帝国編:第二十三話 何が良けなかった、どこで間違った?え、脚本が間違ってるって?そうか・・・。
人は、運命を避けようとしてとった道で、 しばしば運命にであう。
by:ラ・フォンテーヌ
昨日の夕食を睡眠時に胃がフル稼働したおかげで、俺のエネルギは満タンである。しかし、それでも消化器官にはまだ昨日食べたものが残っている。さすがにあの量を一晩で消化しきることは出来なかったか。
硬い寝台から体を起こし、顔を洗いに宿の井戸に足を向ける。
これは余談だが、井戸であるから釣瓶を落としてそれについた紐を引っ張って引き上げる必要がある。
だが!言うは易し。これがなかなかに難しい。引き上げるときに水が釣瓶から落ちてしまい、上まで持ってきたときにはほとんど中には残っていないという悲しい現実がこんにちはというわけである。ゆっくり、慎重に、釣瓶の口を水平に保ちながら引かなければならない。それでも釣瓶の半分が残っていれば上々である。
アレだけ時間をかけて持ち上げてこれだけか!と釣瓶を叩き割らなかった自分をほめたい、義弘です。
初心者にやさしくないこの昇降機に嫌気が差した俺は釣瓶の中心を通るように横木を通して横木には回転可能な輪を取り付けそこに紐を取り付けることで、紐を引っ張るときの横方向の移動を釣瓶に伝えることなく、水の自重により水平が取れるように勝手に改造を施した。また、滑車を動滑車にすることで引っ張る力の負担を軽減し、朝っぱらからの肉体労働から解放した。
筆者は思う。ここでどうせ短期滞在なんだからそこまでしなくても・・・と。しかし、そうは考えないのが義弘君だ。まったくのアホゥである。
一階の食堂のカウンターにいた宿屋の親父に朝の挨拶をして朝食を頼むと引きつった笑いを顔に浮かべながら応えてくれた。
「昨日は負けたよ・・・。しかし、お前さんの体のどこにあの量の食い物が納まってるんだ?」
親父がカウンター席の向こうから朝食を渡しながら聞いてきた。
「ん、ありがとう。普通に胃袋だけど?」
礼を言いながら皿を受け取る。親父の質問に対しては怪訝な顔つきである。
「いやいやいや、胃袋がそんなにでかいはず無いだろう?」
思わず体を乗り出す。近い、近い、近い!
「胃に入れば消化するでしょうが。」
義弘は親父の暑苦しい顔が急に近づいたので思わず仰け反りながら答えた。
「消化する前に次の食い物が入っていた気がするが・・・。」
あきれた様にカウンターに頬杖を突き、鼻で大きく息を吐いた。
「気のせい、気のせい。」
実際は胃液の量を調整していたのと、口の中で高速で咀嚼して細かく噛み砕いていたのだが、そんなことを話してドン引きさせることも無い。義弘は目の前の朝食に夢中になっているふりをして煙に巻くことにした。
「そうかい・・・。」
話す気が無いことを悟ったのか親父は肩をすくめて、奥の厨房へと下がっていった。
朝食を食べながら義弘は考えていた。お題は「ペルセポネさんを出し抜きたい、できるだけ穏便に!」である。
あの人、俺をデスポイアのお守りにする気満々ですからね。それは阻止したい。でも怒らせると後が怖すぎる。俺の中の何かが言っている、『彼女を怒らせてはならない』と。
事は水面下で進めなければならない。彼女がどこで網を張っているか知れないのだから。
ペルセポネさんは俺が補佐官になりたくないことを知っている。ならばそれなりに警戒しているだろう。配下の人間に監視させていると考えて行動すべきだろう。
ここにはあくまで補佐官の仕事内容の視察という名目で来ている以上、その名目に外れる行動はとらないようにしなくては。
まずは俺の補佐官就任に反対している人が何人いて、それはどこの誰か調べなければ。
とりあえずはこの町にどのくらいいるかを調べるとしよう。
補佐官としての仕事着(?)を引っ張り出し、着替えた。最初は着せられている感をひしひしと感じていたが、今ではしっくり来ている。
この服は意外と快適なのである。ゆったりとした服なので楽に着ることができるし、着ている間も締め付けが無く疲労が少ない。
補佐官を辞めるとこれを手放さなくちゃいけないのか、と少しため息をつく。すでにデスポイアさんの術中に嵌ってきている義弘であった。
着替えると町に躍り出た。そもそも着替えたのは補佐官(候補)として町を歩くことでその反応を見るためである。
その反応を見て反対派を見分けるのである。彼を視界に入れることが出来る範囲に絞ってナノマシンを散布すれば精度良く反応を探査できる。
町を適当にぶらぶらしていると早速視線の一斉射撃が始まった。視線が痛い。しかし、そんなことはおくびにも出さない。なぜなら、今の行動はIISによる自動行動だからである。それにより周りの反応に集中することが出来る。
「彼が例のデスポイア様の補佐官様だよ。」
「まだ若いわね。」
「デスポイア様もまだ幼くていらっしゃるからちょうどいいんじゃない?」
「そうね、それに少しいい男だし。」
「どこが!?」
「少しエキゾチックじゃない?このあたりじゃ見ない顔つきだし。」
「まぁ、そうね。ここのテイア様には及ばないけどね。」
・・・。補佐官って、容姿審査もあるのか?そうならマイナス要素を俺はいくらもあげることが出来るぞ!言ってて悲しくなるけど!
「それにしてもペルセポネ様じきじきの御指名ってことだから優秀なんじゃないの?」
「あら?私はデスポイア様が誑かされたって聞いたけど?」
それはどちらも間違いである。ペルセポネさんのあれは御指名なんてやさしいものではなかった、アレは命令というのだ!デスポイアは誑かされたのではない。俺が拐されたのだ!
道の中央で叫びたい気持ちをぐっと抑える。しかし、割かし好意的であるようだった。それは困る。こう、こいつじゃだめだとか思ってくれないかな?
「それにしてもなんで何であんな中級の宿から出てきたのかしら?」
「そういえば何でかしら?」
金をケチりたいからです。
「実は上流階級の出じゃないとか?」
「そうかもね。最近、多いものね。上位氏族以外の補佐官様。」
「そうそう。でもその場合って大体は上位氏族のところに養子になったり、婿に入ったりしてんのよねぇ。」
なに!聞き捨てならんな。てことはまさか俺は誰かと結婚させられることを前提にペルセポネさんは俺を補佐官にしようとしているのか!いったい誰と?!いや、この際誰かは気にしてもしかたがない。これで補佐官を拒否したい要素がまた増えた。
それにしても主婦のうわさ話というものは恐ろしいな。
「なら、上級の宿に泊まればいいじゃない。どうせ養子先にたんまり金をもらってるんでしょうし。」
「きっと偉ぶらない人なんじゃない?」
「そうかも。まっすぐ前見て姿勢良く歩いてるし。頼りにはなるんじゃない?」
「そういえば、西の国境から来たらしいけど、その道中でね。」
「なになに?」
「デスポイア様と旅してきたらしいんだけど。一人もけが人が出なかったんですって!」
「あら、本当!?」
「すでにしっかり手綱を握ってくれてるのね。これなら安心だわ。だって今までのデスポイア様は・・・ねぇ。」
「行く先々で騒動を起こしていたものね。」
「えぇ、皆天災だっていってたものね。」
「よかった、よかった。」
「ここのヒュペリオン様も昔は偉い暴れん坊だったんだよ。」
「そうなの?」
「えぇ、そりゃもう!癇癪起こして森を焼け野原にしちゃったこともあるし。」
「へぇ。」
「まぁ、開墾する手間が省けたってテイア様がおっしゃって、皆は喜んで畑にしたけど。」
「デスポイア様もこれで落ち着かれるのかね。」
「そうなればいいねぇ。」
「そうそう、旅の話には続きがあってね。」
「まだ、何かあるの?」
「何でも泊まる宿が全部安宿だったらしいのよ。」
「デスポイア様が安宿に泊まったの!?」
「町の連中は何をしていたのかしら?」
「何でも補佐官様が希望されたとか。」
「何で?」
「さぁ?変わり者なんじゃない?」
「それでね、道中その安宿に温泉を作っていったんだって。」
「はぁ?またなんで?」
「デスポイア様なら出来るだろうけど。」
「でも初めてじゃない?私たちのためになることをデスポイア様がしてくれたのって。」
「そうね、いいじゃない。今回の補佐官様。」
「そうね。」
・・・少し待とうか。色々突っ込みたいが、まずたんまり金なんてもってないわ!財布は軽いわ!言ってて悲しいわ!
それになんだデスポイア、お前天災認定されてんぞ!デスポイア注意報とか出てたんじゃないか!?
あとテイアさん!ポジティブ過ぎです!そんなあなたにあこがれます!
それに・・・けが人が出なかっただって?出たよ!俺とか!俺とか、私とか、僕とか、拙者とか、某とか、主に俺が!ちゃっかり勘定に入れないでスルーしないで!
納得しないで!俺で納得しないで!っていうか反対派は結局あの身なりのいいおっさん達だけかよ。
もう、完全に意気消沈した俺はもうナノマシン散布をやめて、火の神殿に行ってツッパリ先生の武勇伝を聞かせてもらうことにした。
ツッパリ先生が自分の黒歴史を嬉々として語るのを面白く聞く横でテイアさんの目が笑っていなかったのは内緒である。
今あなたが不運な状態にあるなら、 それはあなたがそうなるように仕向けた結果です。 逆に、今あなたが幸運に恵まれているなら、 それもあなたがそうなるように仕向けた結果です。
by:ジョセフ マーフィー