帝国編:第十六話 渡る世間は罠だらけ 施した対策は穴だらけ 強く生きようと思った
[オープニングナレーション]
あの悪夢のような死闘の後ベッド中で、義弘はゴワゴワの毛布に包まれた。あらゆる不幸は絶滅したかに見えた。しかし、不幸は絶えてはいなかった。
長年歴史を刻み、受け継がれてきた恐るべき『お約束』があった。その名を『着替え乱入』。ラブコメに連なる2つのフラグのもと、一作一人のヒロインの座(例外アリ)をめぐって、悲劇は、繰り返される。
運命を切り拓く男がいる。運命に背く男がいる。それは、いじられ主人公の宿命。見よ、今、その長き不幸キャラの歴史に、終止符が打たれる!
瞼の裏から光が透過してきて、耳には鳥たちの朝の挨拶が届く。
朝だ。昨日は色々ありすぎて疲れてしまった。まったくあんな事は他人事だと話の種にできるが、いざわが身に降りかかったときにはなんともやりきれない気分になるな。
さて。もし、今の状況で昨日のように不幸がわが身に降りかかるとしたらどのようなことが起こりうる?
①目を覚ますと隣から「うぅん・・・。」という悩ましげな声が聞こえてきて、不思議に思った俺が布団を捲るとそこにはなぜか女の子が!
②目を覚まして着替えようとしたら朝食の用意ができたことを伝えに来た女の子がノックなしに入ってくる。
①、②。起こってほしくないパターンだ。
①の場合は相手の着衣がどうなっているかによって危険度が大幅に異なる。将来に関わるか笑い話ですむかの境目である。
②の場合は、相手のリアクションに寄るであろう。
無言で平手が飛んできた場合、避けることはできるが、避けないのがおそらく正解であろう。しかし、なんでも許してしまう某神の子のごとく反対の頬も差し出すことはNGだ。おそらく相手は数歩後ずさった後、脱兎のごとく逃げ出すだろう。そして彼女の青春の輝かしい一ページに赤字ででかでかとこう書かれるのだ。『変態』と。そうなれば一生立ち直れそうに無い。あ、考えただけで涙が出てきた。
また、精神的ダメージが一番大きいであろうリアクションは、目線が下がりその後、上がって目線が俺とあい、フッとかわいそうなものを見るような目で見られ、笑われることだろう。これはかなり効く。これはこれで立ち直れないかも知れない。
しかし、この二つとも恐れるに足りぬ。想定される事象は対策を立て、防ぐことが可能であるからだ。昨日は想定外だったが、今回は想定済み。
①、②双方に対して、非常に有効な手段が存在する。簡単なことだ。鍵をかければ良い。鍵は自作した。
これでこの部屋で起こりうるハプニングは9割がた消滅する。しかし、ここは何が起こるかわからぬ異界。念には念を入れておくべきであろう。
鍵というハードルを易々と越えそうな奴もいる。さすがに扉が吹き飛ばされるような事態になれば起きる自信がある。しかし、鍵自体を静かに破壊されれば昨日の疲れもあり起きられないかもしれない。
ならばそれなりのトラップを仕掛けるべきであろう。鍵が壊され、扉が開くと上から金盥が落ちてくる仕掛けである。古典的で単純だが故に避けづらい。
これらの対策を施し、俺は眠りに付いた。そうして起きて見ると自室の扉付近に金盥とうつ伏せに倒れ伏したデスポイアの姿があった。
この時、そうか①の方だったかと寝ぼけた頭でぼんやり考え。布団の中で握りこぶしをつくって運命に打ち勝った余韻を楽しんだ。俺は勝った。不幸に。
とりあえず気絶したデスポイアをそのままにはしておけず、何とかベッドまで運んだ。そして手早くトラップと鍵を回収し、普段着に着替え始めた。ちなみに俺は順番には着替えず、まず全部脱いで下着姿になってから上に着ていく派だ。この習慣をこの時ほど呪ったことはない。
「ヨシヒロ!朝食の用意が出来た・・わ・よ。」
このとき俺は思った、②か。いや①と②のあわせ技か。これは想定外。しかし、男であるからか下着姿を見られてもさほどショックは受けていない。こういう場合、何故か相手の方がショックを受けるものである。コレーの目線が上下する。あぁ、②の想定リアクションの後者か。しかしこの予想も外れる。目線は上下した後、自室のベッドに固定された。
ベッドにいるデスポイアは夜に忍び込もうとしていたから当然、寝巻き姿である。人を一人で運ぼうとする場合、両手を相手の脇の下に通し、足を引きずるように運ぶのがやりやすい。しかし、そうするとだんだん下の着衣が乱れて来てしまう。まぁ、そういうわけで。今の状況を前情報なしに見ればどう考えられるのか。義弘はそこまで考えがいたらないまま、その場は沈黙に支配された。
「うぅん・・・。」
デスポイアは目を擦りながら、目の前の光景を見ていた。ヨシヒロは下着姿で着替えに手を伸ばしたまま動く様子は無い。コレーはこちらを見て固まっている。視線をそのまま横にスライドさせると床に紐と金盥が置かれていた。
その光景は彼女の頭を急速に覚醒させ、後頭部が主に覚えている昨夜の記憶をよみがえらせた。
「ヨシヒロ!あなた!よくもこの私を罠に嵌めてくれましたわね!」
「「罠?」」
思わずコレーとヨシヒロの声が重なる。しかし、それに連なる言葉はまったく異なっていた。
「ああ、あれはお前の自業自得。ていうか呼び捨て!?」
「罠!?ヨシヒロ、いったいデスポイア様に何をしたの!」
「いや、何もして無いはずだけど。」
「では、あの着衣のみだれは?」
「あれは運んだときに・・・。」
「「運んだ!?」」
今度はコレーとデスポイアがユニゾンした。
「あんたは運んだの?女の子をベッドの上に深夜に。」
「・・・。(なんてことですの。そんな時に気絶しているとは。一生の不覚ですわ!)」
「ちょっと待て!誤解を招く単語を並べるな!それに運んだ時刻に訂正がある!」
「じゃあ、いつ、どうして運んだの!」
「今朝だ!床に寝かしたままじゃ何だからベッドに運んだ!何も疚しいことは無い!」
ヨシヒロは腕を組んでどうだといわんばかりにふんぞり返った。
「・・・なんてことなの。ヨシヒロがベッドを使わずに床で・・・。なんてマニアックな・・・。」
「どうしてそうなる!」
「それ以外に無いでしょう!」
「いやいや。」
「ではそこの床にある縄と金盥は?」
「いや、それは罠に・・・。」
「やっぱりデスポイア様を罠にかけたのね!」
「ちょっと待て!俺は自衛のために罠を設置したのだ。それに引っかかるような非常識な行動をするからあいつは罠にかかったんだよ!」
「人の家に罠を設置するほうが非常識よ!」
「・・・。」
これには何の反論もしようが無かった。デスポイアという少女の異常性をまだコレーは知っていないらしい。
「コレーとやら。そなた何か勘違いをしていますわ。」
予想外の方から救援があったものだ。これは正直ありがたい。
「私は自分からこの部屋へと来たのです。」
来たじゃなくて侵入というのだ。言葉は正確に使わなければあらぬ誤解を生む。それはこちらに来てから大いに納得した。
「自分から?」
「うむ、自分からです。そしてこの部屋に入った瞬間に大きな衝撃を受けて、気を失いました。おそらくヨシヒロはその私をベッドまで運んだのですわ。」
「・・・衝撃、気を。」
こらこらこら、まったく何を考えてる。もはや思考回路がそちらに傾いているな。これが思春期の乙女クオリティ。
「・・・。」
コレーさんが数歩後ろに下がり、無言で脱兎のごとく走り出した。
あれ?なんかデジャブ?あぁ、想定してたリアクションのひとつだ。とりあえず、ベッドの上で天使のような顔で悪魔的な言い回しをしやがった少女の頭を叩くことにした。もちろんグーで。
これが今朝の出来事。
「はっはは。」
ここの主人のヘリオスさんは朝食の席で事のあらましを話したら大いに笑った。いや、笑い話じゃないですから。朝から疲れますから。
「そういことなら、先に言ってくれればいいのに。」
いや、言う前から勝手に色々妄想してたから。口挟む暇なかったから。
「まったく。罠など張らなければまったく誤解など受けなくてすんだものを。」
いや、デスポイアさん。何、他人事みたいに言ってんの!?あんた当事者でしょ!?むしろ事態を引っ掻き回した首謀者でしょ。
「お前が言うな、お前が。ていうか鍵壊して入ってくるとか何?親の顔が見たいよ!そんで文句言ってやりたいよ!」
朝食の席にいたデスポイア以外の人間の表情が凍りついた。デスポイアはすごいいい笑顔でこう言った。
「まぁ、私の両親に挨拶がしたいと!」
「いやいや、挨拶とかそんなのしたいとか言ってないから。これ慣用句だから。本当にしたいわけじゃないから。ふざけんなって気持ちを表すための比喩表現だから!」
「では、善は急げですわね!さぁ、参りましょう!私の力ですぐに行けますわ!」
「って聞いてねぇ!ちょっと待て!言葉通じてるよね!善は急げみたいな慣用句使ってるもんね!わざとだよね!ていうか誰か助けて!」
デスポイアは椅子から飛び降り、食堂の扉を勢いよくあけると一目散に玄関へと消えていった。俺はというと椅子ごと連れ去られた。なんと地面が動く歩道のようにデスポイアの跡をスライドしており、自動的に俺は彼女の後ろを運ばれていった。
「静かに現れて、すごい勢いで事態をかき回して去って行ったね。」
「ああ、嵐のようだった。」
「『嵐の前の静けさ』って事?」
呆然とするニールセン一家を残し、義弘は南国境へ。
ヨシヒロの未来はどうなる!割りかしどうでもいいぞ!彼の受難は続く。
「続くの!?」
↑義弘の魂の叫び。
[次回予告]
南部国境に向かう二人。
宿屋を求めて、迷走する二人。
宿代の踏み倒しを嫌うヨシヒロ。
それを否定する戦略級精霊術師、デスポイア。
互いに譲れぬ気持ちは、戦いでしか答えをだせないのか。
すべての真実は、見栄と財布の中に。