共和国編:第三話 自国の沙汰も金次第
<サーマーン陣営>
結局河が治まるのに5ホラ(1ホラ=一時間)もかかり、すぐにでも追撃にかかろうとする司令官を副官が必死でなだめ、なんとか陣容を整える作業を行っている。
「ところで対岸にいち早く着いた傭兵がいるというのは真か。」
総司令がやっと落ち着き天蓋の下でくつろぎながら尊大な態度を崩さず副官に語りかけた。
「はっ!真にございます。まさしく獅子奮迅の働きと申せましょう。おかげで第一陣を殲滅されずにすみ申した。しかるべき恩賞を与えるべきです。」
副官はリュクスの行動を実際に見ており、その現実離れした働きにしきりに感心していた。
「何を馬鹿なことを言っている。せっかく対岸に着いたというのに敵に大した打撃も与えておらぬというではないか。ただ対岸に到着しただけで恩賞など渡せるものか。」
総司令は鼻で笑いながら副官を呆れ顔で見やった。
「しかし!対岸に到着しただけでもお手柄でございましょう。そのおかげで我々の渡河も容易に行えたのですから。これに恩賞を与えねば今後のわが軍の士気にかかわります!」
実際、彼らが対岸に到着し、敵が周囲に存在しないことを確かめてくれなければ安心して河を渡れはしなかったであろう。
「そのような小さいことで一々恩賞を与えていては軍資金が尽きるわ!それに用兵という人種は金にがめつく、すこしこちらが気前よく振舞うと調子に乗って更に要求してきよる。だから恩賞はやらん。ご苦労であったとだけ伝えておけばよい。もうこの話はするな。決定事項だ。」
さらに目に宿る副官への軽蔑の色を濃くして総司令は吐き捨てた。
「・・・はっ!(結局は金をケチりたいだけではないか!わが軍が7割強は傭兵に頼っていることを知らぬわけではあるまいに。)」
副官は体の奥から湧き上がる熱く黒い感情を理性で押し込め何とか返事をした。
「今回の働き大儀であった。今後の働きに期待する。」
傭兵団「剣と盾」の面々は唖然とした。敵の大将をタルタロス(冥府の神の名)の膝元にもう少しで送ってやれるところまで追い詰めた勇士に対する礼がこれかと。
「おいおい、それはないんじゃねぇか、伝令殿?敵大将を追い詰め、第一陣を壊滅から救い、後続の渡河を助けた礼が言葉だけってこたないだろう?仮にもうちの団長は小さいながらもプティア領の主だ。貴族だぞ。この非礼はいくらなんでもないんじゃねえか・」
の エレボスがいつになく柄が悪くなり伝令に食って掛かった。
「俺は楽しめたから別にかまわ・・・。」
リュクスが笑いながら大様に構えて話そうとすると途中で話が遮られた。
「ちょっと大将は黙っていてください。交渉は我々がやりますから。」
この傭兵団の主計係であるヘルメスである。その体は傭兵団の中で一段と大きい。しかしその肉付きはよくはなく痩せていた。背が高いくせに戦場でな体を小さくしてやり過ごしている肝っ玉の小ささをからかわれ「のっぽのヘルメス」が綽名の男である。元々は商家の次男坊だったそうで実家は兄が継ぎ、厄介払いされるようにこの傭兵団に入った男である。
「まず第一陣の全滅を防いだことにより本来死ぬはずだった30余名のサーマーン貴族を重傷ながら生還させました。本来彼らが死んでいたら一人につき見舞金5タラントン(5000万円程度)を支払うことになっていたんですよ。そこを「重傷者」にしたおかげで見舞金が500ドラクマ(500万円)にできるんだ。それを考えりゃ、今回の働きで135タラントン分の働きはしましたよ。全額とは言いませんからせめてその四分の一程度、そうですね30タラントンはいただきたいものですな。」
ヘルメスが当然とばかりに伝令に大金を吹っかけた。
「30タラントン!渡せるわけがないではないか!傭兵風情が何を言うか!増長したか!」
伝令が思わぬ大金を要求され、動揺するままに声を張り上げた。
「これは失礼申し上げた。30余名のサーマーン貴族様の価値はその程度だとは思っておりませぬ。そうでございますね。50タラントンでいかかがでしょうか?」
「ふざけておるのか貴様は!高すぎると言っておるのだ!」
「ではいかほどがよろしいのでございましょうや?非才なる私めにお教えください。」
「ふむ、50ドラクマといったところではないかな?」
「50ドラクマ!高尚な冗談をおっしゃるものです。サーマーン貴族様のお命の価値はたったの2ドラクマでございますか!これは面白い冗談でございます。」
ヘルメスが更に声を大きくして答えると、
「お前!声が大きいぞ!それではサーマーンがケチなように聞こえるではないか!」
「申し訳ありませぬ。私気が立つと声が大きくなるようでして。」
「70ドラクマでどうだ?」
「70・・・」
またヘルメスが大声を出そうとすると
「分かった、80だ!それ以上は絶対に無理だぞ!」
伝令役が声に悲壮感が漂い始めている。
「分かりました。我々もサーマーンとともに戦う同士でございますれば、ここは持ちつ持たれつということにいたしましょう。(これ以上はこいつからは引き出せまい。ここが潮だな・・・。)」
「ふんっ!ガメツイ傭兵が!(なにが同士だ!我々とお前たちでは格が違うのだぞ!)」
「お褒めいただきありがとうございます(ケチのサーマーンにしては出したほうだな。)」
そうしてちゃっかり褒章なしのところを80ドラクマをがっちり手に入れるヘルメスであった。
「ヘルメス!よくやった!これでプティ領で冬を越せる!」
エレボスがヘルメスに抱きつかんばかりに近寄って行った。
「ありがとうございます。お約束どうり、80ドラクマの内、8ドラクマいただきます。」
ヘルメスが相変わらずの抜け目なさ、そして空気を冷めさせる言動でエレボスの感動を削ぎ取っていった。
「・・・相変わらず。えげつねぇな。そこまでしなくても次に大将首とりゃ文句なしに報酬もらえんのによ。」
とリュクスがぼんやりもらすと。
「「ふざけんな!」」
エレボスとヘルメスの声が見事に調和し、リュクスの耳を直撃した。
「っつ・・・!うるせぇな!そんなに怒鳴ることかよ・・・!」
「80ドラクマだぞ!何考えてる!そんなんだからうちの領地はいつも貧乏なんだよ!まったく、戦以外はほんと何にもできないな、お前。」
「ほんとうに。この用兵団が成り立っているのはどうしてか考えたことがおありか?まったく、これ言うのは何回目でしょうか?耳に入った言葉は頭に残っては下さらないのですね。」
「そこまで言うか?」
「「これでも控えめに(言っとるわ!、言ってます!)」」
エレボスとヘルメスの悲壮な叫びが青い空をこだました。
陣容を整えている間もサーマーンの陣地に対して遅延目的の擾乱攻撃をエネタが行っていたが、副官はその日のうちに陣容を整えた。
次に日の朝に侵攻が再開される予定である。
残存兵力:
エネタ側 17850人
サーマーン側 27000人(内1000をもって負傷者を後方に下がらせているので実質26000人)