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機械化少年の異世界史  作者: 噛ませ犬
第4章 帝国編 2
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外伝:第一話 義弘の過去

若干,グロい表現があるやもしれません。



 暗い。何も見えない。何も感じない。いや,体の奥が暑い。まるでその代償とでも言うかのように体の先は恐ろしく寒い。息をしているのか,していないのかすら曖昧だ。

 怖い,怖い!何も分からないのが怖い。一体何があったのだろう。そうだ今日は父さんと,母さんと姉ちゃんで買い物に行った帰りだった。今日は誰かえらい人のたんじょうびだからおやすみだって学校で先生が言ってたっけ。それで電車に乗って,それで急に前に引っ張られて,それで電車が崩れていって,それで?それからどうなったんだっけ?

 あ,瞼の裏から明かりが見える。そうか,俺は目をつぶっていたのか。あれ?でも目が開かない。音も聞こえない。静かだ。


 「生存者確認!小学生くらいの子供!重体,意識不明!救急隊の応援要請!」

 まったくこれは今までで一番大きな人災になりそうだぞ。瓦礫の撤去作業に従事していた自衛隊員はこころの中でため息をついた。

 しかし,生存者がいてよかったと内心安堵しつつ,長年の経験からこの子の生存は絶望的だとも感じていた。何故ならその子供の体の内,両腕と片足は潰れており,傷口から体の壊死が始まっていたからである。

 自衛隊員が子供をタンカに乗せて,子供の心拍と呼吸の有無を確認し続けていると救急隊員が到着し,病院へ急行した。

 

 「残念ながら私ではこの子を救えません。外部装置でなんとか命をつなぐ事が精一杯です。」

 医者が苦渋に顔を塗りつぶし言った。彼はこの国の最高峰と言われる病院では外科のチーフであり,自分の技術に自信を持っていたがこの患者のあまりの重篤さに自身の無力さを悟った。そして最近研究段階の技術に手を借りなければならない事に憤りを感じていた。

 「それでは我々にお任せください。我々の持てる技術でこの子供を生かしてみせます。それではこの書類にサインを。この子供の保護者は?」

 何の暖かみのない声で医者に一方的に言い放つと鞄から13枚にも渡る書類を手渡した。その書類を手に取る医者の手は震えていた。

 「・・・あの事故での生存者はこの子の他にいません。同乗していたと思われるこの子の両親はおそらくは・・・。」

 彼の両親と思われる死体は彼の上に覆いかぶさっていたらしい。それが彼を守るクッションとなり,さらには体温の低下を防いでいたのだろうという話を救急隊員から聞いていた。その両親の願いを踏みにじるような行為に自分は手を染めようとしているのではないかといった考えが頭をよぎる。書類にサインをする手が震えてまともにサインできずにいた。

 その医者の考えを読み取ったのか黒い服に身を包んだ政府関係者である事を示す徽章を身につけた男は淡々とした口調で言った。

 「彼を生かすことでご両親の御霊も救われましょう。」

 医者とてそう考えないでもない。しかし,この男の所属を考えればこの子供のその後の処遇に不安を感じてならない。しかし,他にこの子を救う術はない。心の中でいくつもの言い分を思い浮かべながら,なんとか悪魔でも天使でも半分人間でもない男と契約を交わした。

 

 こうして子供の体は搬送された。搬送先は防衛省技術研究本部ヒューマンエンジニンアリング研究所,別名人科研。全国から回復の見込みのない患者を引き受け,欠損箇所の機械化を行う事で健常者と同等もしくはそれ以上の身体能力を実現する。その技術は軍事だけではなくいずれは民間にまで転用するという触れ込みである。元は戦災被害者救済のための研究所であったが研究費困窮のため軍事技術としての研究を行うと申請する事で認可が下りた研究所である。


 目を覚ますと今度は真っ白な所にいた。体はまともに動かせないが耳で音は聞こえるし,目は見える。ただ音は時々良く聞き取れなかった。目を覚めたことに白衣を着た女の人が備え付けの電話で何処かに連絡していた。彼女からは何の匂いもしなかった。良い匂いも不快な匂いも。


 「目が覚めたかね?」

 目の前の男の声が妙に遠くから言われているように聞こえた。口の動きと声のタイミングが合っていなくて気持ち悪い。

 「・・・はい。」

 「ふむ。聞き取る事は出来ているようだね。何か聞くときに違和感はあるかな?何か変だと思う事は?」

 「プールに入った後みたいに声が聞こえづらいです。あと声が届くのが遅いです。」

 「そうか,まだ接続がうまくいっていないのだろう。聞き取りの練習をしよう。ナノマシンが最適化してくれる筈だ。」

 よく分からない言葉がいくつも出て来たが何故かすんなり意味を理解する事が出来た。

 「これからいくつか検査をしよう。まだ立てないだろうが訓練すれば立てるようになる。それじゃあ,今日は音楽を聴かせてあげよう。立てるようになれば外にも連れて行ってあげよう。」


 白衣を着た男は立ち上がると扉の奥に消えていき,扉は自然と閉まった。閉まると同時に音楽がなり始め,しばらくはどこから音が聞こえるのかまったく分からなかったが次第にどこからどの音が鳴っているのか分かり始めた。

 どうやらこの部屋のいたるところから異なる音が鳴り,自分の頭の辺りで互いに干渉して一つの曲となっているようだった。


 数ヶ月間の訓練で歩けるようになり,しばらくすると細かい動作も行えるようになった。書き取りやピアノ演奏までやらされたが自然と行えるようになった。

 外にも出られるようになったが必ず誰かついて来た。規則でそうなっているらしい。そう話しているのを聞いた.外は建物の中よりは複雑ではなかった。建物の中を複雑でよく分からない。でも日増しに感覚が鋭くなっていくのが分かった。はじめはその感覚に振り回されていたが次第になれていった。

 検査の時は出来るだけ手を抜いた。IISという機械が俺の中に埋め込まれているらしく,それで俺が嘘をついているかどうか判別できるらしい。すぐにばれた。しかし,それでも手を抜くのをやめなかった。俺の中の何かが相手に情報を与えるな,情報を読み取れと叫んでいたから。

 しばらくして名前が与えられた『前田義弘』それが俺の名前らしい。すでに自分の名前や両親の顔を思い出せなくなって久しかった。そうして訓練と検査と授業を繰り返して18歳になった。


 「君も今日で教育期間を追える年齢になった。」

 「そうですね。『外』では高校を卒業ということになりますね。」

 「そうだ。そこで進路希望調査をしようと思うがどうしたい?ここで高校卒業程度の学力は身に付いていることとは思うが。」

 「大学で学びたいです。」

 「大学内容の事はここでも学ぶ事が出来るぞ。」

 「ここで得られる情報は限定的で既に取捨選択されたもばかりで多様性に欠けます。」

 「そうか。では行くが良い。許可しよう。」

 「・・・いいのですか?てっきり反対されるものと思っていましたが。」

 「君の自由意志を尊重するよ。君は私の養子と言うことになっている。これからは私が君の『父親』だ。」

 「分かりました。ありがとうございます,『お父さん』。」

 義弘はやっと『外』に出られることに喜びを感じていた。


 「よろしかったのですか?彼を一人で外に出すのは時期尚早だったのでは?」 

 若い研究員が義弘の『父』に問うと,

 「いや,あれでよい。あれは私の計画道理に成長している。」

 「計画?」

 「あれがこちらに来た時,無意識状態で彼の根源の欲求を探り出した。」

 「根源の欲求?」

 「ああ,本人も気づかない行動決定の根底にある欲求の事だ。」

 「それが?」 

 「それが奴は『無知に対する恐怖』であったよ。お前も知っているだろう?IISとナノマシンは本人の行動によって最適化されていくと。」

 「ええ,開発者はそれにより人類の多様性を維持しつつ,一世代間の進化が実現すると。」

 「そうだ。彼奴程,『情報収集特化型』にふさわしい者はおらなんだよ。」

 「『情報収集特化型』ですか。あの諜報活動員用に開発が進んでいた。」

 「そうだ。奴のIISには単純明快で奴の根源欲求にあった命令文を入力してある。」

 「それは?」

 「『情報を他に漏らすな,情報を収集せよ』だ。奴はこの12年間それに忠実に行動しておったよ。おそらく事前に『外』の情報も習得していよう。」

 「ではこの研究所の機密にも触れていると?」 

 「当然やつはこの研究所内で知らぬ事はあるまい。」

 「ではやはり危険では?」

 「当然保険はかけておるさ。」

 「保険?」

 「奴には倫理コードを仕込んである。基本的に人に害ある行動はとれぬ。それに言ったであろう『情報を漏らすな』と入力してあると。」

 「では彼は情報を漏らす事はないと?」

 「おそらくな。」

 若い研究員には言わなかったがもう一つ,彼は仕込みをしていた。彼の意思によらず脳内の情報を引き出される可能性もあるのでもう一つ,保険をかけていた事を。


 義弘は何も知らず。『自分の意思』で人間行動学部に入学した。

 

  



 

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