帝国編:第二十四話 誰でも許容量をオーバーするとそのエネルギーは吹き出し口を探す
人の脳というのはコンピュータよりエネルギー効率がだいぶいいという話を聞いた。
それは人の脳が波のような振動系をそのまま利用するのに対し、コンピューターはその振動を抑えて演算するためそれにエネルギーが割かれているからであるらしい。
よく分からんかった。
とりあえず無理は疲れるということでしょう。
実際疲れるし・・・。
結局,突っ張り先生の長話に付き合っていたらいつの間にか朝が来ていた。目を開けたまま寝るという特殊技法をこの一夜で身に付けた俺は彼の話を文字通り話半分に聞き,ほぼ寝る事に成功した。
彼の話の大半はどこを破壊したという固有名詞が異なるだけでほぼ同じ話の繰り返しであった。彼は怪獣映画に出演すべきである。そして赤とシルバーで彩られた恥ずかしいスーツを着た変態に退治されたほうが世間のためだ。
さすがに話疲れたのか空が白む頃には船をこぎはじめ,今は既に寝息を立てている。何故おっさんの寝顔を見ながら朝を迎えなくてはならないのか!テイアさんならウェルカムであったものを!現実と妄想の境目を模索中の義弘です。
気持ち重めのため息を吐きつつ,のっそりと立ち上がるとイビキと呼ぶのもおこがましい騒音をまき散らす突っ張り先生を残して部屋を出た。
部屋を出るとテイアさんがいた。このタイミングの良さはなんだなどと疑ってかかってはいけない。これは運命である。そうに違いない。そう思っておくと少し幸せになれる。
「ヨシヒロ殿,おはようございます。」
テイアさんが丁寧にも深々と頭を下げ朝の挨拶をしてくれた。この挨拶にうちの者がご迷惑をおかけしました的なメッセージを勝手に受信した。
「これはこれは,テイア殿。おはようございます。」
「遅くまでヒュペリオン様に御付き合いいただきありがとうございます。」
そうですね。あなたのご主人は相当暇を持て余してるようですね。何か趣味とか持つといいと思います。釣りとか・・・無理か。
「いえいえ、話に聞く分には面白いお話でしたし・・・。」
そう、話に聞く分には・・・だ。当事者であったかと思うと逃げたくなる、マッハで!マッパでではないことを明記しておく。それでは変態である。
「そうですか・・・。最近あの方も落ち着かれてはおりますが、どうも暇を持て余しているようで・・・。」
はっはっは。定年後のおっさんですかあの人は!そして貴方はソレを心配するお母さんか!
「まるで奥さんみたいですね?」
俺はこの発言により聞きたく無かった一言を聞くことになる。
「え?」
テイアさんの呆けた顔はそれはそれで大変眼福であったが、なぜそのような顔をされるのか皆目見当がつかない。俺は思わずオウム返しにこう言った。
「え?」
「・・・。」
テイアさんがうつむきなにやら考えているようだ。待つこと数分、意を決したように顔を上げた。
「お話していませんでしたね・・・。戦略級精霊術士は婚姻を執り行うことができないのですよ・・・。」
「そうですか・・・。」
ツッパリ先生は一生結婚できない男なのか・・・。俺は彼に一抹の同情の念を抱きかけた。いや、抱いていたのだこの時までは。
「ただ、正式に神殿で婚姻を精霊に報告する儀式を行えず、帝国の台帳に記載されないという意味で・・ですが。」
「というと?」
いまいち意図が読み取れない。
「ヒュペリオン様は半人半霊の方ですから精霊に報告するまでも無く、帝国の台帳に名前を記載するのはそもそも人だけですからその必要がないということで。」
「つまり?」
俺はだんだんいやな予感がしてきた。言わないでくれその先は出来れば聞きたくない!
「気持ちしだい・・・ということでして。」
テイアさんが顔を赤らめ、うつむいてしまった。その白い肌が赤く染まるとなんともいえない色気があるが、そんな彼女を独占する男のいびきが廊下まで響いている。つまり、あれだ。内縁の妻ってやつですね?同情の念は一気に霧散し、体の奥からふつふつと煮えたぎる何かがこみ上げてくる。その名を人は『嫉妬』という。
「そうですか・・・。大体分かりました。」
なんとなく気まずい空気が朝っぱらからあたりを漂っている。何とかこれを吹き飛ばさなくてはと悶々と思案していると、この空気を吹き飛ばしたのはテイアさんのほうだった。
「・・・ですからデスポイア様も気持ちがあればヨシヒロ殿とも・・・。」
確かに吹き飛ばしたがその後には俺のブリザードが到来する。あまりに予想を超える言葉の羅列に俺は処理が追いつかず無表情に聞き返した。
「・・・はい?」
「お隠しにならなくともデスポイア様との仲むつまじいお話は聞き及んでおります。」
「・・・ちなみにどなたから?」
「ペルセポネ様です。」
あの人は・・・何を話したというのだ!いや、こちらに来る前に紹介状を書いてもらったからそれに書いていたと見るべきか・・・。ガッデム!神は死んだ!
その後の俺の言葉はカラカラと音を立てて空回りを続け、最後には遥か彼方へ転がっていった。最早あの年齢不詳のお母様が蒔いた誤解の種は根を張り、強固な先入観となって植え付けられているようだった。
誤解を解くことをあきらめた俺は『ロリコンじゃないやい!』と叫ぶために森にでも行こう、そうしようとその場を後にした。
神殿から出ると俺を補佐官反対派のおっさんたちが囲んだ。今日は何だ、厄日か。おっさんに絡まれる日なのか今日は。
「君がデスポイア様を誑かしたとか言う男かね?」
ねっとりと粘つくような口調でそのおっさんは言った。
「人違いです。」
どこの誰だ?あんなガキを誑かすとはまったく世も末だ。
「一寸待ちなさい!逃げようとしても無駄だ。君がデスポイア様を誑かしたことは分かっているのだ!」
「・・・。」
どいつもこいつも俺を変態にしたいらしいな・・・。
「まったくこのような若造の、しかも余所者が補佐官とは帝国の格式も落ちたものだ。」
「・・・。」
別にどうでもいいわけだが。帝国の格式など知ったことではない。
「どうせデスポイア様の傍で利をあさろうというのだろう?卑しいやつめ。」
俺の沈黙を肯定と受け取ったのかオジさんたちは調子に乗り始めた。
「卑しいのはどちらだか・・・。」
俺は心の声を仕舞っておけず、思わず心中を吐露してしまった。しまったと思ったときにはもう遅い。オジサンたちは色めき立ち喚きだした。
「貴様!愚弄するか!」
「下人の分際で生意気な!」
仕方が無い。こうなったら徹底的に俺に対して悪感情を抱いてもらおう。彼らに俺の事情を説明し、納得してもらって、彼らと手と手を携えて、にこやかに俺は補佐官を辞めるというウルトラCは夢のまた夢であったようだ。
俺に対する悪感情を徹底的に高め、俺を排斥しようを企む様に仕向ければ結果的に俺の望みはかなう。ソレでいいじゃないか。
「根拠の無い侮辱では無いですよ。たとえばそこの部分ハゲ!」
俺が指差すおっさん集団の一人が反射的にさっと頭に手をやる。
「お前には子供が3人いたな。ご近所でもおしどり夫婦と噂されているそうで結構なことだ!」
「ソレがどうした!」
「その夫の鏡のような男が月一で友人との飲み会と称して夜間しか営業しない店に通っているそうではないか?しかも、会員制で同じ性癖の連中が集まり周囲の目を気にすることなくあんなことやこんなことをしているな!詳しい内容は『卑しい』俺の口から出すのも憚られるような事をだ!」
「な、何を証拠に!」
その狼狽が何よりの証拠であるが、もう少し分かりやすい証拠を示してやるか。
「そうだな、たとえばその店の顧客リストがここにあるのだが・・・。」
おじさんがその年齢に似合わぬすばやさを発揮してソレを奪い取った。そしてそれに目を落とすと目に見えて憔悴していく。十歳は一気に年をとったかのようだ。
「こ、これをどこで・・・。」
「教えると思うか?」
「っぐぅ。」
周りのおっさんたちもその男にさげすみの目を向け始める。
「それにそこのもみ上げの男!」
体をビックッと震わせ恐る恐るこちらを見る。おそらくこの男の中でアレかそれともアレかと色々思案しているようだ。俺の知っているのはその一割に満たないだろうがいかにもすべてを知っているという顔をしてやろう。
「お前、この町の郊外に別荘を持っているな。そこの地下に何を隠している?」
「何を言いがかりを!」
「そこまでの道には轍が深く残っている。相当重いもののようだな。お前の商っているものにはそんな重量のものはなかったはずだな。可笑しいな?」
「そ、それは・・・。」
「ところで最近、南方諸部族に武器が流入しているらしいな・・・。」
「そ、そうだな。」
「武器の輸送には認可が必要なはずだな。そんなものを無認可で扱っている人間がいるとは考えたくないが、そのルートだが・・・・」
「「もうやめてくれ!!」」
「何故だ?俺は世間話をしているだけだ。それでこれからが本番なのだが・・・。」
俺はこれまで知りえたこいつらの弱みを推測含めてすべてその場で暴露した。最後には皆耳をふさいで倒れ伏していた。そしてひたすら許してくれ、許してくれと繰り返していた。
その姿にちょっとした満足感と達成感を感じ、うまいこと俺を補佐官から解放してくれることを祈って最後のせりふを放って宿に帰った。
「俺が補佐官である限り、俺はお前らのすべてを見ているぞ・・・。」
「どうした?今日はやけに機嫌がいいじゃないか?」
宿屋の親父さんが俺に声をかけてきた。そんなににやけていたかな?
「いいことっていうか・・。すっきりはしたかな?」
「そうか、良かったな!」
「鬱憤はたまには爆発させないとね!」
「そうだな。」
この日、ヨシヒロの名は商人の間で恐怖の代名詞となるが、それを知るのはだいぶ後になってからのことだった。
そろそろこの町からは出て少し話を進めようかと考えています