子が見られず自然体で落ち着いているように見える。


 視線の注がれているのが彼らの前を歩いている人物だけだと思っているようだ。そのことからこの男が他の者から上位者と思われているということに他ならない。


 その男は警戒を怠らず周囲を見渡している。さすがエレボス将軍を下した男。中々の武者のようだ。会見の前でも周囲の警戒を怠らない。


 周囲の様子をあらかた見渡すと、男は『…すごい人だな。リュカオンという人は。』という呟きが聞こえる。


 …彼は何に気付いているのだ?

 彼らの周囲には兵士を出来る限り近づけないようにしており、その兵士の中に彼らの不審な動きに対応する精霊術士が潜んでいることだろうか?

 彼らに危害を加えようと早まったことをしないようにリュカオンがどれだけの対策を採っているかをだろうか?


 彼のその一言に込められた意味をひたすら考えていると、本陣まで着いてしまった。若干の悔しさを堪えながら俺はなんとか『入れ』の一言を搾り出す。


 ソレに対する奴の対応は『案内ありがとうございます。』だった。そのまま礼をして天幕へと入っていくのをただ呆然と俺はながめていた。


 何を俺は悩んでいたのか。ただ案内を命じられた俺に彼らの、あの男の心の内を読み解くことなど出来はしないのに。


 しかし、天幕の主の『眼』は誤魔化せはしない。正直に語るしかないのだ。


 俺は中にちらりと眼をやると一回大きなため息をつき、入り口で仁王立ちになって門番の任務に移った。




 リュカオンという男は天幕の中央にいた。その身には甲冑を身に着けているが、派手な装飾など見られない。真紅の裏地のマントが無ければおそらく一般兵と間違えてしまいそうだった。

 

 想像したよりも背は大きくなく、俺より10cm高いくらいだろう。意外と童顔であるが、甘さは微塵も感じられないアンバランスさが彼になんとも言えない魅力を与えていた。


 つまり、俺が何を言いたいかというと奴がかなりの男前でちょっとうらやましいということだ。



 「この度は会見に応じていただき真にありがとうございます。」

 俺は深々と礼をする。正直ここまですんなり了承するとは思っていなかった。しかも1対5という状況での会見である。それだけの信用を勝ち得ているとは到底思えず、不思議だった。

 「いや、私もお会いしたいと思っていました。私の自慢の兵を物ともしなかった戦士に…。」

 リュカオンは人好きのする笑顔を顔に浮かべていた。彼の目は物問いた気に揺れていた。

 「いえ、私は別に戦士では…。」

 「そうでしょうな…。『日本皇国』には徴兵制ではなかったから。君は志願するタイプには見えませんし。」

 俺は驚いた。こんなに早くそのタンゴを口にするとは思っていなかったからだ。彼はかなり性急な性格をしているようだ。

 「はい。日本では学生でした。」

 「そうですか、学生…。ならばこの世界では苦労されたでしょう。」

 「そうでもありませんでした。運にも恵まれましたし、何より私には同じ境遇の仲間がいます。」

 これは偽らざる事実である。後ろでうなずく気配がする。リュカオンがそれを見て、うなずく。それの意味するところは納得だろうか、憧憬だろうか。

 「そうですか…。後ろの皆さんも。皆さんは『生まれ変わり』ですかそれともそのまま移動して来ましたか?」

 「私たちは太陽系の外れで探査艇が流されまして、気付いたらこの世界にいました。ここはどこなんですか?太陽系とは別の惑星なんでしょうか?」

 これは大きな懸念事項だった。もしそうならまだ帰還への希望を抱いていられる。しかし、この質問は答えが無いと思っての質問だった。

 「…。私はこちらの世界で生まれました。正真正銘のこちらの世界の住人です。ただし『地球』にいた頃の記憶を持ったまま。」

 リュカオンが真剣な眼差しをこちらに向ける。俺はただ頷き続きを促す。

 「こちらに来たとき思いませんでしたか?ここの人たちは地球の人類に大変似ている。名前の発音すら似ている。別の惑星で人類と同じような進化を遂げた知的生命体がいる確率はどのくらいでしょう?それよりはむしろ…。」

 そこで一旦、リュカオンは話を途切れさせた。俺はその続きを予想できた。しかし、彼の口から聞きたかった。地球の記憶を持ちながらこれまで生きてきた男の見解を。俺はリュカオンの目をじっと見つめ返した。

 「…。むしろここが地球とは別の世界の『もう一つの地球』と考えた方が自然。」

 沈黙が重くのしかかる。俺は心の中で『ああ、やっぱり。』という思いと『嘘だ。』という思いが激しく交錯した。

 「他にも根拠はあります。『共和国』の正確な地図を作らせているのですが、その一部を見て激しく驚きましたよ。」

 「地図?」

 「こちらの測量技術はまだ正確さに欠けます。正確な地図の作成は統治上必要不可欠です。それで『共和国』というのは地球の『スペイン』と『ポルトガル』、『フランスの一部』を合わせた部分と瓜二つだったのですよ。おそらく共和国の北に漕ぎ出せば『イギリス』が見つかると思いますよ。共和国南端から船を出したものが『アフリカ』を見たという報告はすでに受けています。」

 リュカオンの言葉にこちらは二の句が次げなかった。想像を超える事実が彼の口から語られていく。おそらく彼も話したかったのだろう。この事実を誰かと共有したかったのだ。

 「まったく、『ピレネー山脈』を超えたときは思わず笑ってしまいそうになりました。おかげでこちらの地理の把握にさほど手間が懸からなかったという事はあります。共和国統一中に斥候に確認を取らせるたびに疑惑は確信へと変わっていきました。ここは文字通り『異世界』だと。」

 リュカオンは複雑な表情をしていた。ほっとしているような、ソレでいて何かに耐えているようなそんな顔だった。

 こちらは沈黙するばかりだった。余りの事に言葉を失っていた。何を言ったか理解はすでにしたろう。それでも信じたくなかった。信じられないのではなく信じたくなかった。










時間が多くのことを解決してくれる。あなたの今日の悩みも解決してくれるに違いない。


デール・カーネギー

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