戦闘編:第十話 突然ってレベルじゃない
ゴルフにバンカーやハザードがなければ、単調で退屈に違いない。人生も然りだ。
B・C・フォーブス(米国の作家)
あまりの突然な加速に体がついていかず、意識を失いかける。何とか意識を保つも向かい風で目を開けるのも難しい状態が続いた。
根性で後方に振り返るとすでに遠方に見える巨大なシーソーとその先端にある巨大な拳がシーソーの先端を大地にめり込ませている光景が目に飛び込んでくる。
義弘は再度、気を失いかけた。この死へのジェットコースターはレールが無いらしい。共に飛ばされているはずの少女はのんきにその長い髪が乱れるのを気にしている。
大きな放物線を描き、頂点を過ぎた辺りから、義弘の正気は保てなくなりパニックに陥った。死への旅路が速度を増したからである。
パニックというのは一過性のもので、過ぎれば意外と冷静になってくるものである。真剣に生き残るための方策をいくつも描き出しては却下していく。
まさに必死。何だかんだでデスポイアは生き残りそうだが、俺は無理くさい。何か無いか、何かに無いのかと考え続ける。しかし、時間は無情に過ぎていく。とりあえず、空気抵抗で速度は低減されるが地面にぶつかれば人の身では耐え切れない。ぶつかるまでにどうにか速度を落とさなければ。出来るだけ小刻みに!
「デスポイア!」
義弘がデスポイアに叫ぶ。その声にはあせりと恐れが半分ずつ交じり合っていた。
「なんです?」
「進路上に柱を作れ!」
「何故です?」
「頼むから今は何も聞かずにやってくれ!」
「・・・分かりましたわ。」
デスポイアは義弘のあまりにも必死にな様子に押される形で従った。二人の進路上に石の列柱が次々と大地から天へと伸びていく。
「このままでは柱にぶつかりますわ!」
デスポイアは叫ぶように言う。
「ぶつかるんだ!そのぶつかる瞬間に柱を砂に変えてくれ!俺が合図するから!」
列柱に二人の体が衝突する瞬間、柱は砂へと変わった。砂の柱を二人の体が通過していく。通過したら次の柱へと突っ込んでいき、そのたびに少しずつ勢いが弱まっていった。
「よし!この調子で行けば到着までに何とか勢いを殺せそうだ!」
「・・・。」
デスポイアは黙っている。義弘がその顔を両手で胸に押さえつけているからである。若干デスポイアの体温が上がっているのを感じながらも義弘は気にする余裕をまだ持ちえていない。
最後の砂の柱を通過して、砂に変化した地面に降り立った。
「ふぅ、生きてる。俺、生きてる。」
義弘は自分の生の実感を噛み締めていた。そのためか着地点の状況を把握するまで時間がかかった。
義弘とデスポイアの周りで多くの人間が面食らっていた。想像だにしなかった登場を果たした丸い塊は砂地でピクリともしない。
その場にいるものがなかなか次の行動に移せずにいると、その丸い塊が蠢き、二人の人間に分かれた。それでやっと、やってきたのが二人の人間であったと分かった。
「デスポイア、着いたぞ。」
義弘は抱きしめていた腕を緩め、デスポイアの肩に手をかける。
「・・・もう着きましたの?」
デスポイアは若干眠そうである。あまりの大物ぶりに義弘は絶句する。
「・・・ああ、着いたよ。無事(?)に。」
「早いですわね、この方法。またこれで帰りましょう。」
「・・・いや、ゆっくり帰ろう。ほら、これだとゆっくり観光できないし、な!」
地獄の未来図を何とか実現させまいと、義弘は若干あせりつつデスポイアを説得する。
「そうですわね。」
「そうそう。」
義弘が胸をなでおろしていると、意識の外にあった周りから声を上げられた。
「もしかして・・・義弘君?」
「・・・え?」
座ったままで聞き覚えのある声のほうへ首を廻らすと、そこには懐かしい顔が二つ並んでいた。
「やっぱり・・・。義弘君ですね。」
ヤンとイレーヌが目を丸くして凝視している。
「ヤンさん、とイレーヌさん。ど、どうも。お久しぶりです。」
あまりの唐突な再会に動揺が隠せない。場にそぐわない月並みな挨拶が自然と口に出たのは習慣のなせる業であろう。
「あ、あぁ。君は・・どうして。いや、そんなことを言っている場合じゃない。色々聞きたいことはあるが、今は逃げるんだ!」
イレーヌはあまりに暢気な物言いに釣られて拍子抜けた顔をするがすぐに現状を思い出し、顔を引き締める。
「逃げるって、ここってテバイなんじゃ・・・。」
義弘が目線を横に順繰りに廻らすと目線に体つきの良い、立派な鎧を身に着けた剣呑な空気を身に纏ったオジサンたちがこちらを見ていた。
「あ、もしかして・・・。もう城の中まで攻め込まれていたりします?」
義弘は苦笑いしながら今さら聞く必要も無いことを確認せずには要られなかった。
ソレに対するヤンとイレーヌの反応は無言の頷きのみであった。それでも義弘はまったく危機感を感じていなかった。彼の危険に対する感覚は完全に麻痺しているとしかいえない。それには膝の上に乗っている存在が影響していることは疑いない。
「・・・義弘。」
義弘のひざの上にまたがる形で目の前にいるデスポイアが義弘の頭を両手でつかみ自分のほうへ無理やり向ける。
「何?」
「あれらは何者ですか?」
「・・・招待状が無いお客さん?」
「そう、では相応のもてなしをして差し上げなければいけませんわね。」
デスポイアはむくりと体を起こすと砂から元の石を敷き詰めた道に一瞬で変化させると、服についたほこりを払って言った。
「ごきげんよう、そして・・・さようなら。」
次の瞬間、兵士たちは地面から生えた無数のとげに串刺しにされていた。一人として避けられたものはいなかった。その棘もすぐに元に戻り、残ったのは共和国の兵士の死骸のみであった。
「・・・もう何に驚いていいか分からないですね。」
「同感です。」
いつの間にやらヤンとイレーヌの横にちゃっかり移動した義弘がうんうんと頷く。
「説明してください!」
義弘はヤンとイレーヌに詰め寄られて思わず後ずさった。
「あらあら、これはすごいわねぇ。」
共和国兵の死体の山を乗り越え、一人の女性が近づいてくる。
「・・・おばさま、どちら様?」
デスポイアが首をかしげながら聞くが、義弘には彼女から黒い尻尾が生えているのが幻視できた。
「おば・・・!まぁ、あなたからすれば私もおばさんかしら?人に名前を聞くときは自分から名乗るのが礼儀とお母様に習わなかった?」
「えぇ、おっしゃったわ。でもこうとも教えてもらっているの。」
デスポイアは腰に手を当ててえばるように言い放った。
「守る必要のない相手に礼儀を守らなくてもいいと。特に礼儀知らずに人の家に入り込んでくるような輩には!」
デスポイアの土の棘がおばさん、パンドラを襲う。しかし、その攻撃は盾に完全に防がれた。
「パンドラ、あんた。少しは自重してくれ。お前は直接の戦いに向かねぇんだからよ。」
エレボスは盾を油断無く構えながら、パンドラに目を向けずに悪態をつく。
「あなたが間に合ったでしょう?」
「人の心臓を試すような真似ばっかりして楽しいか?」
「楽しくないと思う?」
「・・・もういい。」
本日何回目かになるため息をエレボスは吐き出した。
「いったい何者なんです、彼ら?」
義弘はなんだか目の前の男にシンパシーを感じつつ、ヤンとイレーヌに彼らについて聞いた。
「どちらも油断なら無いです。特に女性のほうは得たいが知れません。ただ脳に働きかけて人の行動を操るとしか・・・。」
義弘はヤンの一言に戦慄を禁じえない。他人の脳へのアクセスは人の尊厳を踏みにじる行為として、国際条約で禁止されている。
「それはえげつないですね。」
義弘たちが遠巻きに見ていると、デスポイアとエレボスの間に激しい戦闘が開始された。
「縁」とは予期しない偶然性である。
そこに人生の妙味がある。
源豊宗(美術史家)