帝国編:第二十話 目の前に困難が立ち塞がった時、どのような行動をとるか
目の前に困難が立ち塞がった時、どのような行動をとるか
出来ない要素を探すか、
出来る要素を探すか。
私はどちらかといえば前者です。
これはとっさの行動に現れてしまうものだと思います。
帝国南の辺境地帯は帝国領となってからまだ日が浅い地域である。帝国の常套手段として領土を拡張する際、国境付近の住民と交流を深めるため地域の支配階級の子弟を帝国首都に招き、歓待する。そこで帝国文化、風習、制度を帝国貴族とともに学ぶ。そうすることで次世代にはトップ同士の相互理解がなされるという考えで行われてきた。
しかし、それは帝国が弱体であった時代のことで、今では形骸化し、意図は変質した。圧倒的な強者の下に弱者がその子弟を住まわせるのは、『人質』としての意味合いが強くなったのである。
その一方的な留学制度を受け入れるか否かで南国境の諸部族の間で違いがあり、帝国に恭順の姿勢を示す部族は積極的に送り出したが、それを屈辱と感じる部族はこれを断った。これに対し、帝国は今は何もしていない。出来ない、というよりする必要が無いと考えていた。何故なら実害が今のところ無いからである。
実害が無いのは南部国境の部族の結束が水と油並で、間を取り持つ盟主の存在を欠いていたからである。そのため、帝国としても交渉相手が絞れない南部国境に干渉するのは下策と考えている。それでも様々な要因で国境を荒らす部族も存在した。そのため十二神将の一人が派遣されている。最近の南国境が平静を保っていたのはひとえに彼女が部族間の利益を調整し、時には脅し、均衡を保っていたからであった。
では南辺境伯領の領主は何をしているのかといえば、領域内の問題を処理している。つまり外交を十二神将に丸投げしている形である。ゆえに南辺境伯は彼女に頭が上がらない。
その彼女の根城が城塞都市アウストラリス・カストルムである。ここには十数年前までちょっとした帝国の前線基地があるだけで他には何も無い森であった。森が南国境諸部族と帝国の緩衝地帯のようなものであった。
この都市建造の際、当然のように反対意見が多かった。いたずらに刺激を与えるものではない。蜂の巣は突くべきでないというわけである。
しかし、彼女は言った。
「確かに、刺激すべきではないかもしれない。しかし、あの森に隠れて急襲してくる部族がいる以上、あの森を放置してはおくべきではない。あの森の位置は我らが帝国と諸部族の生活領域のちょうど中間に位置し、接触を取りやすく、監視もしやすい要地であり、そこから街道を整備し長く伸びる防衛線をつなぎ合わせれば、常駐する部隊も少なく出来よう。」
彼女はこの森に一大城塞都市を作り出した。この一事だけで彼女の名は歴史に刻み込まれることが確定したようなものだが、この都市の特殊性はとどまるところを知らなかった。
まず、この都市は周辺部族とともに作り上げたものであるところがまず特殊である。自国の防衛設備を他の国と共同で作成するなど前代未聞、荒唐無稽、常識に挑戦する様のことである。
その意図するところは周辺部族への刺激を最小限にする、建設費用分散、都市の孤立の予防措置などいくつもあった。共同作業を通じての友好関係の樹立などの副次的作用も見られたようである。
そのような様々な部族が混在する都市を纏め上げるのは至難である。ソレをやり遂げたこの女性は南諸部族の声望を一つに集める存在となったのである。
つまり、一部の南諸部族を纏め上げる盟主がこの時代には出現していた。
そのような現状を見て、帝都に住むこの帝国の盟主はまず謀反の心配をするはずであるが、そうはならなかった。帝国の後継者争いが発生したからである。時の皇帝には七人の息子、二人の娘がいたが一人を残して皆死んだ。蛇が互いの尾を食らうように消えたのである。
そのようにして、自分が帝位に就くとは夢にも自分も周囲も想像していなかった皇帝が生まれた。名をクロノスといった。
その様な時期にこの都市建設を進めたことは偶然ではなく彼女の意図が多分に含まれていただろう。おかげで彼女は謀反を疑われずに都市は完成した。
帝国に新たな皇帝が就任にし、落ち着きを取り戻したときには南国境には新たな秩序が出来上がっていた。こうなると彼女を更迭することはないのがこの国の不思議な性質である。均衡をあえて崩すような行動をとらない、いや採れないのである。
こうして今の城塞都市アウストラリス・カストルムの複雑な繁栄がある。
その城塞都市アウストラリス・カストルムに不幸な青年が一人。その背中は若者らしくなく曲がっている。確かに体の十分の一は目方のある頭が下がり、体の軸が曲線を描くのは物理法則に反しているわけではないが、それでもまっすぐ立つために神は背骨を人の体に埋め込んだはずである。それでも彼は俯いている。
それにはわけがある。ここでは三割り増しに輝いているように感じる太陽が嫌いになったわけではない。恨めしそうに地面を見ている。しかし、視線で無くなれば最早ソレは人間ではない。
それは数週間前の夜にさかのぼる。
デスポイアに似顔絵を描いてから(似顔絵ってレベルではないが)、商店の人間にヤワクチャにされ、それをデスポイアが地面から土の手を出現させつかんで、また一騒ぎになった。
やれ、デスポイア様だった。やれあの男は何者だ?やれ新しく決まったという補佐官様では無いか?など噂が噂を呼び(完全に真実であるが)、皆地面からそそり立つ腕につかまれている男を指差し言い合った。
本人はあまりにきつい締め付けに、
「キブ!ギブ!」と叫んでいたがあまりの喧騒にむなしく消し去られていた。
こうして、一日で都市中の人間に周知されてしまった青年は、昨日から寝泊りしている館に戻り、夕食をとっている。そこには今朝は捕まらなかったデスポイアの母、ペルセポネが共にいた。
「今日は災難だったそうですね?」
にこやかにペルセポネさんはおっしゃいますが、アバラにヒビが入ってますよ、奥さん。治療にカルシウムを使っているせいか、今日の俺は怒りっぽいですぜ!
「おかげさまで。」
あんたの娘のおかげだよ!本とは本人に言いたいが、なにやら幸せそうな顔をしているし、まだ年端も無い少女に説教たれるような精神的負担の大きいことはしたくない。マジであなたはこの子に何を教えてきた。力加減くらい教えておいてくれ。
「これであなたのお披露目の手間が省けました。」
え、お披露目絵とかするつもりだったんですか?・・・よかった。そんな公開処刑耐えられない。こんなお子様の終身下僕に就任したなんて事を誇らしげに公言するなんて事は俺の羞恥心が許さない。
「そこで、あなたにやっていただこう考えていた事柄を前倒しでやっていただくことにしました。」
ふむ。ただ飯を食う気はこちらにも毛頭ない。しかし、何をさせる気だったのだ?そもそも今朝聞こうと思ったらいないし。
「何です?」
「神殿造りです。」
???
「すいません?今なんと?」
「デスポイアの神殿です。」
はい?
「なぜかお聞きしても?」
「戦略級精霊術師にはそれぞれその力の種類にあわせた神殿が建てられます。あの子の場合は『地の精霊』の神殿ですね。そこを拠点にするのです。」
本格的に祭られだしたぞ、あのお嬢。
「それを何故私が?」
「補佐官が作ることになってます。」
「何故です!?」
何故だ、こういうのは専門の方が、時間をかけて、神聖さを損なわないけど、豪華につくるものでは?
「貴方はまだ補佐官というものが良く分かっていないようですね。」
それりゃあ知らんでしょう!なにも教えてもらってないんですから!
「補佐官とは戦略級精霊術師という半人半霊の存在と人とをつなぐ架け橋なのです。その補佐官が戦略級精霊術師と帝国のつながりの象徴である神殿を作ることに意味があるのです。」
「なら神殿の人は?」
確か神殿は加護精霊の診断をしてくれるってデスポイアが言っていた。ならば神殿とは組織立った何かであるはずだ!
「各地にある神殿は歴代の戦略級精霊術師の神殿が本人が死んだ後もそこに仕えていた人間が運営しているのです。横のつながりはほとんどありません。完全に各地に根を下ろしています。基本的に新たな戦略級精霊術師の神殿の建設に関わりません。」
そんな!一から俺に計画しろと?宗教なんて神社に初詣に行くくらいしか関わりなかった俺が?ないないない。
「しかし、俺みたいな素人が神殿を作ったらひどいものが出来るのでは?」
「デスポイアが選んだあなたです。あなたを信じています。」
便利な言葉だよ、信じてるって!
「他に『地の神殿』は無いんですか!?」
あればそこの人に何かアドバイスをもらえるはずだ。
「『石の神殿』ならありますがここから北に一月はかかりますよ?」
それは遠いな。・・・待てよ?ここに確か戦略級精霊術師がもう一人いたような?そうツッパリ先生!ヒュペリオンさんがたしかソレだったはず。ならその補佐官は?見なかったが?
「ヒュペリオンさんの補佐官の方にお会いできませんか?神殿つくりについてお話をお聞きしたいのです。」
出来るのなら補佐官の辞め方を聞きたい。
「それならここから数日のところに火の神殿がありますから、そこにヒュペリオンと共にいますよ。」
「では明日はそちらにうかがってきます。」
「えぇ、いいでしょう。補佐官がどういうものかは本人に聞くのが一番良いでしょうし。」
ペルセポネさんはなにやら納得したようで、その後は和やかに夕食をとることが出来た。
無聊の日々がこの日を持って幕を引くこととなるとは彼は想像していなかった。
中途半端で切ってしまって申し訳ありません。