帝国編:第十九話 インクを飛ばして速攻原稿を描き上げる漫画家っているんだろうか? おそらく強引でわがままな奴だろう
書くのに波があるなぁ
朝、デスポイアにフライングタックルを食らい、悶絶して目を覚ました。お返しに腕を回して背後から首を絞めていると使用人が入ってきてほほえましそうな目でこちらを見ており、苦虫を噛み潰したような顔になる、俺。
デスポイアがそのまま居座るものだから、やたら豪勢な朝食をそのまま部屋で採ることになった。ちなみに俺は個室をいただけ、結構待遇がいい。
補佐官についてデスポイアに聞いても今ひとつ要領を得ないので、抗議に行くついでに聞こうとペルセポネさんのところに行くも留守という悲しさ。ご多忙だそうでいつ帰ってくるか分からんと。泣いてもいいと思う。
気分が落ち込んで来たので街へ出る事にした。その前に,その事を誰かに告げておく必要に気づき,その時ちょうどいたのがアドニスであったことが運の尽きであった。延々と愛娘の自慢話を聞かされるのだからたまったものではない。なんとか話を切り上げる事に成功して街へ出た。
街は活気であふれており,その熱気に圧倒された。思わずたじろぐ。こんなエネルギーが人間のどこにあったのだろう?そんなに発散して枯渇したりしないのだろうか?地球ではこんな活気を見たことはない。周りの熱気に感化されたのか胸から何かこみ上げてくる。
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あたしの店の前で黒髪黒目の男が突っ立っている。この通りはこの町ではそんなに人通りの多いほうでは無いが今はデスポイア様が帰還されたということで、いつもより町にいる人が多いので、それなりに混雑している。そんな時に道に突っ立たれると人の流れが悪くなって集客が悪くなっちまう。見る限りこの男はよそ者だろう。この町の人間はもっと生きることを急いでいる。
「あんたここに来るのは初めてかい?」
声をかけるときょろきょろと周りを見渡した後、その男は自分を指差してこう言った。
「あのー、俺に言ってます?」
「あぁ、目の前に居るさえない顔した男に言ってるよ。」
その目にはおよそ生気というものを感じられず、この年で人生に疲れきっているような枯れた印象を受ける。これまで様々な人間を見てきたがどうやら人生の荒波に飲まれた人間の一人らしい。
「そんなにさえない顔してますか、俺?」
「ああ、ここいらにはあんたみたいにさえない顔した奴はいないからね。初顔はすぐに分かる。」
さえない顔と言われたことに衝撃を受けたのか冴えない顔に拍車がかかっている。
「・・・そうですか。」
「で、何しに来たんだい?商人・・・には見えないし、傭兵には間違っても見えないし。」
商人にしては愛想が良くないし、傭兵にしては体格は普通だし、よく分からない男だ。こんなことはめずらいしい。大抵、どんな奴か初見で分かるんだが。
「子守ですよ。わがままな子供がいましてね。親御さんに無理やり押し付けられてるんですよ。」
「子守ね!まぁ、そんな気もする。案外天職かもしれないよ!」
子守。しかし、子守は基本的に庶民は雇わない。割りに合わないからだ。雇うのは自分で子守をする時間を働いたほうが稼ぎの出る上流階級の連中だけだ。そしてそういう連中の子守には相当の技量を求められる。知識、教養、人柄。この男は意外と教養人なのかもしれない。
「適正と志望が一致するとは限らないんですよ。」
「まぁねぇ?あたしも昔の夢は王都で商売をやることだったが、今は南の辺境でやってる。」
王都は大商人と呼ばれる一握りの人間が国家権力と癒着して権益を独占しているから、個人商人ではまったく市場開拓の余地は無かった。そのことに気づく前に、噛み付きすぎてしまって都にはいられなくなっていた。この男もここまで来て子守ってことは何かあったのかもしれないね。
「今の商売に不満が?」
「いいや?最初は腐ってた時期もあったが今じゃここ以外で商売をしたいとは思わないね。住めば都。」
「住めば都・・・、ですか。慣れってことですか?」
気に入らないことに慣れていくことがいやだって顔だ。あたしもまるで人生の敗者にでもなったような気でいたものだが今じゃそんなものは気の持ちようで変わるものって事を知っている。
「いいや、夢が変わっただけだよ。あたしは皇都で商館の長になりたかったが、ここに来て変わった。皆、ここのすばらしさに気づくべきだ。ここには皇都では見られなかったもので溢れてる。それに自由だ。ここでのルールはただ一つ。儲けたもの勝ちだ。面倒な慣例はない。あたしはここでより多くの人にここを知ってもらいたい。それが今の夢だ。そうすればもっと多くの人がここを訪れて、もっと商売の幅が広がるからね!」
「そうですか。だから俺に話しかけたんですか?」
「そうだね。ただ初めてここに来たときのあたしと少し似ている気がしてね。気になったんだよ。」
「そうですか。」
男は気持ちが上向いてきたのか顔には笑みが浮かんでいた。おそらくこの男もここで自分の居場所を見つけることだろう。出来ればこの店の常連になってくれるとうれしいんだがね。
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すべてを失った気がした。ここの海に落ちて、見知らぬ人々に会って。今まで築き上げてきたものはすべてあちら<・・・>に置いてきてしまったと、そう思っていた。しかし、向こうに何を置いてきたというのだろう。大学の残りの単位だろうか?アルバイトのシフトだろうか?借りていたアパートメントの家賃だろうか?それとも仮初の父親だろうか?・・・結構多いな。でも、すべてじゃない。ここには『俺』がいる。生きている俺がいる。この町の空気を吸い込んだ瞬間、初めて自分の心臓の鼓動を聞いた気がした。
目を瞑りながら余韻に浸っていると大声とともに背中で急激に重量が増した。
「ヨシヒロー!私を置いて行くとはいい度胸ですわね!」
「デス・・・、お嬢様。何故ここに?」
思わず名前で呼びそうになるが、ここが往来であることに気づき言い直す。こんなところに皆のアイドル、神、教祖、何でもいいが注目を集めそうなこいつがこんなところにいることを知られたら洒落にならん騒ぎになる!こいつもその辺りが分かっているのかフードを深く被っていた。
「アドニスに聞きました!」
あの娘ばか親父め!余計なことを!思わず舌打ちしそうになるのを懸命に堪える。
「そうか?しかし、一人で出てきたのか?」
「えぇ、もちろん。補佐官が出来たことで私もやっと一人前になりましたしね。師匠には『お前に教えることはもう何も無い。あとは自分で学べ。』とありがたいお言葉をいただきましたので、間違いないですわ!」
きらきらと星の瞬くような目をしているところ悪いがおそらくあのツッパリ先生はズバリ面倒臭くなっただけだろう。
しかし、言わないでおこう。前向きに物事を捉えている人に後ろ向きな発言をするのは顰蹙ものである。誰が眉をひそめるというのか。それは周りの人間だ!おそらくそんなことを言おうものならこのお嬢様は涙目になり、それを見た周りの人は何事かと思うだろう。あらぬ疑いをかけられるのは本意ではない。
「そうかぁ!よかったじゃないか!」
俺という犠牲がいなければ!
「えぇ!で、ですね。そのぅ。私としてもその、記念になるようなものがほしいといいますか・・・。」
ごめん!給料日前!という台詞が喉元まででかかる。金など無い。マジない。記念品をせびるとは。小さくてもこいつは紛れも無く『女』であったか!
「そ、そうかぁ。記念かぁ。もらったらうれしいよなぁ!」
「えぇ!」
まずい。ものすごい期待されている。期待されている!待て待て!お嬢様ならその辺の人から『お嬢様が一人前になった記念』なんていくらでももらえるのに何で俺が?!考えろ!こいつも俺の懐具合はよーく知ってるはず。ならたいしたものは買えないことぐらい分かってるだろう。なんだ?向こうにいたときは・・・。記念品といえば寄せ書きとか?いやいや、一人が書いても寄せ書きにはならんだろう?後は・・・記念写真?写真機がねぇ!ん?写真?そうか!
「すいません、お姉さん。店先少し借りていいですか?」
「ああ、いいけどこの子は?」
「預かってる子供です。」
「あぁ、子守の。かまわないよ。」
子守という単語にデスポイアがピクリと反応するが、とりあえず騒がずにいる。これまでの俺の鉄拳による教育成果が上がっているようだ。
「ありがとうございます。あと墨と水、あと少し粘り気のある出来るだけ色素の薄い液体ってあります?」
「粘り気ね?ダーシャンの皮の煮汁が粘り気があるけど若干黄色がかってる。それでいいならあるよ。でも売りもんだよ?」
「お金は払います。」
「ならいくらでも持っていきな!」
「ありがとうございます。」
炭と水の入った陶器をもらうと墨をナイフで細かく砕いて陶器に混ぜ合わせダーシャンの皮の煮汁を少しずつ加えてかき混ぜていく。この汁がえらい匂うが炭を加えていくとだんだん匂いが取れていく。後ろでお姉さんが興味深そうに見ている。なんだか見物人が増えていくが気にせず続ける。
「じゃあ、デシー。一寸座ってじっとしててね。」
「デシーとは私のことですの?」
「あぁ、省略してみた。」
小声で『ここで本名を口にするのはまずいだろう?』と耳元でささやく。
「えぇ、秘密は仲良くなる秘訣だってお母様もおっしゃっていました!その呼び名を許します。」 お母様、あなたは自分の子供に何を教えてるんですか?
「じゃあ、動くなよ?」
するとデスポイアは店の前に備え付けられたベンチに背筋をぴんと張って座った。普段このくらい素直ならなぁとぼんやり考えながら、小さめの荷袋の中から余っていた羊皮紙を取り出しナイフの先にさっき作った黒い液体を付け手を常人には不可能な正確さとすばやさと細かさで動かしていく。
その紙の上を瞬く間に黒い色が勢力を増していった。最初、その紙面を覘いて人間には何をしているのか分からなかったが、時がたつにつれて気づく人が増えていった。
「おい、これって。」
「あぁ、この店の景色そのままだ。」
「なんという細かさだ!店の商品の一つ一つまで克明に!」
「それにビンに写ってる様子まで再現している!」
「それにしても目の前の少女の顔だけまだ真っ白だな。」
「あ、顔描き始めた!」
「しかし、フード被ってるから分からないんじゃ?」
「いや、でも描いてるぞ。目も鼻も口も描いてるし。ていうかこれは・・・。」
「・・・美しい!」
義弘は周りの声など聞こえずに一心不乱に描き続けた。提出物の信頼性の確保のために手書きを超える手段を人類は未だ発明できずにいたため、レポートは原則手書きである。彼の自作アプリケーション『自動筆記』は彼が授業のレポートを書くのに嫌気がさし作ったものだ。懲りすぎてその精度はデジタルカメラ並みである。ちなみにフードで隠れたデスポイアの顔は彼のIISのフォルダに保管されたデータを下に再現している。ちなみに美化はしていない。何故ならする余地が無いからである。
「・・・出来た。」
出来上がると周りから拍手が巻き起こった。知らずにギャラリーが出来ていて驚いたがとりあえずまだ微動だにしないデスポイアに声をかける。
「デシー、もう動いてもいいよ。」
「もういいのですか?」
「あぁ、もう記念品は出来たから。」
「これが?」
「あぁ、一人前になった君の姿だ。見てごらん?」
「これ・・・は、私?」
「あぁ、そうだよ。」
「私、これまで肖像画を描かれたことは何回かあるけれどこんなに美しく描かれたのは初めてですわ・・・。」
「うれしい?」
「えぇ!えぇ!とっても!」
その笑みを俺は忘れないだろう。保存用フォルダにキッチリ保存したからな。
その後、自分の店を描いてくれと引っ張りだこになったのだが、それはまた別の話。
「なんてことだ、、、最高だッ!おもしろいッ!ぼくはマンガ家として最高のネタをつかんだぞッ!」by 岸辺露伴
って感じの瞬間が最近あまりにないなぁ。