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機械化少年の異世界史  作者: 噛ませ犬
第5章 戦闘編
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戦闘編:第十二話 噂とはいい加減なものだ。たいてい噂のほうがよくできている

A good laugh is sunshine in a house.


楽しい笑いは家の中の太陽である。


サッカレー(イギリスの小説家)



 テバイ市の高台に位置する領主の館から歓声が上がり、その声に領主を捕らえたという声が混じっていることに、周辺の警戒に当たっていた兵士たちが気付くのもに然程の時間は要しなかった。


 キングが捕られればチェスは終わる。あるものはその場に崩れ落ち、またあるものは敵の流した偽報ではないのかとうたがった。


 程なくして屋敷からぐったりと力の抜けた領主が敵兵に抱えられて出てくる。その光景は兵士にそれ以上の交戦の意志を挫くのに十分であった。



 「お前たちの領主は我らの手に落ちた!領主はその身分に相応の待遇を約束しよう!ただし、諸君の武装解除が夕刻までになされない場合は、交戦の意思有りと見なし、敵指揮官として処刑するものとする!」

 その声は風の精霊術師によって市の隅々まで響き渡った。


 その宣言を聞いて、剣を地に置かない兵士はいなかった。


 その一事をとっても、領主に対する敬愛が深かったことが分かる。


 彼女のその薄い金の髪は汗で顔に張り付いており、顔は蒼白であった。


 それは彼女の決死の努力を感じさせたし、その肩は一地域のすべての民を背負うにはあまりに小さいことに今更ながらに思いを致す者もいた。


今。一般市民は全員避難を完了しており、テバイには自警団の人間と辺境領兵のみである。辺境領兵は領主であるエオスに中世を誓っているが、自警団はそんなものは屁とも思っていない。

 彼らがこの場に残って戦っていたのは、ただこれまでこの領地で築き上げてきたものを奪われないためであった。

 彼らはまだ若い領主のおかげで享受していた『自由な裁量での生活』というものを存外気に入っていたのである。それを保証していたのは公的な契約ではなくエオス本人への信頼であったのだ。



 義弘がそんな周りの様子にまったく斟酌せずにパンドラに歩みを進める。兵士たちが降伏のポーズをとっている中、ただ一人だけが前へと進む。


 「…ちょっと。あなた聞こえているの?領主は捕らえられたのよ?あなたは負けたのよ?」

 パンドラは後ずさりしながらヨシヒロへ説得を試みるもそれは成功しなかった。何故なら彼の今の行動はまったくこの戦とは関係のないものだったから。

 今、彼を動かしているのはこの世界とは異なる論理である。ヨシヒロは無言ださらに歩みを進める。

 「…あなた、何者?どこの誰なのよ!?」

 パンドラは目の前の男が領主の身柄などまったく斟酌していないことに気づいた。彼はこの場の異端者である。

 この問いに対し、ヨシヒロのIISは機密情報の秘匿のために、カモフラージュ用として用意されている身分を口にするという選択をする。

 「日本皇国、帝都高等大学校三回生、に作製されたIISによる自律行動プログラム026です。」

 この返答をパンドラはまったく理解できなかった。知らない単語の羅列にしか聞こえないのだ。

 しかし、その中に一つだけ聴いたことがある単語があった。それを口にした当人は冗談だから忘れてくれと言っていたが…。

 「…『日本皇国』?」

 この反応にヨシヒロの歩みが止まる。この反応はその言葉を聴いたことがある人間のする反応である。この世界でそのような反応をされたことは今までなかった。

 「『日本皇国』をご存知なのですか?」

 パンドラは大きく溜息をつき、どうやら聞き間違いでないことを知った。

 「私の…、私たちの総司令官がそんなことを言っていたのを聞いただけよ。昔、自分は生まれる前は『日本皇国』というところで生きていたって…。本人は冗談だって言ってたんだけど…、あの秘密好きめ…。」

 パンドラの言葉はこの場にいた三名には衝撃的に耳を貫いた。貫いた言葉は戻ってきて頭の仲でぐるぐると周回する。

 ヨシヒロはIISによる自動制御システムを解除した。彼が5年の歳月をかけて完成させた解除プログラムによる強制解除。これをやらないのには理由がある。それはこの後に明らかになる。

 解除するとヨシヒロの顔に表情が戻る。額には脂汗が浮かんでいる。

 「…その総司令官に会わせていただけませんか?そうすればあなたは無事に本陣までお送りすることを約束します。」

 その言葉に一瞬、パンドラは逡巡した。この男をリュカオンに会わせていいのかと。しかし、彼女のめんどくさがりの性格により、すべてをリュカオンに任せてしまう方に傾くのは一瞬であった。

 「…分かったわ。」

 パンドラのその返答を聞くとヨシヒロは後ろを振り返り言った。

 「それではヤンさん、イレーヌさん。後は宜しくお願いいたします…。」

 ヤンとイレーヌが頷くと糸が切れたようにヨシヒロの体は崩れ落ちた。

 「ヨシヒロ君!」

 ヤンとイレーヌが慌てて近寄る。

 「…あぁ、大丈夫です。無理やりシステムをシャットダウンさせたことによる代償ですよ…。」

 ヨシヒロは苦笑いしながらそう言った。これがヨシヒロが解除したがらない理由である。IISの自動制御システムはヨシヒロの義手、義足の制御プログラムに直結しているため、それを強制シャットダウンさせると一時的に体がただの重い塊と化すのである。

 ほっとした様子の二人にヨシヒロは恥ずかしそうに言葉を重ねる。

 「それで恐縮なんですが…。負ぶってもらえませんか?」

 ヤンとイレーヌは顔を見合わせて笑い了承の意を伝えようとすると、横から割り込んでくる存在がいる。

 ヨシヒロとしてはこれには頼りたくなかった。主に命の危険的に…。


 「それには及びませんわ!ヨシヒロは私が運びます。」

 胸をどんと叩き、任せておけと得意げな顔で請け負った。

 「いや、お嬢ちゃん。彼を運ぶには君は小さすぎるよ…。」

 ヤンさんがやさしげな微笑を浮かべながらやんわりと断る。

 ヤンさん、断ってくれて非常にありがたいですが…。断り方がなっちゃいないよ。この娘の押しの強さは半端じゃないですぜ。

 「心配は無用よ!この私にかかればヨシヒロの200人や300人。」

 俺はそんな量産型じゃない!とかいう突っ込みをしないぞ。

 「100回半殺しの間違いだろ…。」

 俺のそんなボソッとした呟きを聞き逃してくれるほどやさしい耳をしていない。

 デスポイアは地面に倒れふす俺をグリグリと踏みつけてくる。正直デスポイアの体重は羽のように軽い。まったく痛くない。むしろマッサージをされているかのようで気持ちがいい。

 「…踏まれるのはそんなに気持ちがいいか?」

 イレーヌさんの冷たい視線が俺を凍らせる。ついでに周りの空気も凍らせる。

 「いやいや、待ってください。それじゃあ、まるで俺がマゾッ気があるみたいじゃないですか!」

 あせるあせる。

 「違うのか?」

 イレーヌさんが意外だというのかのように驚いた顔をする。…俺はそんな風に見られていたのか。

 「違いますよ!デスポイアの体重がちょうどマッサージにちょうどいい刺激だっただけです!」

 イレーヌさんはふむ、と頷いた。『理解していただけましたか!』と俺はぱぁと表情を明るくする。

 「つまり、君はそこの少女とファーストネームで呼び合う仲で、衆人環視の元でマッサージをしてもらうほど仲が良いと。」

 唯一自由に動かせる首を俺はがっくりと落とす。

 「そのとおりですわ!」

 デスポイアは高らかに宣言する。こらこら。マッサージの辺りからその通りじゃないでしょう?

 「ちょっと…。」

 俺の訂正の前に周りの兵のざわめきの方が大きくなるのはすぐだった。そのざわめきは放射状に伝わって行き、端に届くまでにはそのざわめきは形を変えていた。


 領主の屋敷の方から走ってくる人影が見える。視覚を強化すればそれが巴であることは分かった。しかし信じたくはなかった。

 彼女の両手には包丁が握られていたからである。スカートは動きを阻害しないように引き裂かれており、時折見える足が非常に扇情的だが、それよりもその包丁がすでに赤い何かで染まっていることに目を奪われる。

 情けない目でデスポイアのほうを見るが、デスポイアも向かってくる人影を注視している。

 巴は俺の前で急ブレーキをかけて、開口一番に口から出たのは心配の言葉ではなく、挨拶でもなかった。

 「義弘君!一回り年下の女の子に手を出した挙句、道の真ん中でSMプレイを強要したって本当!」

 俺は絶望した。

 伝言ゲームの非常さに絶望した。

 口コミの恐ろしさに絶望した。

 俺の社会的イメージに絶望した。

 「…ここが良く分かったね。」

 巴は迷うことなく一直線にここに到着した。

 「勘よ!」

 巴は腰に手を当て、堂々としている。

 「…そうか。それで君は…。その…。なんでそんな格好な訳?」

 巴は自分をしげしげと眺める。

 「そんな格好て…。どんな格好?」

 「その両手の包丁とか、それについてる赤いのとか…。いや、赤いのはなんとなく想像できるけど!あとスカートに入ってる切れ込みとか。」

 ビックりだ。ソレを変だと思ってない巴にビックリだ!

 「包丁はね、料理をしてたんだけど。兵士が乱入してきたからこれで大人しくなって貰ったの。スカートはそのときに邪魔だったから切ってきた!」

 大人しくなって貰ったのあたりをもう少し詳しく…。いえ、なんでもないです。

 「そう…。大変だったね。いったいどうやって館にいったんだろう?この道が館への唯一の道だろう?」

 「穴を掘ってきたみたいよ?」

 「なんで知ってんの?」

 「乱入してきた兵士の人が教えてくれた。」

 教えてくれたの辺りをもう少し詳しく…。いえ、なんでもないです。

 「それよりもどうなの!」

 「何が?」

 俺はすっとぼけるのに決めた。

 「さっきの噂!」

 「俺がそんなことをする男に見えるのか!」

 「…。」

 あのー、そこで黙らないで。おねがいだから。

 「俺は潔白だ。無実だ。大体、倫理コードに触れる行為はIISによるペナルティが入るでしょ!」

 「でも、それにも抜け道があるでしょ。」

 …よくご存知ですね。あなた、ほんとに何者ですか、巴さん。

 「信じてくれよ!」

 俺にはもはや懇願しか道は残されていない。

 「じゃあ、本人に聞いてみるわ。」

 …本人?俺はちらりとデスポイアの方を見るとすごく嫌な笑顔の彼女がそこにはいた。勘弁してほしい。

 「彼にひどいことされなかった?」

 ちょっと待ってほしい。俺がひどいことされる側でなしに、する側になっているのはどういうことだ?

 「ヨシヒロには何度もやめてっていったのに…。」

 そういうのいいから!そんないかにもわざとらしい演技しなくていいから!

 「かわいそうに…。鬼畜ね!義弘君!」

 俺は俺がかわいそうです。あれ?おかしいな。視界がぼやける。

 俺のそんな情けない様子を見て満足したのか、二人は笑い出した。

 「冗談よ!義弘君!」 

 「ヨシヒロは相変わらずいじめたくなりますわね!」

 ですよね、冗談ですよね。デスポイアには後で説教が必要だ。


 俺はデスポイアと巴が談笑しながら歩いているのを下から眺めながら、敵本陣まで引きずられていった。

 その後ろを呆れ顔でヤンとイレーヌが着いて行った。



 ここの戦いはテバイの負けということで終わりを告げた。しかし、まだテバイの外側で未だ顕在化していない戦いが繰り広げられている。










家の美風その箇条は様々なる中にも、最も大切なるは家族団欒、相互にかくすことなき一事なり。


福沢諭吉(思想家、慶応義塾創設者)

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