帝国編:第十七話 世の中メリットが無ければ人は動かないのか? いやいや、どこかに無償の愛はあるはず! ・・・あるよね?
宮本武蔵は『仏神は貴し仏神をたのまず』といったそうですが。
仏に頼りたくなるときもあるんですよ、宮本さん。
さて、今俺は胡坐をかいて気持ちがいいほど青々とした空を見上げている。周りの景色が後ろへと流れていくのを漫然と眺めながら天に祈る気持ちでいるのだ。助けて神様、仏様、マホメット様。いや、神が今まで俺を救ってくれた事があったろうか。いや無かった。それに俺は信仰をこれまで持ってこなかった。都合のいいときに頼るのは間違っている。大統領様、首相様、総書記様、どうかお助けください。助けてくだされば次の選挙で投票します、マジで。
やめよう。まったく建設的ではない。この状況に俺を放り込んだ奴がいるが、その耳の構造に欠陥があるに違いない。俺の声が脳に届くまでに通り抜けるか変換されてしまうらしい。俺の前に座ってさっきからしきりに話しているが俺も奴に習い耳に入る音をシャットしている。ああ、静かだ。たまにはこういうのもいいかもしれない。
次の町まで後四半日かかるらしいことを言っているようだ、唇を読む限り。いや、すぐ着くって言ったじゃん。あぁ、ここはすぐの感覚が俺とは違うのだな。
目の前の少女は無視し続ける俺に対し怒りを露にしている。そろそろ意趣返しをするのもやめておかないとまずいことになるだろう。泣く子供ほど手に負えないものは無い。
「・・・聞いていますの!?」
「あぁ、聞いてるよ。」
「嘘おっしゃい、先ほどからまったく反応しないではないですか!」
「分かってるなら聞きなさんな。どうも相互理解が追いついてないようだが、君何がしたいんだ?言っとくけど俺を誘拐しても何にもならんぞ?お嬢様だから営利誘拐ってわけでもないんだろう?」
「誘拐とは人聞きの悪い!」
「それ以外の何だというんだ?」
「捕獲ですわ!」
いや、何が違うの?あ、そうか。俺を人としてみてるかどうかの違いか。そうかぁ、なるほどなぁ。納得した。・・・ふざけんな。
「じゃあ、今の状況が俺の意思に反しているってのは分かってるんだな?」
「えぇ。」
すまし顔で何言ってやがる。
「そんなことしていいと思ってるのか?」
「私のすることを止められる人間がいるとでも?」
あぁ、そういえば化け物だったなこのお嬢様。ひょっとして今の俺に人権は無い?なんということだ。俺の進退がこんな子供の掌の上とは。
「・・・俺をどうするつもりだ?」
「心配には及びませんわ!昨日、安全の保証を制約したでしょう?私、制約を破る人間ではありませんわ。私に任せていれば大丈夫です。」
いや、甚だ不安だ。不安要素しかない。一寸力があるだけで、まだ子供のこいつに保障されても・・・。それにしても緊急時とはいえIISに体を動かされるとは。勝手にこんな契約しやがって。
「・・・具体的にはどうするつもりなんだ?」
「私の補佐官になってもらいます。」
「それって昨日の勝負で俺が負けた場合の条件じゃなかったけ?どさくさにまぎれて都合のいいこと言ってるんじゃないよ?」
「それでは補佐官候補になっていただきますわ。」
「候補が付いただけじゃねぇか!んな屁理屈が通じるわけねえだろうが!」
「戦略級精霊術師の補佐官の任命権は担当の神武将にしかないのでこれから会いにいきます。」
「無視?あえて無視?この扱いに意義を申し立てる!それに神武将って何だ、戦略級精霊術師って何だ!まったく分からん!ていうかなんで俺がそんな補佐官なんちゅうものにならなくちゃならん!」
おーい、鳩が豆鉄砲食らったような顔してんな。そんなに驚くようなことか?
「そんなことも知らないとは予想を遥かに超えた無知振りですわね。よろしいですわ!この私がお教えして差し上げますわ!」
んなもん知らんもんは知らんわい。しかしここは調子に乗せて話してもらったほうがいいな。
「お教えください。」
「よろしい。これからは私を先生と呼ぶように。」
調子に乗りやがってこのガキ。しかし、この調子ならうまいこと話してくれそうだ。
「よろしく、先生。」
「まず、戦略級精霊術師ですが、すごい精霊術師ですわ。」
うん、まったく分からん。期待した俺が馬鹿だった。
「はい、先生。まったく分かりません。」
「まったく、お馬鹿さんですわね。要するに皆が崇め奉るような、そう国宝ですわ!」
あぁ、国宝級だよ。あんたの頭のめでたさは。
「なんで崇められているんですか?」
「それは精霊の加護を誰よりも大きく受けているからですわ!」
「精霊の加護?」
「そうです。精霊の加護を大きく受けているものほど大きな力を操れるといいます。」
「精霊ってなんですか?」
「精霊とは万物に宿る目に見えないモノですわ。その精霊に愛されればその力をお借りできるのです。精霊の恩恵を受けて人は生活していますから、人はこの精霊を敬い、それに愛されている私を敬うのです。」
なるほど。宗教的なものか。万物に宿る・・・か。
「しかし、戦略級ってどういう意味で付いてるんです?」
「いい質問です、ヨシヒロ。昔、始祖皇帝の御世のことです。」
デスポイアさん、ノリノリですね。あ、この話は長くなりそうだ。
「その建国時に力を貸した偉大な精霊術師が居たそうです。その力は天を裂き、大地を砕き、万の軍を一瞬で吹き飛ばしたといわれています。その後、建国がなると一人で戦局を左右できる精霊術師を戦略級精霊術師と皇帝自ら呼称し、その功績に対し唯一皇帝の命を受けずに行動できる権利を与えました。」
よくある建国神話だな。というかそんな力を持った人間が居たとして、国の組織に組み込めるわけが無い。独立行動権を与えたというより体のいい厄介払いだろう。
「戦略級精霊術師は建国後、精霊に強く愛された子供たちを集め、育て、そのまま天寿を全うしたそうです。その子供たちが戦略級精霊術師の呼称を継承し、その継承が戦略級精霊術師によって続けられてきたそうです。」
皇帝に戦略級精霊術師の任命権は無いって事か。それはそうか。無理だよな。
「戦略級精霊術師はどういう基準で選んでるんです?」
「それは私にも分かりませんわ。ヒュペリオンも『その時が来れば分かる』としか教えてはくれませんでしたし。」
「ふーん。なるほど。ところで天を裂き、大地を砕き、万の軍を一瞬で吹き飛ばしたって言ってたけどまさかお前も出来るって言わないよな。」
デスポイアはただ首を横に振った。ですよね。そんなのは神話の中だけですよね。
「私はやったことが無いので分かりませんわ。ただ私の師匠のヒュペリオンは若かったころ、南部国境の森林地帯を焼け野原にしたことがあるとか。」
そうか、出来るかもしれないんですね?想像以上です。
「そんな奴に補佐官なんて要らないんじゃない?」
いや、マジで。いらないでしょう。そんなのに付き合ってたら命がいくつあっても足りないわ。
「いえ、戦略級精霊術師の希望を叶えるのに補佐官は必要なのですわ。私では細かい事出来ませんもの。」
ようするにパシリですね。なんてこった。こんなバイオレンスでデンジャラスな娘の子守をしろと。
「うん、なるほど。勘弁してください。」
俺は深々と頭をたれる。恥も外聞もない。相手に対して切れるカードがないのなら頭を下げるしかない。
頭を下げてから沈黙が続く。沈黙に耐えられなくなり上目遣いで彼女のほうを見ると、うつむいて震えている。まさか・・・泣いているのか?・・・まぁ、ここは合わせておくか。普通に考えて俺を補佐官にはしないだろう。例の十二神武将(?)も。
「・・・分かったよ。補佐官候補とやらになるよ。でも決めるのは神武将なんだろう?その人が駄目と言えばあきらめろよ?」
諭すように言いながらデスポイアの頭に手を近づけていくと彼女の頭は急に上を向き晴れやかな笑顔でこちらを見た。
「本当ですの!?」
「あ、ああ。」
俺はその勢いに若干押されながら反射的に返事をしていた。
「やった!」
ガッツポーズをとっているデスポイアを眺めながら、もうなるようになれという投げやりな気分になり、ふっとため息を付いた。
それから夕方になってやっと町に着き、まず宿屋を探し始めた。さて、ここで問題が発生した。正直、俺の財布の中身はお寒い限りで、低級の宿に泊まらないと食費などの出費を今後まかなえない。
しかし、同行者のお嬢様は低級の宿になど泊まることを考えてすらいないようで、やたら豪華な門構えの宿屋に入ろうとしている。それを止めるべく肩をつかみ逆対称に力を加えて180°回転させ、金が無いことを伝えるとこのお嬢様はなんともいえない顔をしてこういった。
「私は金など払ったことはない。」
・・・何ですと?WHAT?
「じゃあ、どうやって宿屋に泊まったり、食事したりしてたんだよ。」
デスポイアは首にかかっている鎖を引っ張り服の中に入っているものを取り出した。それは緑色の宝石であり、よく見るとその宝石の中には角の生えた馬が二頭後ろ足で立ち、対称にクロスしている絵が描かれていた。
「これは?」
「戦略級精霊術師の証。ディイの紋章ですわ。」
「うん。それで?」
「これを見た人は私に無償で奉仕するのです。」
なんですと?この子はゴールドカード持ちでしたか。
「でも、じゃあその金は誰が出してることになるんだ?」
「ですから、無償といったでしょう。これは精霊への供物となるのです。」
ほんとの意味で現人神であったかこのお嬢様は!ということはこのお嬢様についていっている限り生活費について考える必要は0。いやいや、ちょっとまて。そんなことは俺のプライドが許さない!断じて!しかし俺の財布ではこのお嬢様の生活スタイルに合わせることは不可能だ!これはこうするしかないな。
「そうか。なら別々に宿泊しよう。」
「な、何故ですの!?」
デスポイアは思わず身を乗り出してくる。近い、近い、近い!
「何故って。君はこの宿に泊まりたくって、お金の心配は無い。でも俺の財布の中身じゃこの宿に泊まれない。なら別々に泊まるのが自然だろう?」
「どこが自然ですの?一緒に泊まればいいではないですか!?」
「安宿なら泊まれるだけの金はあるんだからタダで泊まる理由はないな。」
「私がそれを望んでいるのです。それではいけないのですか?」
「いけないね。宿代を負担するのは宿屋自体で君じゃない。何の対価もなく、他人の好意を望むのは対等な人間関係とはいえない。君と宿屋は対等な関係じゃないのかも知れないが、俺と宿屋は対等な人間だ。ただで泊まることは出来ない。それは譲れ得ない。」
デスポイアは口をきゅっと閉め、顔を赤くしてうつむいている。怒っているのか?いや、今言ったことを理解できないのか。
「つまりは俺の誇りの問題だ。」
デスポイアは勢いよく顔を上げた。
「そう!お母様もおっしゃっていましたわ。人の誇りは汚してはならないと。そうですか。分かりました。私も安宿に泊まることにします。それならいいのでしょう?」
「ああ。」
なんだ意外といい子じゃないか。そうこの時は思った。この時の俺の甘さはあまおう並に甘かった。
「ここには湯殿が無いのですか。では湯を用意なさい。」
あぁ、こういう奴だよ。やっぱり別々に泊まったほうがよかったんじゃないかな?
「お湯はセルフサービスだよ。」
「セルフサービスとは何です?」
「自分で用意せいってこと。」
「何で私がそのようなことをしなければならないのですか!」
「知るか!安宿ってのはそういうもんだ。自分でするから安いんだよ!」
「ではあなたがお湯を用意してください。」
「何で俺が!」
「あなたがわがままを言うからこのような宿にしてあげたのですよ?当然あなたが用意すべきですわ。」
言うに事欠いてこのアマ。
「今から元の宿に帰ってくれても俺は一向に構わん!」
「いやです。それに私、湯を作ることなどしたことはありませんもの。」
「湯殿が無けりゃつくりゃいいだろ。」
「どうやって?」
「温泉を掘るとか。」
「どうやって?」
「地面の温度ってのは深ければ深いほど熱くなる。なら地下深くにある地下水脈はもれなく湯ってわけだ。君ならその地下水脈まで掘ることが出来るだろ?」
「それですわ!ではどこを掘ればよろしいの?」
「それよりもまず、掘ったらすぐに湯が噴出すから浴槽を作らないと。あと湯の温度調整をするための冷水の道と排水の道を作らないとあふれてしまう。」
「そうですの?」
「そうだ。今から地面に図面を引くからそのとおりに作ってくれよ。」
「わかりましたわ!」
こうして安宿は温泉つきの宿となり、その付加価値で中級の宿にランクアップしたとさ。宿屋の主が喜んだのは言うまでもない。
その温泉を作ったのは緑の髪の少女と黒髪の青年であったという噂が広まった。黒髪に青年は『組合』の紋章の入ったナイフを所持しており、この青年が『組合』の一員であるとされ、それにより『組合』の評判が上がった事は余談である。
無計画な地下水のくみ上げはその土地の地盤沈下を起こす原因となる場合があります。
ご利用は計画的に。