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機械化少年の異世界史  作者: 噛ませ犬
第4章 帝国編 2
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帝国編:第十八話 逃げんなよ!乗り越えろよ! って無理! 三十六計逃げるにしかず

初投稿からちょうど一年という。

 ここは南方国境の前線基地も兼ねた城塞都市、アウストラリス・カストルム。直訳すればそのまま『南の城塞』である。元は前線基地として築かれたものが発展した都市である。

 現在、ここには5万の兵力が常駐している。南の防衛の要である。その要衝には神武将の一人がつめることになっている。南国境は人族以外の種族でひしめき合っており、火種の絶えない地域である。それぞれの絶対数は少ないが個体ごとの実力は基本的に人より高い。特に竜族などは比較にならない。

 そのように危険地帯であるが、この南方地帯でしか産出されない食料、鉱物、薬の原料などがあり、南方国境はそういった珍しい文物であふれている。それを求めてやってくる商人も居り、そのおかげもあってアウストラリス・カストルムは王都とよりもエネルギーに溢れ、活気がいい。その土地に二人の男女が到着した。


 「や、やっと着いた。もう、耐えられない。」

 義弘はここ数日で急激にやつれていた。顔は土気色をしており、服は土ぼこりで汚れもはや元の色が何であったか分からない状態である。

 「まったく軟弱ですわね。」

 デスポイアは対照的に溌剌とし、その肌は瑞々しく輝いている。

 「誰のせい・・だ・・誰の。」

 義弘は搾り出すようにデスポイアに突っ込みを入れるがそれにはまったく力が感じられない。

 「誰のせいですの?」

 きょとんとした顔で義弘を見上げている。もし体調が万全で人事であれば別の感想をもったに違いないが、俺にはこのリアクションが腹立たしくてならない。

 「お前だ、お前。」 

 デスポイアを指差す義弘の指先は震えていた。それは怒りゆえか悲しみゆえか。いや、そのどちらでもあるまい。単純に疲労であろう。

 「私の身支度を手伝わせてあげたのに、何でですか?」

 何ですか?あなたの身支度を手伝うと体力が回復するんですか?それは知らなかったなぁ。ふざけちゃいけない。

 「・・・もういい。」

 思えば道中、立ち寄る町ごとに温泉を造り続け、だんだんエスカレートしていくデスポイアの要求になんだかんだで付き合った。慣れとは恐ろしい!俺はこんなに押しに弱い男だったのかといまさらながらに思う。新しい自分を発見した。見つけたくは無かったが。


 「そうですか、では次は私の髪を結いなさい。」

 もはや何故と聞くことすら面倒になってきた。返事をする前から後ろを向いてスタンバイOKな奴にあきれを通り越して尊敬すら覚える。


 道中暇つぶしに竹に似た植物を加工して自作した櫛でデスポイアの新緑を思わせる髪を梳いていく。その肌触りは絹糸のように滑らかでその点だけは役得といえなくも無い。道中命令と言う名のお願いをされ、始めた髪結いであるが、これをしている間はデスポイアがとっても静かでおとなしくしているので実はこの時間が割りと好きになりつつある自分が居る。


 人間、繰り返すと飽きるもので、この際遊んでしまえとデスポイアの髪型はこの道中、千変万化していた。最初は一まとめにするだけであったが、このお嬢様から駄目出し。なら二つにまとめたら蔑む様な目で見られた。三つ編み、お団子と様々な髪型を試し、最終的には湯で温めた木の丸棒でカールまでさせてしまった。凝り性な自分が恐ろしい。美容師に転職してしまおうか。無職だけど。


 今日は久方ぶりに親に会うという。だから髪型にもこだわりたいらしい。迷惑な話である。結局、髪を両サイドに編みこみ、あまった髪をたらし、すっきりヘアにしてなんとか納得してもらえた。すこし満足感を得られてしまっている俺は末期である。


 「さて、まずはあなたのそのみすぼらしい格好をどうにかしなくてはいけませんね。」

 ほっとけ!これは俺の一張羅だ。新しい服を買う金は無い・・・こともない。道中、宿屋の主人からそれなりの礼金をせしめていたからである。しかし、今後のことを考えると貯金しておきたい。せめて定職につくまでは!

 「俺はこのままでいい。」

 「私の横をそのような姿で歩いてほしくないだけです。」

 「ならこの服を洗えばいいだろう?」

 「私は今すぐその格好をどうにかしたいのです。」

 「・・・分かった。古着を買おう。」

 着替えが何着かあるにこしたことはない。

 

 「これなんかどうですの?」

 その服は細かい刺繍がされており一目で分かる高価な品だった。おまけに色が白!絶対高い。

 「そんな高価な服を買えるか!こっちの茶色の服にしよう。汚れが目立たないし丈夫そうだ。」

 「その服肌触りが良くなさそうです。」

 そうなんだよなぁ。それはかなり気になるがこの際贅沢は言ってられない。

 「いいんだよ。手持ちの金じゃあこの辺がちょうどいいの。OK?」

 結局、襟付きのシャツと茶色のジャケット、黒のパンツを買った。その場で着替えて元の服は荷袋に突っ込んだ。

 

 デスポイアの実家は広かった。門の大きさからして可笑しかったが、門をくぐって屋敷と思しき建物までさらに距離があった。これは歩きたくないなと考えていると迎えの馬車が来た。馬車といっても馬ではなく、二足歩行の爬虫類であったが。

 

 「ところでお前の母親ってどんな人なんだ?」

 そういえば聞いていなかったので会う前に人となりを聞いておこうと思い聞いてみた。

 「母上ですか?母上は・・・会えば分かりますわ。」

 「・・・そうか。」

 聞きたい!なんだそのもったいぶった言い回しは!気になる!しかし、聞くのはなんとなく怖い。

 

 なんとなく沈黙が続くと屋敷に到着し馬車は止まった。俺はこの屋敷からこの世のものとは思われぬ妖気を感じていた。いや、俺にはそんな感覚は無いから正直錯覚なのだとは思う。しかし、なにやら無視できないいやな空気が感じられるのだ。

 

 馬車から降りると屋敷に招かれ、これはどこの謁見の間ですかといった面持ちの部屋に通され、待たされること約15分、一人の女性がもう二人の男とともにやってきた。

 とりあえず深々と頭を下げ、そのままでいると、

 「頭をお上げください。」

 頭を上げてその女を見るとそのプレッシャーにまた頭を下げそうになる。この女を正面から見ては駄目だ!目線はそらさずに視界の一部をシャットダウン、ナノマシン散布開始。

 「ようこそ、アウストラリス・カストルムへ。あなたのことはデスポイアから聞いています。私はデスポイアの母、ペルセポネです。よろしくねヨシヒロさん?」

 母親・・・だと?若すぎる!どう見ても二十代前半、整形した痕はない。どういうことだ?

 「どのようなことをあなた様のお耳にお入れになったか非常に気になります。お耳汚しであったのではないでしょうか?」

 「いえいえ、大変楽しませていただけましたよ?デスポイアはあなたのことを大変気に入っているようで。私としてもあの子にやっとそのような関係の方が出来たのだと安心していました。」

 うん。『そのような』のところを詳しく聞きたいところではあるが、聞かないでスルーしよう。わざわざ蜂の巣を突く様なまねは慎むが吉であろう。

 「それはよかった。お嬢様には貴重な体験をさせていただいております。」

 「そう。また詳しく聞かせていただけるかしら?」

 「もちろん。」

 お断りである。そんな自虐ネタを披露することを喜ぶような性癖は持ち合わせていない。


 「デスポイアちゃん、久しぶりだね。」

 ペルセポネさんの隣に居る優男が目を潤ませて俺の右隣のやや下を見ている。おそらくデスポイアの父親、ペルセポネの夫であろう。久しぶりに見るわが子の姿に泣いているのか?デスポイアを見て?なんと物好きな!いや、それが父親というものか。しかし、『ちゃん』付けって。思わず口元が緩むとこちらを見ていたデスポイアの目が険しくなり、

 「デスポイアちゃんなんて呼ばないでいただけます?アドニス様?」

 男の目に涙がさらに溢れてきている。決壊まで秒読みである。

 「デスポイアちゃん、そんな他人行儀な。お父様って呼んでくれてもいいんだよ?」

 デスポイアは『あんた何言ってんの?』と言いたげな目をしている。その目、俺も何回かされたことありますよ、アドニスさん。

 「私にお父様など居ませんわ。」

 このガキは今の言葉絶対将来後悔するな。大きくなったらこいつの黒歴史としていじり倒してやろう。

 「そんな!」

 「あなた、ひとまずそこまでになさって。今はお客人の前です。」

 「・・・そうだね。」

 なんとなくこの一家のヒエラルキーが見えた気がした。

 

 「・・・お前は何故帰ってきた、デスポイア。」

 うーわー、目つきが大変悪い。短髪のオレンジ。まるきりヤンキーである。いい年下親父がヤンキースタイルとは。

 「旅の目的を果たしたからですわ、ヒュペリオン先生!」

 なんと、先生でしたか。これからツッパリ先生と呼ばせていただきます。

 「ではこの男がお前の・・・。」

 「はい。」

 この場の全員の視線が俺に集まる。これはどういうこと?目的とは何だ?それでなんで俺を見る?

 「何か?」

 ツッパリ先生がゆっくり近づいてくる。なんだ?

 「そこのお前。デスポイアの補佐官となるか?」

 「いえ!なりません!」 

 俺は思わず反射的に答えていた。

 

 その時、場が・・・凍った。


 「どういうことですの?」

 「あらまぁ。」

 「私の娘のどこが不服だと言うんだい?!」

 「懸命な選択だ。」


 四者四様のリアクションが返ってきた。お父さんが鬼の形相でこちらを見ている。さっきまでのやさしいあなたに戻って!

 

 「いや、私ではお嬢さんの補佐など勤まらないということでして。」

 無理。私には荷が重過ぎるのですわ、お代官様ぁ。

 「あら、じゃあ少し質問させてもらうけどいいかしら?」

 「はい、もちろんです!」

 この人には思わずイエスと言わせる何かがある。

 「ここまでの道中、あの子はどのくらいの人を医者送りにしました?」

 「いえ、一人も。」

 俺が精神科医にかかりたくなったりはしたけども。ってなんかすごく驚いているな。

 「・・・まぁ!驚いたわ。」

 「なんということだ。そんなことが可能とは。」

 「・・・信じられん。」

 え!どういうこと?けが人が出ることがデフォルトなのか、この子。なんてバイオレンスでデンジャラスなお子様なのだ。思わずデスポイアから距離をとる俺である。

 

 「これなら十分補佐官の任に堪えるのではないかしら?」

 「私はいつもぼろぼろにされるのに!?」

 「いい男を見つけたな。」


 ちょ、っちょっとまって。ストップ、可笑しい流れになってるよ!

 「一寸まってください。まさか、この子の補佐官やることになってます?」

 「そのとおりですが?」

 「私は希望してないんですが。」

 「なりたくないんですか?」

 「はい、できれば。」

 「困りましたね。あなたほど適任の方は居ませんもの。」

 「え?」

 「残念ながら強制という形になってしまいますわね。」

 「拒否権は無いんですか!」

 「ありません。」

 

 あぁ、親子だ。この人たちは確実に親子なのだな。そっくりだ、押しの強さが。このあたりの影響を受けているのだな。助けを請うように視線を走らせるが、お父さんは何かうらやましそうな目をしている。代わってほしい、マジで。ツッパリ先生は頼んだぞってかんじで神妙な顔で頷いてるし。いや、頼まれませんよ!?よく見て!頼もしく見える?俺?そんな馬鹿な。


 呆然としていると、一件落着的な感じでお三方が退出していく。思わず右手が上がるが、ちからなく下げるしかなかったのである。


 こうして俺は後始末係に就職してしまった。強制的に。




一年って、速いね。

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