共和国編:第五話 森にて企むこと
天を突くように背の高いカリファの木が生い茂る森の中,自然とできたとは思えない木の生えない空間.そこにエネタ本陣はある.そこは精霊の気配が全くない得意な空間である.世界に点在するとされる聖地,忌地の一つである.森に狩猟用の罠をあらかた設置し終え、本陣に全軍が集合した。
百人隊と呼ばれる兵団があり、百人隊を十隊まとめて千人の軍団を形成しており、その軍団が16団ある。残りは本陣付である。その軍団の団長たちが本陣の中央に座していた。
「まずは皆、ご苦労だった。危険の大きい任務を良くぞ無事果たしてくれた。礼を言う。」
リュカオンが屈託なく笑いながら礼をすると各千人隊長が無言で頭を軽く下げ、右手を左肩に振れるように当てて返礼した。
そしてリュカオンがそれぞれの顔を見回してから口を開いた。
「敵傭兵の離反を狙ってこれまで行動してきたわけだが、サーマーンから離反した傭兵団は未だない。俺の見通しが甘かった。敵傭兵が離反しなかったのはサーマーンの副官ティトノスが適切に傭兵に対して補償を行っていたからだ。そこで今回の戦闘においてティトノスの捕縛を行った。」
おお、と千人隊の隊長から感嘆の声があがった。
「これで彼がいなくなったことでこれまで保たれていた危うい均衡が崩れますね。」
第四軍団長のヒュペリオンが常に笑っているように見えるその糸目をうっすら開け,ギラリとした目を見せた.目の覚めるような金の髪は森で活動に不利である.彼は普段その髪を羽根つきの帽子で隠していた.帽子にある羽の数は今まで仕留めた獲物の数である.彼の軍団は狩猟民である「原住民」の末裔であり,普段森で狩りを行う.そのためか遠目がきき,弓の名手が揃っている.
「奴の部下にティトノス並のバランス感覚を持った人間がいればその限りではないわ。」
十三ある軍団でも数少ない女の軍団長である第八軍団長のレアーはカルーンの砂漠の砂のように乾いた声でしかしそこにいる全員に聞こえるぎりぎりの大きさで声に出した.第八軍団長は先の戦闘において河の上流で流れをせき止める役目を負っていた軍団で土系精霊術師が多く揃っている軍団である.鉱山で働く者たちで形成されていた.鉱山で働くものは粉塵に晒されることが多く,声が潰れがちになるのである.ちなみにそのハスキーな声に魅力を感じる男が軍に少なからずいるらしい.
「確かに,今後のサーマーン軍の動向に注目せねば.」
「我々の側はどうなのだ,離反者は出ておるのか?」
「今はまだだな.しかしいつ出てもおかしくない.あれだけの兵力差だ.」
「長引くとこちらに不利だな.」
同じ顔の人間が二人いる.アンピオンとゼトスである.二人は「移住者」出身の軍団長である.二人の見分けられるのは総司令官のリュカオンだけだと言われる.この二人は土木工事が得意な軍団で,彼らの設置する宿営地はそのまま基地として使用できるくらいの完成度を誇る.二人で話し合うことが多く,この二軍団の連携には定評がある.
「そこでだ.こちらには勝つと相手には勝てないと思わせる.重要なのは実際に勝つ必要は無い.思わせることが重要だ.一回目は河で,二回目は森で奴らに打撃を与えた.さらにもう一押ししたい.しかし言わずもがな、我々はサーマーン軍に対し数の上で劣勢である。奴らに目に見えた打撃を与えるには各個撃破するしかない。」
リュカオンは静かにしかしはっきりと攻勢に移ることを宣言した.
「しかし今のところやつらは兵力を集中しております。どのように分断されるおつもりですか?」
第十三軍団長のマダマンテュスが静かであるがはっきり聞こえる口調でリュカオンに聞いた.
この男はいつも無表情で陰気な顔をしているためヒュペリオンなどは「奴は軍団長ではなく葬儀屋をやるべきだ.奴の陰気な面はそのためにあるものを.」と他の団長たちに半ば本気でもらしている.それにたいしてレアーは「確かにあれは葬儀屋.ただし敵に対してのみ葬儀をあげる依怙贔屓な葬儀屋ね.あいつが司会する葬式はその進行表道理に静かに始まりそのまま終わるのだから葬儀屋としてはたいした手腕だわ.」とほめてるのか貶しているのか判断に困る言い方で彼を評価していた.その堅実かつ大概のことはオールマイティにこなすその器用さは彼の不気味さをさらに高めている.
「奴らの目的は我が軍を壊滅させることではない。都市の首脳部にエネタがサーマーンと『条約』を締結することだ。実質属国化する『条約』をな。ならばそろそろ奴らは考える。エネタの軍勢を相手にせずともよい、首都を陥落させ首脳部に停戦命令を出させてしまえと。そこで軍を分け一方に森に我々を封じ込めさせ,別働隊をもって首都攻略に向かおうとするだろう。こちらの執政官がすでに首都から逃亡しその権限を持たぬというのに.」
「敵が我々の封じ込めを行ったとしてどう突破するのですか?敵とて我々をそう易々とは通しはいたしますまい.」
「敵の司令官が二つに軍を分けるにあたってはたしてどちらにいると思う?」
「それは首都攻略の部隊にいるでしょう.奴は他のものにそのような手柄を与えるような人格ではありません.おそらくはサーマーン貴族の指揮官はこぞって都攻略の部隊に参加するでしょうな.」
「そうだろう.すると森には監視のためにわずかに残されたサーマーン本軍と大多数の傭兵になる訳だ.」
「なるほどそれが狙いですか.」
「ああ,傭兵団.丸ごといただく.」
リュカオンが不敵に口の片方をつり上げて笑った.