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機械化少年の異世界史  作者: 噛ませ犬
第3章 共和国編 1
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共和国編:第七話 パンドラ〜災いをもたらす者,すべてを与えられた女

 共和国,帝国.政体は違えど人が協力しあい生きていくためのシステムである.それはあくまで相互扶助を前提としており,寄生ではない.寄生し合う関係性に先は無い.しかしサーマーンはどちらかといえば寄生による関係性で成立している奇妙な国体であった.

 サーマーンの執政官にある女が当選したときからその寄生関係が始まった.この寄生虫の主がろくでなしであることはみな知っていた.既に選挙に公正さなど無くなって久しかった.しかし誰もこの女の行うことを誰も咎めようとしなかった.彼女が恐れられていた訳ではない.いや,恐れられてもいたが大多数が選挙が公正なものだと信じていた.信じたいと思っていた.共和国成立時から行われてきたものであるし,神聖なものだからである.その選挙において公正さがないなどと考えたいものは少なかったし,そんなことを言おうものなら白い目で見られるような風潮があった.その神聖な選挙に選ばれた執政官に非難を浴びせることは選んだ自分自身をも非難する成分を含んでいるからそこからの逃避であったのかもしれない.彼女の名をパンドラと言った.

 彼女の最初の政策は徴兵し,近隣の中小都市国家をサーマーンの衛星都市としてサーマーンの安全保障を図るというものだった.乱世の執政官としてはまあ考えられる政策であるが,彼女の本性は寄生虫である.まともな目的でなされたことではなかった.要するに「安全」を周辺都市から搾取したのである.

 寄生虫は宿主から養分を吸い取って生き,なんら生産に寄与しないものだ.寄生虫としては宿主に死なれれば別の宿主を見つけ,寄生すればよい.しかしサーマーンの寄生虫は一つのものを「生産」した.サーマーンの搾取システムである.しかも搾取領域の拡大方向に指向するシステムである.

 サーマーン周辺の都市を武力をもって占領した後,領主を指名し,軍隊を解散させ,莫大な安全保障費と称する上納金を課した.もちろん不満は出るがサーマーンに対抗できる程の力を衛星都市は持たなかった.

 サーマーンの対外拡張政策は周りの都市国家との緊張状態を引き起こし,衛星都市の国境では戦闘が絶えなかった.しかし衛星都市は軍隊を解散させられている.対抗するのはサーマーンの軍である.戦闘に巻き込まれる衛星都市はまともな生産活動を行えず,安全保障金で財政は破綻しつつあった.

 しかしそんな衛星都市にもたった一つだけ産業が残されていた,「傭兵」である.衛星都市の戦えるものは皆サーマーンの傭兵となった.国境を守って,傭兵としての報酬をもらえるが安全保障費がサーマーンに取られるという理不尽がまかり通ることになる.

 ここでパンドラという名の寄生虫の行いは非凡なものであった.衛星都市の領主にその地出身でない傭兵団の首領を据えたのである.これにより領主は安全保障費を支払う立場になり,都市民から搾取する側にもなったのであった.逆らおうにも実戦経験豊富な傭兵団である.人を恐怖させるやり方も限界も良く知っていた.

 こうして結局衛星都市が軍隊をもつに至った.軍隊をもった衛星都市が連合してサーマーンを攻めるのではないのかと誰しも思った.しかしそうはならなかったのである.傭兵になる動機が生活のためやむなくであり,国ためとかのためではない.できあがった傭兵団は全くと言っていい程まとまりが無かった.連合してサーマーンに立ち向かうにはまとめ役に欠けていた.

 こうして衛星都市は辛い思いをしていたが,衛星都市がサーマーンを中心に広がっていくとかつて「前線」の衛星都市であった都市は「前線近く」の衛星都市となったのである.そうなると今度は「かつて」の前線の衛星都市は「現在」の前線の衛星都市から安全を搾取する側に回ったのである.領主たる傭兵隊長は外に前線を広げてゆくことは領地が安全になり生産力,価値を上げて収入を上昇させることになった.

 こうして搾取の連鎖が起こっていく.寄生する宿主を増やしていき,新たな犠牲者を生む.


 「パンドラ様.」

 自身の忠誠の対象に話しかけることができていることでやや興奮気味に三十がらみの男が静かに話しかけた.

 「なぁに?エピメーテウス.」

 長椅子の手すりに気怠げにもたれかかりさも面倒そうである.その容姿は絶世の美女ではない.しかし街を歩けば10人に7人は振り返るであろう.その体中から甘い香りを振りまいている.その香りは人によって感じ方が異なるらしくバラの香りと言う人間も入れば,ワインの芳醇な香りがしたというものもいる.だいたいの男も女も彼女の前で自制心を失うことになるが失う前にだいたい気絶するので暴行罪まで発展したことは無い.彼女の前に居られる人間は相当自制心が強いか彼女を人とは見ていない人間のどちらかだろう.今彼女の前に居る男は前者,後者どちらの性質も持ち合わせている男であった.

 「はい,私の『影』の報告によりますとサーマーン貴族が全滅,派遣いたしました傭兵団が離反.こちらへ進軍中とのこと.行軍中に他の衛星都市の傭兵団を吸収しつつこちらに向かっています.」

 まったく焦る様子も無く淡々とした報告が広い部屋に響く.

 「相変わらず便利ねぇ,あなたの能力.・・・ふふ,それにしても意外と早かったわ.もう少し我慢強いと思ってたんだけど残念だわぁ.意外とせっかちなのかしら,リュカオンは.もう少し楽しみたかったわ.でもよかった,もしリュカオンが死んでしまったらどうしようかと思っていたわ.この世から良い男が減るのは社会の損失よ?」

 パンドラは楽しそうにそれは楽しそうにくすくすと笑っていた.

 「うまくいきましたね.今回の遠征は主要なサーマーン貴族の切り捨てにありましたからその点は成功と言えます.しかし意外でした.まさか傭兵を糾合しえるとは.あらかじめあなた様にお教えいただいておりましたのに,実際に見るまで信じられませんでした.まさかそれだけの器とは.」

 「だから言ったでしょう?あの子が大きいのは良く知っているもの.でもかわいそうな子ね.私がためていったこの国の闇を飲み込むつもりで居るのだから.」

 「器はあなた様の方が大きいでしょうに.何故共和国を統一しようとなされないのですか?あなた様ならそれが叶いましょう.」

 「私の器には大きな穴が空いているのよ.それはそれは大きな穴が.いくら大きくても貯めることはできないの.みーんなこぼれ落ちちゃう.それともあなたが埋めてくれるの?」

 「ご冗談を.私では穴を埋めるどころか穴のふちで引っかかって落ちないようにするしかない凡人ですよ.」

 「ふふ,あなたが謙遜だなんて.落ちていかない人は珍しいんだから.」

 「リュカオンはあなたの穴を埋めるに値しますかね?」

 「さぁ?でも期待はしたいわ.」


 その会話がなされた時から太陽が一周半回転した後,リュカオン率いる軍勢がサーマーンの城に入城した.





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