戦闘編:第二話 シリアス、決して臀部の話ではない ほんとだよ
人は死んでも、その人の影響は死ぬことはない。
キング牧師(米の公民権運動指導者)
その日の夜、テバイの兵士の火葬が領主エオスの指揮の下、厳粛に執り行われた。共和国への警戒のため、全部体を召集しての式ではなかったが、各地に分散していた部隊の半数が集まり自身の忠誠の対象が同僚を天へと送る火を燈すのを見つめていた。兵士だけではないテバイの民衆も出られる者は集まっていた。
エオスが静かに手に持つ松明を下ろし、棺一つ一つにそっと触れていくと油に火がつき棺が燃えていく。音を立てながら燃えていく。火の粉があたりを飛び回り、まるで兵の魂が飛び回っているかのような光景であった。
エオスが手をあげると空へ向かって棺から光の柱があがる。それが彼女なりの弔いであった。その光柱を国境の警備に出ていて葬儀に参列できなかった僚友たちも見ていたことだろう。
それが静かに消えていくのを皆が見上げている様子をエオスは睥睨するとおもむろに口を開いた。
「今日、私たちは大切な友人を失いました。宣戦布告も無い突然の襲撃でした。」
エオスはその細身をしっかりとまっすぐ立てて話し始めた。その声は夜の静寂に良く響いた。
「卑怯とは言いません。そもそも共和国とは正式な交流などなく、同盟関係を築いていたわけではわけではないのですから。彼らを甘く見ていた私の責任です。申し訳ありません。まだ彼らの準備期間であると考えていた私の判断が間違っていたのです。」
エオスを責める声は不思議と上がってこなかった。彼らはまだ事態を把握しきれたいなかった。何故なら襲撃者がたったの三人であったという事実と、被害人数がまだ彼らの危機感を刺激するほどは多くはなかったからである。
「共和国は帝国に対する攻撃を決意したようです。この襲撃はその前哨戦のようなものです。おそらく数日中には共和国の部隊が西の森を越えてやってくることでしょう。そして現有戦力でのテバイの防衛は困難を極めます。そのためには皆さんの協力が必要なのです。」
その場にいる皆は共和国の襲撃があると知らされても、顔を見合わせるだけであった。それだけ戦乱を経験しない期間が長かったのだ。共和国は内乱に明け暮れていたので帝国と争いをすることはなく、帝国国内は飢饉はあれど戦はなかった。
「もう一度言います。共和国が数日中には進行を開始するのです!」
テバイの住人の耳に入った言葉はやっと頭までと届き、火葬で送られた兵士の棺に目を奪われ、自分たちの末路をイメージさせられた。あたりが喧騒に包まれた。
「援軍の要請はすでに十二神将の一人、ヘルメス卿に向けて発した。我々は5日持ちこたえればいい。そのために協力を頼みたい。」
先ほどまでの喧騒に希望が含まれだした。『五日なら何とかなる』という考えに至ったためだ。実際辺境領主の兵数では共和国の侵攻に太刀打ちできない。それに戦は兵士だけで行われるものではない。食事や装備品、寝床の確保など戦い以外の部分にも大きなウェイトを占める事業なのである。
辺境領軍以外の手がどうしても必要であったのだ。
「共にこのテバイを守り支えよう!」
エオスが力をこめて声高に叫ぶと周りは歓声でソレに答えた。
エオスが退場すると行政官たちが有力者を招集し分担事項の確認を行い始めた。そんな様子を少し離れたところから見ている四人組みがいる。その年齢構成も性別もばらばらで家族には見えない。
「いやー、美人が頼めば断れるやつはいないよねぇ!?」
道化めいた態度で四人に向き直ったその二枚目面には苦笑いが貼り付けていた。
「リチャードさん。どちらかといえば皆は共和国への恐怖心で動いたといった方が正しいかもしれませんよ?困ったことになりました。」
その人の良さがにじみ出た顔には冷や汗を掻いており、それを懐から取り出した布切れで拭いている。
「そうだな。それにしてもエオスはその点、上手かったな。兵士の葬儀で共和国の脅威を強調し、その場で臣民の協力を要請すればまず断るものは居るまい。少なくともここに定住を望む者は。」
感心しているかのように腕を組みながらなにやらうなずいている。
「私たちはどうしましょうか?」
不安げにそう話す彼女は仕事の途中で抜け出してきたのか、前掛けをしたままである。
「そうだな、私はとりあえず防衛施設の整備でも手伝おうかと考えているよ。見捨てるには少し長居しすぎたね。巴はどうしたい?」
妹を見るような目で親愛を込めた声音でイレーヌは巴に言った。
「私はお食事を作るのをお手伝いしようかと・・・。多分店長さんもそうおっしゃると思うし。」
「ふむ、私は工房で色々作るよ。領主の注文を優先して作ることになるかな?こういうときはあまり片意地張って『手伝わなきゃ』って考えると帰って混乱を招くからね。」
「そうですね。皆さんにも生活がありますしね。」
「私は当然、自警団に属しているからね。戦いに借り出されることになるとは思うよ。」
「リチャードさんが一番危険なところに行くってことですか?大丈夫ですか?」
「まぁ、絶対安全って事はないだろうね。相手がどこから攻めてくるのかと私がどこに配置されるのかによるね。」
「そうですか・・・。なんで戦なんかになってしまったんだろう?」
巴が悲しげに瞳を揺らす。
「そうだね。共和国は統一まもなくて、領内に反乱が絶えないって話だったのにね。」
「共和国にとって帝国との戦は優先順位の低い事柄のはずだ。あちらのトップになにやらあせるようなことがあったと見るべきだな。」
「あせるようなこと?」
「そこまで分からないよ。帝国を攻めないとまずいとトップが考えたって事は確かだね。それこそ国家の存亡レベルで。」
「国交のない国と戦争なんて変だと思いますけど・・・。」
「そんなことは無いさ。交流が無くても目的の達成に必要ならやる。でも最初に話し合いすらなく開戦となる場合だってある。例えば食うものに困ったとか、土地が足りなくなったとか、第三者の脅威から逃げるためとか理由はいくらでも考えられるけど答えは出ないね。」
「・・・そうですか。」
「ここ最近の時代では戦争なんて無かったからね。最早教科書の中の事柄だったし、ぴんと来なくても仕方が無いよ。」
異邦人四人は生まれて初めて肌で感じる『戦争』というものを体験しようとしていた。彼らも一般教養として『戦争』を知っていたが、それは知識であって実感からは程遠かった。彼らは実際の『戦争』というものが彼らの想像を遥かに超えるものだと知ることになる。
団結して良心に従って行動するならば戦争は防げる。
ジャン・アンリ・デュナン(ノーベル平和賞受賞者)