共和国編:第八話 変革の烽火
共和国編 しゅーりょー
都市国家サーマーンの首都サーマーニア~
多彩な服の洪水が内側から開かれた門に吸い込まれていった。その目には希望の光であふれている。皆、顔に自然と笑みがこみ上げていた.
~リュカオン、オウィディウス~
「何の抵抗のそぶりもありませんでしたね。罠でしょうか?」
「罠があろうとこの劣勢を覆せることはない.
あるとすればこのサーマニアに火を放ち,混乱を起こすかして俺を殺害するとかだろうな.
そうすればこちらを混乱させることはできるだろう.しかし,サーマニアに入城させたのは
兵力の一部であることだし蟻の子一匹だと
て逃げ出す隙はない.」
「・・・.」
(罠ではない,罠ではないが....)
副将のオウィディウスは何かいい知れぬ不安を感じていた.
(なにか,何かある.何かは分からぬがなにかいる.あの城の中に我々が手も足もでないような何かがいる.)
それはオウィディウスの中の獣の因子が感じさせる「勘」であったろう.少しでも生をつかもうとする獣の性が,危険から遠ざかろうとする獣の性がそう感じさせた.
~ニュクス、エレボス~
「どういうことだ?この城には人っ子ひとりいねぇ.」
ニュクスは残念そうに力なくつぶやいた.
「お前は敵がいなくなると急に弱々しくなるな.仮にもサーマーンの執政官の城だ,
しかも執政官は悪魔とも魔女とも呼ばれている女だぞ.もっと緊張感を保て.」
エレボスがしかめっ面を顔に浮かべながらそんなことを言うが拍子抜けの感は否めないのか
複雑な表情をしている.これは案外何事も無く終わるかと思い始めた矢先に先行していた団員が悲鳴を上げていた.
「うわぁああ!」
「どうした!」
エレボスとニュクスが腰を抜かした団員を見つけたのはずらりと人形が並んだ部屋だった.
「なんだよ,人形じゃねえか.なにビビってんだよ,ガキかお前は.」
「しかし,団長.これだけ人形が並んでいたら誰でもビビりますよ.ましてこの城薄暗いもんだから.」
「はっ!何を・・・.」
ニュクスが言いかけると人形が急に動き出した.
「っこいつはいったいどういうこった?どう見ても人形だが.ん?」
人形の下に普通より濃い影があり,そこから人形に向かって何本か見えるか見えないかの黒い糸が伸びている.
「ふん!」
ニュクスが剣を横に薙ぎ,糸を断ち切ると人形は急にその場に崩れ落ちた.
人形の下にできていた影は逃げるように床を這って行った.
「こいつは退屈しなくてすみそうだ.」
ニュクスが冷や汗を拭いながら呟いた.
〜サーマーン貴賓室〜
「エピメーテウス.さぁ,宴の用意をしてちょうだい.これからお客様がいらっしゃるから.」
「ただいま人形共に用意させております.何人いらっしゃるでしょうか,「お客様」は.」
「さぁ?これまでここまでいらっしゃるお客様は数える程ですもの.大抵ここまでくる途中で気絶するものね.」
「そのお力を制御する術を取得なさればよろしいのに...」
「いやよぉ,私縛り付けられるの嫌なの.」
~リュカオン、オウィディウス~
「兵どもが次々と気絶していきますな.」
「ああ.これはいったい・・・。不審な点といえば城の置くに進むほど濃くなる匂いくらいだが。何と濃いラベンダーの香りだ.」
「む,ラベンダーでございますか?私には杉の香りのように感じますが。」
「変だな。アチラから匂うが。」
「リュカオン様。あちらはいけません。言い知れぬ危険を感じまする。どうかご自重を。」
「ここまで来て引き返せるものかよ。パンドラを捕らえぬことには何もできぬ。」
「・・・」
~ニュクス、エレボス~
もはや傭兵団「剣と盾」の人間で歩いているのは二人しか残っていなかった。
「ふん、軟弱な奴らだ。また鍛えなおしてやらなくては。」
「まったくだ。」
自分たちが異常であることには気づかないものだ。
「・・・匂うな。」
「・・・ああ、匂う。懐かしい匂いがする。」
「懐かしい?」
「ああ、懐かしい。」
「ふん、お前の故郷には猫はいなかったのか?」
「猫?」
「ああ、これは明らかに猫の匂いだろう?」
「・・・どうやら人によって感じる匂いが異なるようだな。・・・危険だ。この匂いを『断ち切れ』ないか?」
「できると思うが、匂いの元を如何にかしないことにはにっちもさっちもいかんぞ。」
「・・・匂いの濃いほうへ行くか。」
~ヒュペリオン、マダマンテュス~
自身の部下が尽く気絶してしまい、単独で匂いの元へ向かう途中で二人は出会い行動をともにしていた。
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・おい。」
「・・・」
「おい、こら。何かしゃべれよ、その口は飾り物じゃねぇんだろう?」
「ああ。」
「二文字かよ!ああ、誰でもいいから出てきてくれ!そしてこの辛気臭い空気どうにかしてくれぇ~。」
こうして城中に気絶している兵士が累々と倒れていき、貴賓室に匂いに誘われて一部の兵が集まった。
〜サーマーン貴賓室前〜
何の偶然か気絶することの無かった全員が同時に会することとなった.
「これは,リュカオン様.お会いしとうございました.マダマンテュスの奴と一緒にいるのもそろそろ限界だったんすよ.助かりました.」
「・・・」
「そうか.マダマンテュス、お前少し会話する癖つけといたほうがいいよ。」
「ご命令とあらば。」
「いや、命令とかじゃなくて・・・。ま、いいか。」
「・・・」
「リュカオン、お前はやっぱりぶっ倒れてなかったな!」
「エレボス、総大将にそんな口の聞き方をするな!申し訳ありません、総大将。」
「いや、エレボスに丁寧な口を利かれたら違和感があるからな。そのままでいい。」
「ほらな!リュカオンもそういってることだしいいじゃねぇか。」
「・・・そういうやつだよ、お前は。」
〜サーマーン貴賓室〜
貴賓室には食事用の長机が置かれその上には多彩な料理が並んでいた。人数分きっちりと。そしてその周りには給仕の格好をした人形が整列しており甚だ不気味である。
「ようこそ、いらっしゃいました。皆様をお迎えできて光栄です。本日はできる限りのおもてなしをさせていただきます。」
慇懃無礼を絵に描いたような笑みを顔に貼り付けた男が恭しく礼をした。その怪しさは際立っていたそれ以上に妖しい空気を撒き散らす女がその隣に悠然とたたずんでいたのでそちらのほうに皆、気を取られていた。
「ごきげんよう、皆さん。私がサーマーン執政官のパンドラよ。あなたには会いたいと思っていたのよ、リュカオン。」
彼女が話すたびに、いや彼女が息を漏らすたびに部屋に立ち込める匂いが濃くなっていくような気がする。だんだん息が苦しくなり夢か現か分からなくなる。しかし、この場にいるものたちは背中に汗をかきながらも正気を保っていた。
「それはどうも。私としてもあなたにはお話をお聞きしたく思っておりました。『聖女』パンドラ。」
「いやね。若いころの呼び名を口にしないで頂戴。恥ずかしいわ。」
「いやいや、ご謙遜を。お若いではないですか。その美しさもまったく衰えていらっしゃらない。」
「ふふふふふ。お上手ね。」
「いえいえ、世辞ではありませんよ。本心です。聖女とお呼びするには美しすぎますがね。」
「その呼び名の由来をご存知?誰も私に近づけないから、私のことを知る前に皆気を失ってしまうから知名度の割りに私のことは謎だらけなのよ。だからそんなあだ名がついたのよ。誰も私に触れられる男はいなかったからそう言う意味でも私は『聖女』ね。」
「そうだったのですか。しかし、あなたをどなたかと間違えることはありませんね。あなたのような方はこの世に二人といないでしょうから。」
「そうね。だから私が影武者を立てて逃げ出している心配はしなくてもいいわよ、坊や。」
「それは助かります。これから何かと忙しくなりますので。」
「そうね。これから大変よ、あなたは。サーマーンの傭兵をどうするのかで未来が決まるわ。サーマーンは兵役に従事する人間が他の産業に比べて巨大だわ。だけど今更、傭兵をやめて他の職業につける、就きたいと思う人間が何人いるでしょうね?それに周辺諸都市がエネタのサーマーン併呑を許すかしら?衛星都市も独立を望みつつもあなたに復興の手助けを望むでしょうね。あなたはそれだけの希望を衛星都市に与えてしまった。あなたにそれだけの人間の未来を背負う覚悟がある?」
先ほどまでの態度と打って変わって真剣な瞳をリュカオンに向ける。
「ええ、あります。」
その台詞を予期していたかのようにリュカオンはきっぱりと答えた。
「口だけならなんとでも言えるわよ?」
「サーマーンの傭兵はそのまま国軍に編成します。」
「できるかしら?忠誠心などに1ドラクマの価値を見出さない連中よ。私が言うのだから説得力があるでしょう?」
「働きに見合った給金を約束します。その上で現在の所領を放棄させます。完全な職業軍人とし、基盤を完全に土地から離します。元々土地からの収益はさほどではなく冬の時期の休息場所と募兵が役割でしたからさほど土地に執着しないでしょう。そしてその土地には衛星都市にいる難民に開放します。」
「そう上手くいくかしら?何を保障にして傭兵を信用させるつもり?給金の収入源は?」
「ティトノスに給金の担当をさせます。また、傭兵団『弓持つケンタウロス』の隊長にはすでに内諾を得ていますよ。」
「ああ、ティトノスね。彼を生かしていたのね。なら何とかなりそうね。」
ティトノスの名を出したら不意にパンドラは笑みをこぼした。その笑みはいつも浮かべていた隠微な笑みではなくいたずらを楽しむ少女のような笑みだった。
「ご存知だったのですか?」
「えぇ、彼を副官に任命したのは私よ。彼も私を前にしても倒れない貴重な人材の一人ね。細かいことはすべて彼に任せていたからこの国のことは彼にお聞きなさい。」
「そうですか。それは良かった。(そんなこともやらされていたのか。哀れティトノス。お前の受難はまだ続くぞ)」
「ふーん、なら私の役目は一つだけになりそうね。」
「そうですね。」
「この首、持ってお行きなさい。それでこの国の新たな局面を迎える烽火となさい。」
「・・・命乞いをしないのですか?」
「やりたいことはすぐにしてきたし、言いたいことはすべて言ってきたわ。もう何も遣り残したことは無い。」
パンドラは晴れやかの顔をして答えた。一点の曇りも無かった。
「あなたは無責任です。私にすべてを押し付けようとしている。」
「えぇ、私はもう飽きたのよ。この役に。私の劇はもう御仕舞い。そろそろ退場しなくてはいけないわ。」
「それは許しません。あなたにも苦労してもらいますよ。」
「・・・死なせてはくれないの?」
「安易な死など与えてあげません。それに貴重な戦略級を手放しては共和国の統一に時間がかかりますから。」
「時間?あなたはまだ若いのだから多少の時間がかかって生きているうちにできるでしょう?」
「いえ、時間をかけた分だけ人が多く死にます。それに帝国がいつこちらに軍を差し向けるか分かったものではありませんからできるだけ早期に片をつけたいのです。」
「帝国はまだ去年の飢饉から立ち直っていないわ。当分こちらに進行する余力は無いはずだけど。」
「飢えた国が略奪にこちらに兵を向けることは考えられます。」
「・・・パンドラ様。私はあなた以外の方を主とする気はありません。私はあなたの影です。影は主を失えば消えるのが定めでございます。」
「エピメーテウス、それは違うわ。影はどこにでもあるもの。それはお前も分かっているのでしょう?お前は消えはしない。」
「いえ、光なくして影は無い。あなた以外の光は私には無いのです、パンドラ様。」
「あなたには生きてもらいますよ。」
~15年後、共和国執政官執務室~
共和国の執政官執務室は簡素ながらも威厳のある空間となっており入ってくるものにその部屋の主への畏敬の念を抱かせる。
「リュカオン様、ただいま戻りました。」
陰気な顔をした男がテバイへの偵察を終えて己の忠誠の対象へ報告に来ていた。
「報告は聞いている。ご苦労だった、マダマンテュス。あのアリがいたそうだな。」
「はい。あの人員ではテバイへの侵攻は犠牲が大きすぎると判断し、帰還いたしました。つきましては兵の補充、もしくは戦略級の派遣をお願いいたしたく・・・。」
「お前の判断は正しかった。アリには相応の準備をして立ち向かわなければ勝ち目は薄い。それに奴は気が向かなければ戦うことは無い。眠れる獅子を起こす必要はない。それでは例の二人の戦略級候補はどうだった?」
「一人は能力の詳細は不明ですが。その規模から見て戦略級に間違いないことは確認いたしました。アレクシオスと戦闘を行い精神力切れでアレクシオスに敗北しました。」
「力はあれどまだまだ経験不足ということか。」
「はい。」
「もう一人は?」
「斥候を放ったのですが情報を持ち帰る前に殺されたか、捉えられたものと思われます。」
「そうか。相当の警戒を厳しくしているらしいな。なかなかやるじゃないいか、テバイの領主も。」
「我が方の諜報員の質が低いとも言えます。」
「そうだな、諜報員の育成に関して報告書を提出しろ。人員の増加は認める。戦略級精霊術師の派遣は認められない。監視を怠らず、時期を計れ。引き続き監視の任務に戻れ。それと3日の休暇を与える。」
「了解しました。失礼します。」
「うん。」
マダマンテュスを退出させるとリュカオンはため息をついた。
「まったく、厄介だな。ただでさえこちらの戦略級精霊術師は少ないというのにあちらに一気に二人も増えるというのか。」
「執政官、国境への人員の派遣を増やされたとか。」
財務長官が冷ややか目つきをしながら扉を開けて入ってきた。
「なんだティトノス相変わらず耳が早いな。お前の部下を諜報員にできんかな?」
「ふざけないでください。私の部下を戦地になど行かせられてたまるものですか。」
「冗談だ。」
ティトノスは眉間にしわを寄せてため息をついた。
「共和国の経済は統一後、物流の量、質ともに向上してきておりますがまだ十分とはいえません。道路や河川の整備もまだ整っておりませんし、リュカオン様の提案された『学院』やらの施設整備が残っております。その状況で人員を国境に派遣などおやめください。兵士の仕事の一つに公共事業を当てたのはあなた様ではございませんか。」
「それも大切だと考えているし、軽視しているつもりは無い。しかし、帝国もいつまでも黙ったままではいないのでな。」
「というと。」
「エピメーテウスの報告によると帝国の宰相にカイロスが就任したそうだ。」
「イリオンの『鉄血』領主が!」
「ああ、帝国の主戦派の急先鋒だ。戦によって帝国の活性化を図ろうと考えている派閥の長が宰相に就任したということは。」
「近いうちに共和国に侵攻してくる。」
「ああ、良くも悪くも行動力のある男だ。必ず共和国への侵攻を現実のものとするだろう。」
「わかりました。今の人員で対処いたします。」
「たのむ。」
「パンドラ様がいれば馬車馬のように働かせても大丈夫ですからね。」
「ああ、力の制御を覚えたからなあいつも。しかし、あれは疲労感を麻痺させているだけだから後で来るぞ。」
「いえいえ、一気に働いて一気に休むことができれば効率的ですから。」
「・・・(鬼だな。)」
「では失礼します。」
ティトノスは返事をする前にそそくさと退出した。
「やれやれ、なかなか休む暇が無いな。」
帝国編にもーどーれーるー