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機械化少年の異世界史  作者: 噛ませ犬
第4章 帝国編 2
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帝国編:第十三話 のびた君は布団に倒れる滞空時にすでに眠る技能を所有しているらしい。 なんともうらやましい

いつでもどこでも眠れる人

うらやましいです。

マジで。

 デスポイアは上流階級の出身である。これまで何不自由なく暮らしてきた少女には共通して見られるある種の万能感、何もかもうまくいくような絶対的な感覚を持っていた。また、彼女が絶対的な精霊術の力を持っていたことがそれを助長した。

 彼女が生まれた時点で母親のペルセポネは神武将の副官、物心付くころには神武将であった。身体的能力差が精霊術で容易に覆るこの世で性別の差による役割分担はさほどない。だから神武将としての任務に忙しい母親に代わり父親がその教育係であった。父親は善人であり、それなりに有能な男であったが妻に比べれば見劣りはする。それでも神武将と結婚した、その一事だけで凡人ではありえない。子供を育てる人間としてなんら不足はなかった。ただその子供が普通ではなかっただけだったのである。


 三歳で父親は娘の遊びの中で腕を折られ、五歳で娘に肋骨を砕かれた。それでも娘への愛を失わなかったこの男は尊敬に値する。

 しかし、いくら父親が叱り付けても娘はまったく意に介しなかった。自分の上位者からの話は聞けるが、下位と感じる相手からは受け入れられないもので、この年齢にして大人を上回る力を持っていたこの娘は自分の上位者を持たなかった。

 

 父親はそんな娘の将来を心配し、泣く泣く自力での娘への教育をあきらめ、妻と行動を共にする戦略級精霊術師に教育係を頼んだ。この選択が彼女の人格形成に大きく影響することになる。


 デスポイアの教育係を(しぶしぶ)受け入れた者の名はヒュペリオンと言った。この男の性格は他の戦略級精霊術師の例に漏れず、『わが道を行く』であったが割と人と共同歩調をとることのできる人間であった。


 デスポイアはこの男によって初めて自分より上位者の存在を認識したといえる。それによって何が変わったかといえば、これまで自分とそれ以外という認識が自分と自分以上と自分以下という認識に変わっただけであったが。


 それからというもの彼女はヒュペリオンの周りに纏わりつき、帝国中を旅して周る事になる。ヒュペリオンはいい加減うんざりし始め、彼女を戦略級精霊術師に認定し、彼女に一つの試練を与えた。

 その試練は自分の補佐官を探すことであった。


 戦略級精霊術師は補佐官を持つことがある種、唯一の義務といえる。補佐官は基本的に戦略級精霊術師を補佐するので四六時中行動を共にする必要があり、しかも何かと暴走しがちの戦略級精霊術師の手綱を握ることを求められるのである。

 この補佐官の人選は基本的に担当の神武将が行うが、ヒュペリオンはこのデスポイアには自分で探して納得行く人物でないといけないと考えた。何かと纏わり付いてくるこの少女を自分から引き離す目的もあり、この補佐官探しをさせることにしたのである。


 デスポイアはそのため全国を回ることになるのだが、彼女には人に合わせようという考えがなく、割れ鍋に綴じ蓋、自分にふさわしい補佐官がどこかにいるはずという考えの下、探していたがそんな人間が都合よくいるわけはなく、かれこれ一年以上探している。


 その旅の途中で温泉に入りに来たら前田義弘が泳いできたというわけである。男の体をまじまじと見る機会などこれまでなかった彼女ははっきり言ってその光景は衝撃的、センセーショナルな光景だった。


 その結果、彼女の意識はしばらくの間、現世から飛んで消えた。


 「だから精霊術で感知したんでしょ?」

 デスポイアは服を着ながら聞いた。その声には疲労が混じっていた。いい加減怒りつかれているのだろう。ちなみに私と彼女は背中合わせになっており互いの姿は視界に入っていないことを明言しておこう。

 「まぁ、そんなもんです。」

 どうやら大抵の不可解な事柄は精霊術で済ませてしまうらしい。その姿勢には一言も二言もあったが、ここで指摘しても仕方がないので黙ることにした義弘だった。人間あいまいさが円滑に話を進めるコツである。

 「それでどの系統の精霊術なのです?」

 さぁ吐け、今吐け、すべて吐けという勢いで身を乗り出して聞いてくる。これは何の尋問か?いったい何の権限があって詰問されているのか?俺が何をした?そもそも系統とは何か?聞きたいことは尽きない。山ほど出てくる。あぁ、ここが圏外でなければ自動検索システムが答えをくれるのかもしれないが、ないものをねだっても仕方がない。

 「精霊術の系統とはなんですか?」

 「・・・あなた、いったい何者ですの?ふつう生まれてすぐに神殿で神官に自分の加護精霊の診断をされるでしょう?神殿はそんな基本的なこともしないくらいに腐ってしまっているというの?」

 心底信じられないといった面持ちである。これはどうやら『普通』ではありえない事柄だったらしい。しかし、知ったかぶってもぼろが出るものだ。そこで俺はそれらしい嘘をつくことにした。この選択を俺は後悔することになる。

 「いや、生まれてすぐ親に捨てられて、神殿のある村には住まずに森の中で育ったので知らないんですよ。」

 我ながらできの悪い嘘をついたものだ。嘘か真か判別できない嘘を考えた結果がこれだが、多少重い嘘になってしまったことは否めない。

 「では私が診断して差し上げましょう。」

 好奇心旺盛な年頃だからか、いやこれは分からないことをそのままにしておけない彼女自身の性格が大きいのだろう。目を輝かせながらこちらとしてはありがたくない提案をしてきた。

 「いえいえ、そのようなことはご無用にて。」

 まずい!そのようなことをされてはまずい!精霊術は誰にでも使えるこの世界特有のもの。ということは誰にでもその加護精霊とやらはあるのだろう。そうすると俺にはないという結果が出ることは明白。つまり俺は異端者となる。油断していた。まさか他人の精霊の有無を診断する方法があるとは!考えてみればできる人間がいて当たり前な気がする。

 「いえいえ、遠慮することはありませんわ。これも上位者としての義務です!さぁ、診断を始めましょう!」

 「ちょっ・・・。」

 誰だこの娘を教育したのは!保護者失格だ。教育者育成プログラムをやり直せ!いや、この世界には無かったか。そうか、そうでしたね。はははは。

 「では、お眠りなさい。」

 「はい?」

 「眠らないと診断できないではないですか。」

 「何故です?」

 「寝ているときが一番精霊と人の魂が分離するから精霊を感知しやすいのです。さぁ、お眠りなさい。」

 「はぁ、分かりました。」

 説得することを早々にあきらめた義弘は返事をするや否や、仰向けにころがり、頭を布で自作した枕に乗せた瞬間すでに眠っていた。彼のナノマシンが脳内物質をコントロールして急速な睡眠導入を行った結果であった。

 「・・・もう寝ましたの?速いですわね。魔獣のでる森で寝てしまうとは無用心な下人ですわ。まぁ、私がいるからには何の心配も要りませんが。では。」

 

 デスポイアが義弘の額に手をかざすと彼女の手が緑色の光を放ち、風も無いのに髪が波打った。周りの木々もそれに呼応するかのように音を立てる。

 彼女の手の光が義弘の頭に入りこんでいくと、義弘の目が突然開いた。その目は焦点が合っておらず、ただ虚空を見ていた。彼の唇が小刻みに振動していたが、その口から発せられている声を聞いているものはいなかった。もし耳を口元まで持っていけばこのように聞こえていただろう。

 

 『脳内に外部からの干渉を感知。国際条例違反行為の可能性あり。睡眠時であり、主人格に適切な判断ができない状態と判断。これより外部からの干渉から脳を保護する目的で倫理規定項目A001からD999を限定解除開始。それと同時に脳内の分泌物制御開始、主人格の覚醒を緩やかに促しつつ、身体の各部を緊急覚醒。限定解除終了。ナノマシン体外射出開始。敵性行為対象を判別中。発見。視覚データ一時フォルダに一致する個体と判明。以後この個体を敵性対象と認定。対象の無力化または排除を行う。戦術プログラム起動。対象のデータ不足よりルート01を採用。実行に移す。』


 義弘の体は寝起きとは思えない速度で起き上がり、デスポイアの手首を捻りあげた。その目には感情は無く、ただ物として見ていた。


  『対象の干渉ルートは腕であると判断。腕の排除を目的として設定。腕を取る』


 その目を見たデスポイアはこれまで経験したことない感情に支配された。その感情とは『恐怖』。これまでその絶対的な力で一部の例外を除き、ひねりつぶしてきた。一部の例外さえも、納得のいく力の差を感じることができたため恐怖は感じなかったのである。それに自身を傷つけようとする人間は今までいなかった。

 初めての恐怖にパニック状態になったデスポイアは自身の精霊術を無意識に使っていた。

 地面から土でできた拳が義弘の体を襲う。しかし義弘はその拳が出来上がる前に、彼女の腕を話して一定の距離をとっており、拳を余裕を持って避けていた。


 『地面に異常な変化を感知。対象のデータ不足を鑑み、距離をとっての観測を提案。採用。対象から一時距離をとる。』


 「なんなの!?貴方は何者ですの!」

 彼女の叫びは義弘には届いていなかった。いや、音声データとして認識はされていたが分析時に不要なデータとして一時ファイルに送られた。

 『敵性対象の腕の動くタイミングと地面の動くタイミングが誤差0.01秒で一致。連動性があると考えられる。その判断には更なる反応の観察が必要。対象に刺激を与えて様子を見る。』


 義弘が地面ころがっていた石を拾うと腕をしならせながら体全体で石を投擲した。その狙いは彼女の体の中心。常人の動体視力では気づいたときには体に穴が開いているだろう勢いである。

 デスポイア自身何が起こったかわからなかったが地面から出た土の壁が自分を守っていること、その壁を突き抜けそうな石の断片が壁から生えていることは遅ればせながら認識した。


 『観察結果。腕の動きは見られなかったが、体が微小に振動。反射神経が無意識的に反応したと推測。体の微小振動と地面の変化のタイミング誤差0.02ナノセカンド。対象の反応と地面の変化が連動していると仮定。以降の行動の決定要因とする。』


 「弱そうななどと外見で判断するとは私もまだまだですわね。前言撤回いたしますわ!あなたが何者かは最早聞きません。私が勝ったらあなたには私の補佐官になってもらいます!」

 『恐怖』の次に来た感情は『歓喜』であった。彼女に恐怖という初めての感情を与えた彼に出会えたことを純粋に喜んでいた。


 『対象の言語から「勝ったら補佐官になれ」という交渉を受信。勝利条件と補佐官という単語の意味が不明。こちらの条件を策定する上で重要な事柄と判断。対象に対し交渉を開始。』

  

 「勝利条件は具体的に何か?」

 「あなたは私に触れることができれば勝ち、私はあなたを捕らえれば勝ちでよろしくて?」

 「補佐官とは何か?」 

 「私の使用人ですわ!」

 もはや勝利を確信した口調である。


 『大変有利な条件と判断。負けた場合のリスクは少ないものと判断。こちらの条件は最優先目標、身の安全の保証とする。』


 「こちらが勝った場合は身の安全を保障しろ。」

 「よろしいですわ。私が負けることは万に一つもないのですから。」


 『交渉が成立。これより対象に接触を開始する。』


 こうして義弘の無謀な戦いが本人のあずかり知らぬところで始まろうとしていた。




 






次回:鬼ごっこ

とかにしとこう

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